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エリザベス嬢の覚悟

「お父様。ただいま戻りました」


 滞在中は自由に使って良いと許された族長宅の別宅へ戻ると、父ベネディクトが険しい表情のまま居間で待っていた。


「おかえり。で、どうだった?」

「はい、お父様の読み通りでございました」


 そう。ダークエルフ経由で集めた情報を総合すると、リカルド様は貴族が持つほどの魔力がなければ動かないような様々な魔法道具を、誰でも使えるものとして作りだしているはず。生活品だけでなく魔獣討伐でもリカルド様が創る魔石も誰もが使えるモノのようだ。

 もしそれらが多くの平民の手に渡るようなことがあれば、いずれ貴族は特別視されなくなるだろう。頼られることもなくなり、貴族という地位すら危うくなるに違いない。私はそう確信した。


「そうか、ではやはりおまえにはリカルドへ嫁いで貰わねばならんな」

「お父様、気が早いです。今のままでは伴侶として迎え入れて下さらないかと」

「ヴィアーナだけでなくエリザベス……おまえでも難しいと?」


 意外そうな言葉の割にお父様から驚きは感じない。

 そうよね。皆さんは私を褒めて下さるけれど、ヴィアーナ様も魅力に溢れた御方。あのヴィアーナ様からの申し出を断ったのですもの、私を迎えてくれなくても不思議じゃないわ。


「はい。リカルド様のお宅に泊まるところまではなんとかできましたが、それ以上の接近はできませんでした」

「宿泊は許されたのだな?」

「ええ、客間らしき部屋を与えて下さいました」

「そうか。一つ弱みを握れたことで今回は良しとするか」


 貴族の感覚でなら、喫緊の問題も無い状況で独身の女性を宿泊させたなら責任がつきまとう。誠実な殿方なら伴侶もしくは側室に迎える覚悟をお持ちでしょう。ですが、リカルド様は貴族じゃない。王国で言う平民ですらない。リカルド様にはリカルド様なりの価値観をお持ちでしょうから、私達の常識で判断しては間違うかもしれない。


「弱みと感じてくださるかは判りません。ですが、今後のお付き合いの上で重要なきっかけにはなりましたかと」

「すまんな。リカルドの伴侶になれなければ、独身の平民宅へ宿泊した娘として陰口を叩かれ、社交界での評判も落とすだけになってしまう」

「伴侶になれなくても、あの方のそばで生きれば良いのです。お気になさらなくて宜しいですわ」

「……情が湧いたのか?」


 情が湧いたなどとおかしなことをお父様も言うものね。

 リカルド様を取り込むための政略結婚のために私を連れて来た。表には出さなくても、それが目的だったはず。私はその目的を結婚以外の手段ででも果たそうとしているだけですのに。


「あそこは私の好奇心を満たすものばかりでございました。数多くの魔道具はもちろん錬石という技術、そしてリカルド様の創石。お父様。何があってもリカルド様と手を取り合わなければなりません」

「どうしてそう思う? 珍しい魔道具や強力な魔石は魅力的だが、おまえにそうまで言わせる何かを感じたのか?」

「世界が変るからです」

「世界が変る?」


 そう必ず遠くない時期に世界は変りはじめるはず。その力があそこで見たものにはある。お父様に何としても理解して貰わなければ。


「はい。リカルド様の持つ技術で最も恐ろしいのは、エネルギー・ストレージタイプという魔石を簡単に短時間で創れることです」

「詳しく教えなさい」

「使用者が魔力を持っていなくても魔道具を使える。誰かが魔力を供給しなくても動き続ける魔道具をお父様はどう思われますか?」

「……ッ!」

「同じように魔力を誰も供給しなくても、正確には、人ではなくエネルギー・ストレージタイプの魔石から魔力を供給されて魔法を発動するのですよ? 魔獣討伐に貴族は不要になります」

「世界が変る……か……」


 お父様の顔色が変る。私の話から導き出される結果の重大さを正面から受け止めて下さった。さすがはお父様。少し話しただけで私が抱いている危機感の理由を判って下さった。

 

「これまでのように貴族は特権を持てなくなるでしょう。というより貴族という地位がいずれ消えます」

「……」

「お父様はどちらを選びます?」

「どちらとは?」

「リカルド様と共に変わりゆく世界を歩き続けるのか、それともリカルド様を排除しこれまでの世界を維持しようとするのか……です」


 ダークエルフやあそこに居た混血児……リンクスと呼ぶようにとリカルド様から注意されたんでしたわ……は既に使用者の魔力を気にせずに魔法を発動する魔石を知っている。使用者に魔力がなくても動く魔道具を知っている。その知識があるから、同じモノをリカルド様と異なった手段で可能にしようとするでしょう。だって人は便利なものを知れば、それを手に入れようとするものですもの。

 だから、もしリカルド様を排除できたとしてもいずれ世界は変ってしまう。変らざるを得ないはず。

 リカルド様が居るか居ないかなんて、世界が変る時期が早いか多少遅くなるかの違いでしかないのよ。


「おまえは共に歩く道を選びたいのだな?」

「はい。今や魔力生成能力の衰えた貴族が数千数万集まって敵対しても、リカルド様を排除するなんて無理ですもの」


 強い光を浮かべた瞳を私に向けてお父様は頷く。この意見には素直に賛同してくれたようだ。それも当然ですわ。ダークエルフに実行させたと言っても、その力の源はリカルド様が創る魔石。そのことを知ったからここまで来たんですものね。


「おまえは伴侶になれなくてもリカルドのそばに居ると言ったな?」

「はい」

「具体的にはどう動くつもりだ?」

「お父様のお力をお貸し下さい」


 私は家に戻らないと伝える。ヴィアーナ様も諦めないと仰ったと言います。リカルド様のお力を自由に借りるためにはなり振り構わない行動に出るおつもりかもしれません。あの行動力のあるヴィアーナ様ならありえます。


 私もなり振り構わないつもりです。そして領主だからできることもあるでしょうけれど、領主だからできないこともあります。私はリカルド様のそばから離れないでいられる。ですが、現在領主のヴィアーナ様にはできない。


 だから、お父様には私がここを離れずに済むようにダヴィド=ハル族長と交渉して貰いたい。

 家を借りられないなら建てて貰いたい。貴族社会に戻らないつもりで暮らすつもりなので、そのために必要なものを全て用意して貰いたい。侍女や侍従に護衛も用意して貰いたい。

 コンコルディア王国南部一の商家をも押さえるほど財力がある我が侯爵家。お父様が真剣なら、私の願いくらい聞いて下さるはずよ。


「それはいい。だが、おまえの瘴気避けもそろそろ限界で……」


 私が持つ瘴気避けは、瘴気が濃いリガータの森では七日ほどで壊れてしまう。だから一旦休ませて再び七日使えるようになるまでリガータの森を離れる予定だった。瘴気避けが完全に復活するまで三十日程度はかかる。そんなに長くリカルド様から離れているわけにはいかない。


「はい。リカルド様はリンクス達のために瘴気クリーナーという腕輪を用意してらっしゃるようです。それを私のためにもお願いしようと思います。能石と腕輪の両方が二刻もあれば創れるそうですので、私が持つ瘴気避けが役に立ってる間にお願いすれば大丈夫です」

「リカルドはおまえの願いを聞いてくれそうなのか? おまえに万が一の事があれば私は……」

「ご心配はいりません。リカルド様は情のある方です。困っているリンクス達を助けている様子を見れば判ります。私が困るとなればちゃんと聞き入れて下さいます。必ずです」

「身近で見てきたおまえがそう言うのなら私も信じよう」


 力強く答えた私に温かい瞳をお父様は向けてくれる。ここに残るとなれば心配をかけるのは判っています。ですが、私はこの機を逃したくないのです。


「ありがとうございます。お母様やお姉様、そしてお兄様には宜しくお伝え下さいませ」

「おまえがここに残ったと知れば皆寂しく思うことだろう。それにジュリアスの奴はここに押しかけてくるかもしれんぞ」


 ジュリアスお兄様! お父様以上に私を慈しみ大事にしてくれる最愛のお兄様。どれほどの損害が出ようと必ず私を救おうと考えるでしょう。頭に血が上れば理屈は通じない。どうしたら……。


「お兄様が来ては困ります! 私がリカルド様の家に泊まったなどと知ったら……」

「ああ、責任をとれと怒鳴り込んでくるのは間違いない」


 お父様そっくりの空のように青い瞳を血走らせてやってくるのは間違いない。今回のことでも、最後の最後まで反対されていたんですもの、それが婚姻ではなくただそばに居るだけだなんて知ったなら……。


「お父様! お母様と一緒にお兄様をなだめて下さいませ。私はドゥラーク領のため、マイヤール家のため、そして私自身の幸せのために残るのですと……お願いいたします」

「う、うむ。できるだけのことはするが……」


 お兄様の兄弟愛の強さはこちらが辟易するほど。これまででしたら迷惑をかけてしまった方に後で謝罪すればそれで済んだ。でもリカルド様の価値観はまだ判らないから、怒らせたらどう取りなせば良いのか……。


 こんな時は、子ども達に甘いお父様は頼りないわ。お母様が何とか止めて下さるといいのですけど。

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