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エリザベス嬢の見学

 やはりベネディクト侯爵は企んでいたようだ。

 結成した傭兵隊の訓練や生活に関わる諸々の準備を進めていたところに、護衛二名を伴ったエリザベスがやってきた。


「お父様から、リカルド様の生活のご様子をちゃんと見てきなさいと言われまして。できることならば失礼を承知の上、今夜からこちらに宿泊もお願いしろと……」


 貴族の令嬢なら何人も見てきた。だけど、このエリザベスという女性は令嬢オブ令嬢’ズとでも言うべき気品を備えている。昨日ベネディクト侯爵と一緒に居たときも品の良い美しい令嬢だと思っていたさ。ドレスじゃなく狩猟服に似た野外着姿でさえエリザベスの麗しさを損なっていない。気後れさせられるような美というものがあるなら目の前に居るエリザベス嬢の持つ愛らしさを程よく感じさせられる美しさなのではないだろうか。そう思わせられた。


 そのエリザベス嬢が扉を開けた先で恭しく礼をして訪問理由を伝えている。


 いや、見るのはいいよ。隠していることもないし、見られたところでどうにかされるようなこともない。好きなだけ見てくれて構わない。だけど宿泊も俺の家というのはどうなんだ? 貴族の令嬢が、縁の薄い男の家に泊まるなんて世間体的にとてもまずいだろう。


 部屋はあるよ? 客室くらいあるさ。だけどそういう話しじゃない。


 断らなかったのかって? 見学はいいけど宿泊はダメとお断りしたよ。

 だけど、我が家の前にあるベンチで寝るから、起きたら風呂を貸してくれたらそれでもいいと言ってきた。護衛達に「そんなことでいいのか?」と問い詰めたら「ご主人様がそうご指示されておりました」だと。エリザベスも父親の指示に従うようだ。まだうら若いお嬢さんを、魔獣が棲む森のベンチに一晩中寝かせておけるほど、俺は酷い男じゃない。

 いや、若くなくても女性を暗い森の中に放置したりしないよ? 前世でも優しいだけが取り柄とまで当時の嫁さんに褒められ……てた……んだからな。

 つまり根負けして泊めることにしたよ。仕方ないから護衛達にも部屋を用意したよ。


 ベネディクト侯爵が何を画策してるのかはうっすらと判る。俺とエリザベスを特別な関係にしたいんだろうってのは判る。判らないのは、何のためにって点だ。


 リンクス達による傭兵隊を雇って領地を守らせる提案に俺は乗った。直接俺を取り込んで領地を守らせようというヴィアーナのより受け入れやすい案だったからな。リンクス達を自立させたいという要望を満たすだけでなくベネディクト侯爵の要求に応えた形になっている。

 俺の元へエリザベスを寄越してきた理由が判らない。


 ベネディクト侯爵が何を考えてるのか判らないけれど、エリザベスが興味を示したことには何でも見せたし質問にも答えた。リンクスのお得意様になるかもしれないから、ドゥラーク領領主とその関係者とはうまくやっておきたいからね。


 エリザベスは外見が美しいだけのお嬢様ではなかった。巷では蔑まれるリンクス達とも自然に接するし、一応野外着で動いているとはいえ、魔獣解体場所のような汚れそうな場所でも嫌な顔一つしないで入っていく。護衛に止められても「私はこの場所をきちんと見るためにここへ来たのです」と毅然とした態度で制して入っていく。


 貴族のお嬢様としてはあまり褒められないだろう行動だろう。けれど、俺達にとっては不満など感じられない態度で過ごしている。あえて言えば、ケチを付けるところが見つからないのが不満という感じだ。内心はどうあれ、自分の役割を果たすためなら何も恐れずに動く。ベネディクト侯爵のお気に入りの次女だというのも頷ける。


 ベネディクト侯爵という背後が気になるけれど、彼女だけを見るなら「一緒に暮らすならこういう女性がいい」と考える男が居てもまったく不思議じゃない。……俺もそう思わないでもないし。


 我が家には備え付けの冷蔵庫がある。俺が創った魔石で冷凍庫も付いている冷蔵庫だ。入れ物はブルーノ親方に作って貰ったもので、前世の業務用冷蔵庫並みの大きさがある。

 魔法というのは魔力を流し続けなければ発動し続けられない。だからそこらにある冷蔵庫、大きな氷を入れて庫内を冷やしている。しかし我が家のは違う。エネルギー・ストレージタイプの魔石のおかげで常時魔力を流し続けているから、氷が溶けて溜まった水を掃除する必要はないし、冷蔵庫のサイズも必要な貯蔵する食材量に合せて自由に決められる。


 もちろん各部屋には空調機もある。火を使わないで済むように、魔石が常時発光させるタイプの灯りもある。全てエネルギー・ストレージタイプの魔石のおかげで常時稼働している。魔力が空になったエネルギー・ストレージタイプの魔石を交換するだけで我が家の家庭用魔道具は全て動き続ける。


 エリザベスはこれらを見て「リカルド様がお創りになる魔石を利用するとこのように便利になるんですね」と、とにかく感心していた。


 またリンクスの子達が魔獣を解体する際に使うチェンソー、近くの集落やリガータの森の外へ出かける際に乗るクルマの簡単な仕組みを教えると、感心どころじゃなくとても驚いていた。


 二日間で見せられるものを全て見せ終えると、エリザベスは率直に訊いてきた。


「お見せいただいたモノは全てエネルギー・ストレージタイプの魔石から魔力を受け取って動くのですよね?」

「そうですよ」

「つまり、使用者が魔力を持っていなくても……誰でも動かせるのですよね?」

「ええその通りです」


 少し俯き考えた後でエリザベスはジッと見つめてきた。


「では、リカルド様にとって貴族とは何なのでしょうか?」

「エリザベスさんには、その答えはもうお判りなのではないですか?」


 しばらく見つめた後、ニコッと笑みを見せた。


「ヴィアーナ様が婚姻を申し出たのにお断りになったというのは本当のことですのね」

「ええ、まあ」


 どうせ事前に調べてるのだろうから誤魔化しても無駄だ。


「ヴィアーナ様は諦めないと仰ったそうですわね?」

「ええ、まあ」

「私も諦めません。そのことを忘れないでくださいませ」

「は? それはどういう?」

「ご自分でお考えになって下さいませ」


 エリザベスからは婚姻の申し出など受けていない。ベネディクト侯爵からもそんな話は来ていない。「諦めない? 何をだ?」と俺が頭を悩ませていると、慎ましい令嬢の表情を取り戻してエリザベスはペコリと会釈する。


「二日間大変お世話になりました。私は一旦父上のところへ戻ります」

「はあ……」


 清々しさを感じさせるすっきりとした表情からは、何を諦めないのか読み取れない。俺は護衛を伴って静々と歩き去る彼女の様子を見送った。

 

 ――あ、クルマで送れば良かったな。


 そう気付いた時にはもう彼女達の姿は見えなくなっていた。


・・・

・・


「あのエリザベスって貴族の子は帰ったの?」


 夕食の少し前、親方からもう一丁の魔法拳銃を預かり届けてくれたアドリアが訊いてきた。


「ああ、明日また会うけどね。ほら、リンクス達の傭兵隊についてあの令嬢の父親と交渉するからさ」

「ふうん。綺麗だし気持ちの良い子だったね。私はあの子好きだなぁ。私達と話してるときも友達みたいに接してくれて嬉しかった」

「そうか」


 俺から見てもエリザベスは差別感情なんて一欠片も出さずにリンクス達と接していた。朗らかに笑い、時には社交界での出来事を面白おかしく話し、時にはリンクス達の仕事について熱心に聞いていた。あれではエリザベスに悪い感情など持ちようはない。相手が貴族だから、どうしても距離を置きたがるリンクスからでさえたった二日間で気に入られている。……さすがだな。


「うん、あの子がリカルドのお嫁さんに来てくれるなら応援するよ?」

「何を言ってるんだ。そんな話はしてないよ」

「でもさ? リカルドも二十五歳だよ? ダークエルフだって大勢は二十歳までに結婚するし、人間だってそう変らないんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「私だって同じリンクスの中に候補は居るんだよ? 私を待っていても無駄だよ?」

「アドリアは妹のようなもんだから待ってるなんて……。え? そんな相手が居るなんて知らないぞ?」


 アドリアも二十歳。既に結婚していておかしくない年齢。だけどリンクスということでお相手探しはなかなか難しいので今まで独身で過ごしてきたと理解していた。だけどどうやらアドリアにも良い相手が出来ていたようだ。喜ばしいことだと思うけど、突然の話で驚きを隠せない。


「お祖父ちゃん……親方も知ってるよ? 私が独り立ちできそうになったら結婚するんだよ」

「……」


 親方からは、アドリアの腕も上達してるから、そろそろ独り立ちさせてもいいと聞いている。

 嬉しそうに乙女の表情を見せるアドリアの幸福を祈りながらも、大切な家族が離れていくようなちょっと寂しい気持ちも感じていた。


「とにかくエリザベスとは結婚の話なんかしていないからさ。もしそんな話が出たらちゃんとアドリアには伝えるよ」


 帰宅すると言い残して去るアドリアを見送り、俺はソウヒが用意してくれた夕食をいただくことにする。


 今夜は、リガータ竜と呼ばれているトカゲに似た中型魔獣の肉を使ったハンバーグ。

 名前に竜なんて付いているものだから、ソウヒとセキヒはこの魔獣が気に入らないらしく、森で見つけると情け容赦なく狩ってくる。


「竜の名を付けられているとは生意気な魔獣だ」

「我等の眷属のように思われるのも癪に障る」


 二人は憎々しげに肉を頬張る。

 名前なんかどうでもいいじゃないかと思わないでもないけれど、誇りを持つ部分は人それぞれだから余計なことは言わない。


 ただ、ソウヒが作ってくれたハンバーグが絶品で、甘み豊かな肉汁を堪能し、研究して入れてある香辛料が何とも言えない香りに頬を緩める。「うまうま」とソウヒ達に笑顔を見せて彼らの心を慰めた。

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