呼称変更
アドリア達を救出した翌日、俺は目覚めると同時に能石創りに勤しんでいる。アドリアと一緒に助けた三名のため、瘴気から身を守る能石を創石しているのだ。
リガータの森を覆う瘴気の正体は土属性因子を含んだ無秩序の濃い魔力。魔力だけならば人間や亜人の害になるような影響はない。だけど何らかの属性を含むとやっかいだ。属性が持つ性質が魔力に反映されて身体を蝕む。土属性因子を含む魔力は身体を固めようと作用する。簡単に言えば、身体が重くなっていくんだ。
エルフやダークエルフなどの亜人はもともと魔力に対する抵抗力があるから、わざわざ瘴気を気にする必要はない。だからリガータの森で暮らしていける。
だけど魔力に抵抗力がほとんどない人間はそうはいかない。半日も居れば、普通に動くのも辛くなる。まあ、一部例外はいるけどな。
亜人と人間の間に生まれた唯我は、その身体に流れる亜人の血のせいか魔力への抵抗力を人間よりは持っている。だけど亜人ほどではないからやはり何らかの対策が必要になる。対策しないとその者の本来の動きができないし、ちょっと動いただけで疲労する。
というわけでリガータの森連れてきた以上は、やはり俺が何とかしなくてはいけない。
俺が創ってるのは、瘴気クリーナーと命名した能石。持ち主の周囲を漂う瘴気を吸い込んで属性因子と魔力を切り離す性質がある能石だ。俺が創石能力を手に入れて最初に創ったのが瘴気クリーナー。俺を救ってくれたアドリアのために創ったんだ。
能石と呼んでいるのにはちゃんと理由がある。石に魔力が含まれていないから、魔石と呼ぶのは違うように思えるからだ。魔石と呼ぶ石には魔力が含まれていて、能石と呼ぶ石には魔力は含まれていない。魔石は属性因子と魔力と霊力で構成されている。
では能石は?
霊力とマナで構成されている。マナとは魔力や属性因子の元となる物質。まだ気付かれていないが、この世界はマナで満たされている。空気と同じようにマナが存在している。マナだけを集めて石化し霊力でコーティングすれば能石ができあがる。
能石もコーティングされた霊力に書き込まれた術式でその性格が変る。発動する魔法を決める術式と同じようなものだが、内容は魔法術式より単純だ。だから創石能力の訓練では最初は能石の創石を繰り返し行なった。おかげで今では、瘴気クリーナーを三個創るのにさほど時間も労力もかからない。
アドリアと一緒に囚われていた子達のうち、男の子二人はクスト十六歳にカブラン十四歳で、女の子がフェイナ十七歳。二十歳のアドリアが一番年長で、囚われてる間は三人を慰めたり勇気づけたりしてたらしい。
攫われて来たのだから親のところへ戻るか三人それぞれに訊いた。
戻りたいと言うかと思ったんだけど、三人揃って自分達と同じ境遇のアドリアが普通に生活しているのなら、リガータの森で暮らしたいと言った。親のところへ戻ってもお金を稼ぐ仕事には就けないから迷惑になるばかりだという。周囲から蔑まれるのも嫌だし、また攫われるのも怖い。
三人それぞれがほぼ同じ理由でリガータの森で暮らしたいという。
クラウン領領主から奪ってきたようなものだから放っておくわけにもいかない。国の法で守られていない彼らを戻したら、また攫われても不思議じゃないしね。
正直、俺は悩んでいた。
人間と亜人の間に生まれたというだけで理不尽な境遇で生きていかなきゃならない。そんな彼らは、魔力喰いという体質で生まれたから家からも人間社会からも追い出された俺と同じ仲間だって感じてる。そんな彼らが生きていけるように手助けしたいと思っている。
俺の家で暮らすだけなら簡単だ。セキヒやソウヒのおかげで食べるには苦労しない。もとからリガータの森で暮らしている他の唯我達と同じように魔獣の解体や錬石の訓練をさせれば生きていけるようにはなるだろう。
だけど今回のことで、それだけじゃダメだと気付いた。
幸いなことに、エルフやダークエルフと暮らす分には所有者登録なんてことをさせられることはないから、居場所も生活も自分で決められる。だけど、必要な物資を手に入れるために人間社会とまったく切り離した生活は送れないから、今回のアドリアのように攫われる危険がある。
生活を築くためだけじゃなく、自分の身を守れる術を身につけなければならないんだろう。
俺が生きている間は守ってやれる。だけど俺が居なくなったら?
そう考えると、当面生活できるよう仕事を与え、将来生きていくための技術を身につけさせるだけじゃダメなんだろう。
でもどうやって?
それが判らない。
誰も彼もが俺のように真龍ヴェイグのような龍の憑坐となり創石能力を身につけられるわけじゃない。セキヒやソウヒに守られながら、自分の身を守る術を手に入れられるわけじゃない。
弱い立場の者達が集まって国を作る?
一人一人では無理だから集団で世界の理不尽と戦う?
言葉にすれば簡単だけど実際にはとても難しいことで、俺には無理だろう。
じゃあどうする?
やはり判らない。
無理だからと言って何もしないのは俺の気持ちを落ちこませる。それは気ままに楽しく生きていきたいのにできなくなる。だから何かしなくちゃいけない。だけどどうしたらいいか判らない。
瘴気クリーナーを創りながら、悩みに悩んで一つ決めた。当たり前のことに辿り着いた。
――今出来ることをやろう。毎日何か出来ることはないか考えよう。試行錯誤しながら前に進んでいこう。
瘴気クリーナーを作り終えて、銀に光る親指大の能石をはめ込むための腕輪を親方に注文しに行く頃には俺の気分は落ち着いていた。
俺の家から親方の工房までは徒歩で四半刻ほど、地球で言えば三十分ほどだ。
道の左右には木々が生い茂っているけど、馬車五台並べられるほどに道は広くしてるから圧迫感はない。気持ち良く歩けるんでこの道を歩くのは好きだ。
家を離れるときはセキヒかソウヒが必ず付いてくる。昨夜、セキヒがずっと一緒だったからと、今日はソウヒが付いてきた。
「今日はおまえが食事の用意しろよ!」
ソウヒは群青色の髪を逆立てそうな勢いでセキヒに朝食の準備を押しつけた。俺としては、堅い話があるとき以外は率直で明るいソウヒの方が気楽だ。ただ、調子に乗りすぎて目的を忘れなければ尚いいんだけど。
ソウヒは気に入ったものに出会うと恐ろしいほどの集中力を発揮して取り組む。料理がとても上手になったのはその性格のおかげだ。前世の記憶から様々な料理のメニューを教えると、何が必要なのかを丹念に調べてこの世界で同じものか似たものを探し出してくる。そして調理技術も俺ですら判らないのに試行錯誤して身につけた。独学の鬼と言っても過言ではない。
セキヒも勉強好きなんだけど、ソウヒのように集中して覚えるタイプじゃない。日々コツコツと、俺の世話の合間にできることを覚えていく感じだ。それでも俺が休んでいる時や、ソウヒが近くに居て俺が安全だと思われる時は一人でどこかへ行って何かしらを学んでくる。そつなく動くのがセキヒだ。
俺はこんな二人に守られて十年過ごしてきた。創石の研究、体術や武術の訓練はあったけれど、穏やかでのんびりした生活を送れた。真龍ヴェイグが俺の中に居るからだけでないと思わせてくれるほど親身に接してくれた二人には本当に感謝している。兄のようでもあり弟のようなところもあって、二人は俺にとって家族だ。
周囲の木々や野草の中から食材になりそうなものを見つけると、嬉しそうにこれを使って何を作ろうかなどと話していたソウヒと親方の家に着く。ダークエルフは辺りに見当たらない。既に狩りに出た者は居るだろうし、狩り以外の目的をもって森に入った者も居るだろう。あとは多分、家の中の仕事を片付けている最中だろうな。
一緒に囚われていたアドリアとの方が安心というので親方の家に三名は昨夜泊まった。
親方には瘴気クリーナーを三名分作ると伝えていたので、多分、能石をはめ込む腕輪の製作に早速取りかかっているだろう。三名の手首の太さを調べ、個々に合ったものを作り始めているに決まってる。
いくつかの能石や魔石をはめ込むためだけなので、魔力や霊力を伝導するマギレウムを使用してはいるものの、装飾などないシンプルな腕輪。だから今日中には完成させてくれるのは間違いない。瘴気クリーナーがあるのと無いのとでは作業で消費する体力に大きく差が出るのを親方はアドリアのことでよく知っているからな。
「親方あ、瘴気クリーナー持ってきたよ」
「おう! 作業台の上に置いておけ。急いで午前中に作ってしまう。落としたりしたら大変だからな。身につけておけるようにしてやらにゃ可哀想だ」
こちらには顔も向けず、壁際の炉のところで金槌を振るっている。
「あれ? アドリアは?」
いつもなら親方が作業してるときは、早く一人前になるんだと必ず一緒に居るのに今日は見当たらない。
「あの子達を連れて、裏の風呂の使い方を教えに行った」
「そっか」
ちょうど良かった。アドリア達が居ないところで親方の意見を聞きたかったんだ。
「親方あ、ちょっと聞いて欲しい話があるんだ。仕事の手は休めないでいいからさ」
俺は唯我達に生きる術を教えたい。俺が居なくても生きていける力を身につけさせたい。何をすればいいのかまだ決めていないけれど、とりあえず目標として決めたことを話した。
「おい、ちょっと待て。唯我って何だ?」
――はい、ツッコミはいりました。
親方が手を止めて振り返る。痛くはないんだけど、誰にでも胸を張って言えそうもない気がする所を直球で指摘されて俺はキョドッた。
「そ、それはそのぉ、な、なんかさ、混血児って言葉が気分悪く思えるようになったもんで……」
「その気持ちは判らんでもない。人間や亜人の方が少し上から付けた呼称のように感じることはワシもあるからな」
「だろ? だろう?」
同意が得られそうな流れに俺は急いで乗った。だが……。
「だが唯我って呼称はいただけない!」
真顔できっちり却下されました。……髭モジャめ。
「えー? 自分はただの自分で何かの混ざりものではない! という意味を感じて貰えると嬉しいんだけど」
「そういう問題じゃない!」
「じゃ、じゃあどういう問題なんだよ」
「響きが美しくない」
チッ、親方って意外と形や見た目から入るタイプだったんだな。
「じゃあ、リンクスでどうよ」
リンクスは繋げるという意味のリンクから考えた。複数の種族を繋げる者の意味で考えた。
……実は俺も内心では唯我ってのは何か違うかもしれないなぁなんて思っていた。
「そっちならまだ聞こえがいいな」
「随分と上からだな……親方」
そもそも英語なんて知らないだろう? え? え? どうよその辺。
「聞いても意味が判らんのは唯我と一緒だ。ならば聞こえの良いほうがいいに決まってるだろう」
「決まってるのかよ!」
いつどこで誰が決めた! などという無駄な抵抗は俺の品位を落とすだろうと黙って弱々しく睨んだ。
「まあいいや。じゃあ、これからはリンクスという呼称で」
「うむ」と偉そうに頷いた親方は再び作業に戻った……髭面め。全然「まあいいや」じゃない気持ちを抱えて俺は黙った。
「おーい、リカルドが来てるだろう? 用があって出向いてきたぞ」
ダークエルフの族長ダヴィド=ハルの魅力的なバリトンボイスが聞こえた。




