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秩序の破壊者 ー真龍の憑坐(よりまし)あるいは創石師ー  作者: 湯煙
第一部 情に棹させば流される    第一章 傭兵隊結成
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魔獣討伐

 大型こそ居なかったが、コンコルディア王国最南部にあるアレーゼ領に迫りつつあった中型魔獣二百頭程度と小型魔獣八百頭程度の集団を、百人ほどのダークエルフが無傷で一頭も逃がさずに討伐したのだ。それも討伐にかかった時間は二刻ほど。地球の時間で言えば四時間ほどで、およそ千頭の魔獣を殲滅する時間としては極端に短い。


 人間には有害な瘴気を放ち肉食獣より強靱な体躯を持つ魔獣。

 群れをなす種類の魔獣だから一頭一頭は比較的弱いタイプとは言え千頭という多数の魔獣集団ならば、通常は一貴族の領地としては甚大な被害を覚悟する。実際アレーゼ領では領主の命令で騎士団と護民兵が領民を避難させている。領地が荒れるのを覚悟して時間をかけ、国や他領からも支援も得て魔獣の数を徐々に減らしていくしかなかったのだ。


 だが、俺が創った魔石と道具を利用したダークエルフは、百名でおよそ十倍の魔獣をアレーゼ領へ踏み込ませることなく討伐した。

 

 こちらの被害はゼロ。

 完勝という言葉を現実に示すなら、今まで行なわれていた争いの結果こそ【完勝】というものだろう。

 数だけでみれば劣勢は明らか。だから引き付けて一気に掃討した。

 勝負をひっくり返す……逆転劇のシナリオ通りに進んだ戦いというものがあるならば、今まさに目の前で起きた戦が【逆転劇】だろう。


 だから俺の目の前に立つ若き領主が、まとめもせずに腰までの長い金髪を風にまとわせ、嘘偽りの欠片も感じさせない透き通った声で「私の婿となれ。そしてアレーゼ家の当主としてこの領地を治めろ!」と言い放つのも理解できないわけじゃない。

 ……ごめん、嘘をつきました。想像もしていなかったし、理解もできません。


「断る!」


 この戦いを勝利せしめた俺の返事さえ、想定内であるように不敵な笑みを口元に浮かべたアレーゼ領領主ヴィアーナ=ウェルゼン=アレーゼは、一応念のためにという程度の声音で聞き返す。


「何故だ? 家臣としてではなく、伯爵家当主として迎えようというのだ。魔法を使えぬ体質ゆえに侯爵家を追い出されたおまえには、貴族に戻るまたとない好機ではないのか?」

「貴族の地位にも人間社会にも未練なんかこれっぽっちもない。今回力を貸したのは、世話になったダークエルフに頼まれたからさ」


 千を超える魔獣の遺体から魔石や毛皮などの戦利品得るため、ダークエルフの長ダヴィド=ハルは仲間を指揮している。大量の魔獣資材が手に入るからダヴィド=ハルはウキウキしているだろう。

 俺が向けた視線の先にヴィアーナはチラッとそのエメラルドのような瞳を向け、再び俺と向き合う。


「いいだろう。今日の所はここまでにする。だがリカルド、私はおまえを手に入れる。そのことをけっして諦めない。覚えておくんだな?」


 随分と自信家のようで、いくら麗しい女性でもちょっと引いてしまう。


「お嬢さん。身の丈を越える望みなんて持たない方が幸せだぜ?」

「ふん、領主という立場に見合った望みにすぎないさ。まあいい。魔石を生み出す創石の力がどれほどのものなのかを知った以上必ず手に入れてみせる」


 まあね。誰でも強力な魔法を利用できる魔石を創れる俺の力が欲しいのは判る。だけどいきなり伴侶にしててでもとまで考えるとは思わなかった。目的のために結婚を利用するのは貴族として普通のことと言っても、伯爵家の立場というものを軽く扱いすぎじゃないだろうか。


「お嬢さん、いやヴィアーナ伯爵。戦に勝ち領民を守るためならば、貴族が死ぬほど毛嫌いしている亜人とだって手を組むおまえさんの気持ちの強さは認める。他の貴族なら、亜人の力を借りるくらいなら、貴族失格の烙印を捺し社会から追い出した俺に戦を任せるくらいなら恥辱と受け取り、どれほど領地領民の被害が大きくても自分の力だけで戦っただろうからな」

「一応褒め言葉と受け取っておくわ」


 名誉だの誇りだのに拘らないなんて、ヴィアーナは貴族にしては変わり者だ。


「褒めてるんだよ、本音さ。だけどな? もう一度言うが、貴族の地位も人間社会もどうだっていいんだ。俺が創った魔石を利用した道具で楽に生きる。他にも生きる目的はあるけど、それも人間社会とはまったく関係のないものだ。あんたは面白い貴族でこれからも顔を合せてもいいとは思うけどな? だが家族になるつもりはないね」

「今のところは……でしょ?」


 交渉決裂しても諦めを感じさせない不敵な笑み。整った品の良い顔立ちには不似合いながらもドキッとさせられた。


「リカルド様。そろそろお戻りになりませんと、ブルーノ親方が例の試作品の……」

「待ちくたびれてふて腐れちゃうか。わかった。あとはダヴィド=ハルに任せよう。セキヒ、帰ろうか」


 ここまで俺達の会話に興味を示さなかった従者のセキヒに応え、ヴィアーナに一礼をする。


「じゃまた会うこともあるだろう。失礼するよ」

「最後に一つ言っておくわ。今日のあなたを見たのは私だけじゃない」

「そりゃヴィアーナの護衛も家来も……」

「そうじゃない。他の貴族も、我が領地が魔獣に襲われたのは他人事じゃないから……」

「ああ、偵察役がどこかに居たってことか。どうでもいいよ」

「それならそれでいいけれど、他の貴族に取られるようなヘマはしないから覚えておいて」

「はいはい」


 軽く細められたドキリとさせられるエメラルドグリーンの視線から逃げるように背を向けた俺に「必ずよ」と投げかけられた。それには応えず、俺より頭一つ背の高いセキヒと並んでその場を後にした。


◇◇◇


「リカルド様、あの人間と(つがい)になるのですか?」


 棲み家があるリガータの森へジープ型の車両で向かう途中、セキヒは運転しながら訊いてきた。


「そのつもりはないよ」

「リカルド様も二十五歳になりました。人間ならば伴侶がいて普通のお歳です。お考えになっても宜しいのではありませんか?」

「相手は貴族、それも領主だ。いくら魅力的でも面倒に巻き込まれると判ってる女性を嫁に迎える気はないよ」


 そう。俺は気ままに生きていきたいんだ。

 魔石やその他の能石を創石し、今乗ってる車両のような、能石を利用した道具で快適な暮らしを目指す。それがこの世界へ転生した俺の今の望み。面倒ごとはできるだけ避けたい。


 そりゃヴィアーナは美しかったし、確か十七歳で若く魅力に溢れた女性だった。もしも彼女が平民だったら……いやいや普通の人間は瘴気に覆われた魔獣が多数棲むリガータの森で一緒に暮らしてくれないだろう。俺はリガータの森から離れるつもりはないからなぁ。


「ではエルフやダークエルフの中に誰かお目当てが?」

「居ないよ」


 エルフもダークエルフも保守的で、他の種族と交わるのを好まない。

 俺が創る能石のおかげでダークエルフ達の生活も向上した。だから俺の嫁相手には表面上は特に何もないか、悪くても多少嫌悪を示す程度だろう。けれど、俺の子……つまり他種族との子どもとなると多少ではすまないだろう。ダヴィド=ハルのような物わかりの良い相手ばかりじゃない。習わしと異なる事案には強く反発する者達は多い。


 他種族との交流を忌避している奴らが俺と交流するのだって、俺が創り出す能石とそれを利用した道具……車両だけでなくグラインダーやチェンソーのような工具、冷蔵庫や空調機の恩恵が大きいから目をつぶっているだけだ。内心、面白くないと不満を溜めている奴らが多いはずなんだ。

 だからエルフやダークエルフの中からも伴侶を探すつもりもない。


「私達、真龍ヴェイグ様の眷属はリカルド様のお幸せを何よりも願っております」


 俺の中で再生の時を待つ闇の真龍ヴェイグ。真龍は身体の衰えを感じると龍核という記憶や能力を封じ込めたエネルギー核となり、新たな身体を構築して再生する。だが、闇属性の魔力は耐性が低い状態の龍核を消去しようとしてしまう。それで再生のために龍核になれずに居たところ、魔力喰いという魔力を吸う体質を持つ俺と出会った。


 闇属性の魔力に耐性を持つ身体で再生できる時まで俺を憑坐(よりまし)とする代わりに、俺が生きている間はヴェイグとその眷属の竜は力を貸す契約を結んだ。ヴェイグの憑坐となったおかげで創石能力を手に入れ、また魔力喰いという体質を制御できるようになった。

 ヴェイグの眷属の中でも筆頭格の二頭、紅飛竜セキヒと蒼撃竜ソウヒは人型となって俺の身の回りを世話してくれる。ヴェイグの憑坐を守る役目もあるんだろうが、俺がリガータの森で気楽に暮らせているのはセキヒとソウヒのおかげだ。


 ヴェイグの憑坐となってそろそろ十年が過ぎる。予定ではもうじき再生し、俺の中から出てくるはずだ。その時は、感謝を伝えたい。


「伴侶が居なくても俺は今でも十分に幸せさ。ヴェイグはもちろんセキヒやソウヒにも感謝してるし、みんなの幸せを願ってるよ」


 初夏の日射しが照りつける中、空調が効いた車両から靄のかかった森が遠くに見えてきた。依頼された魔獣退治も終わったことだし、俺が頼んだ試作品に魔石を嵌め早く試したくてうずうずしているはずのブルーノ親方のもとへ向かおう。

 そしてソウヒが用意してくれる夕食を楽しみにしよう。


 セキヒが運転するジープの揺れは心地良く、いつも通りの生活に戻れると呑気な俺は鼻歌でも歌いたい気分だった。

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