仲良し
「アキノ様なら、逃げ隠れをする方がおかしいですよね」
昂然と顔を上げて進むサトリの横にイズミ。少し遅れてタキ。
外国からの使節団を迎えている関係もあるのだろう、どこもかしこも明るく照らしだされている。
塵一つない絨毯の敷かれた廊下で、忙しそうにすれ違う者たちは、男装のアキノを見ても格別いぶかしむ様子はない。
女官や衛兵に目を向けられても、イズミがにこりと微笑み返す。
「さてアキノは大広間の夜会にすでに姿を見せているのか、まだ部屋で準備中なのか」
「皆さんの反応を見る限り、なんとも言えないですね」
ひとたび中に入り込んでしまえば広い王宮のこと。
アキノの姿のサトリが呼び止められることもない。
「まだここにいるんですか?」といった反応があれば、そこからアキノの現在地を推測できると踏んでいたが、皆丁重な物腰で会釈する程度。
周囲に人のいなくなった大廊下を進みつつ、サトリが口を開く。
「アキノ様が男装でお戻りになられていることは、周知されているようですね」
日中に店を回ったときよりも、王宮の誰もが反応は薄い。
イズミが答えた。
「少し前から、アキノがあの館で男装に戻り、綺麗な女の子と暮らしているっていう噂はあったんだよね。私はアキノの一人二役かなと思っていたから、いつも通りに似合いそうなドレスや装飾品を買って……」
そこで言葉を切る。
サトリはちらりとイズミを見て、その視線の先を追った。
広い廊下の先。前方を横切る数人の姿が遠くから確認できた。
「陛下」
イズミが低く呟く。足が止まる。そのまま進んで気付かれ、顔を合わせることを警戒した動きであった。
ならうように足を止めたサトリは、超然と顔を上げたままぼそりと言った。
「なるほど。あの方が『わたしからすべてを奪った男』ですか」
格別感情のこもらない声だった。
まなざしの温度も変わらない。
横から顔をのぞきこんだイズミが、何か言おうとして唇を震わせた。
その瞬間、サトリの背後にいたタキが、ぼそぼそと言う。
「豪快にネタにするな。イズミ様の顔を見てみろ。今、謝ろうとしたぞ」
「なんでイズミが僕に謝るんですか」
サトリは振り返って、タキの目を見た。
「イズミ様が謝らなかったら、俺が謝っていた」
「タキ先生が? それこそ一ミリも関係ないのに? あなたには何も奪われた覚えはない」
「それだとイズミ様には何かを奪われたとの解釈が可能だぞ」
何かを、とサトリが考え深げに呟いたところで、イズミがシルエットを重ねた二人の真正面に立ち、怒気もあらわに睨みつけた。
「先生、近いです。若い女性に触れるのは自殺行為です。死にますよ先生が」
言われたサトリが「あ」と声をもらす。
タキは両方の掌を肩の位置まで上げて一歩後退した。
イズミは、サトリを背後におしやりながらタキに頭突きしそうなほど顔を寄せた。
「後でお話があります」
「そんなに近づかなくても聞こえますよ。耳は悪くない」
「そうですよね。健康な、ごくごく健康な肉体を持つ男性だと認識しています。この話の続きは後ほど」
白皙の美貌から剣呑極まりない眼光を放ち、言うだけ言ってから、イズミは吐息した。
タキが「ところで」と落ち着き払った声で言った。
「二手に分かれることを提案します。イズミ様は一足先に大広間へと向かってください」
目を細めたイズミがタキの顔をじっと見つめる。
タキは平淡な調子で続けた。
「俺は大広間に顔を出すのは不自然ですし、サトリ殿下も大広間にアキノ様がいた場合鉢合わせすることになるので、一度アキノ様の私室に向かいます。イズミ様? 聞こえていますか? 耳は大丈夫ですか?」
ぐしゃりと自らの前髪をかきむしったイズミは、陰々滅々とした声で吐き出した。
「後でお話するのを楽しみにしています。タキ先生が私を都合よく使うのは、絶対許さない」
サトリに目を向けたときには常と変わらぬ鉄壁の笑顔だった。
乱れた前髪すら爽やかに、鮮やかに微笑んで言った。
「役割分担は妥当だ。行ってくるよ。君も気を付けて。何かあれば先生を盾にして君は助かってね。先生の生死はこの際問わないって踏み込んだことを言いたいけど、やめておくよ。『手段を選ばないのはお家芸ですか』くらい君には言われそうだからね!」
サトリがタキに視線を向けると、タキは眉間に皺を寄せて目を伏せた。
「仕方ない。殿下が豪快にネタにしすぎたせいでイズミ様でも動揺しているんだ。あの、顔色が変わらないで有名なイズミ様が、ここまで本音がダダ漏れだ。たぶん言う気がないことまで言っているぞあれ」
ついにイズミが回し蹴りを放ったが、タキは最小限の動作で軽やかによけきった。
この二人仲良しなのではと思ったサトリだが、話が長引くことを懸念して口をつぐんだ。
作戦を速やかに実行すべく、そこでイズミとは別行動となった。




