表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間一回目のタキ先生と雪の国  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
第四章 王都にて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/37

人攫いの選択

 時は少し遡る。


 予定にない学校見学が入ったことで、アキノとタキはそのまま追いかけるわけにもいかず、通り向かいのカフェでひとまずお茶を飲んでいた。


 カフェとはいえ、王宮にもほど近い高級店の並ぶ通りで、裕福な家の子息が通う学校の目の前とあっては内装も客層も相応である。

 落ち着き払った紳士淑女たちが大きすぎない音量で話し、さざめくように笑っていた。

 念のため、サトリと同じ服装をしているアキノと、アキノにいじられまくったタキの組み合わせは、その中にあって決して浮いていない。

 ただし、目立っていた。

 赤い花の描かれた乳白色のカップで茶を飲みながら、アキノは円テーブルで並んで座ったタキをちらりと見る。

 向かい合って座っていないのは、二人でテラス席から店内に背を向け、通りを見やすくする為だった。


「背中に視線、感じる?」


 むすっとした表情で、タキはカップに口を付けている。


「鈍いのでわかりません」

「御婦人方の視線が熱いよ。つられて連れの紳士の皆さんも見ている。学校の近くだし、知り合いくらいいるかもね。ちょっと確認してみたら」


 タキは無言だった。

 その機嫌の傾いた横顔を見て、アキノは遠慮なくふきだした。


 整髪料をつけて、軽く流して毛先を遊ばせた髪型は、タキの端正な顔立ちを過不足なく引き立てている。

 刺繍の入ったシャツに、ボタンをきっちり留めたウェストコートは、元からの姿勢の良さもあってその姿を背中まで綺麗に見せていた。


「かなりいい線いってる。間違いがあるといけないから、サトリには見せられないね」


 笑いながら言うアキノ。

 タキは眉間に皺を寄せたまま茶を飲み続けた。


「間違いといえば、イズミもなんだけど。イズミ、僕の見た目も好きだから。まかり間違えてあのアキノの中身が女の子だなんて知ったら。手に入れるために、手段を選ばないかも」


 不穏な呟きをもらしたアキノに、タキはようやく物言いたげな視線を流した。


「引き合わせたのは殿下です」

「そうだね。結局のところ、僕がいない状況下でサトリを完璧に補助するのなら、イズミが適任だから。王宮のたいていの場所に出入りできるし。後は将来的なことかな。いずれにせよ、サトリには後見人が必要だ。できれば近くにいて欲しい」


 段々と声が小さくなり、最後には溜息。

 タキもそっと吐息して、通りに目を向けた。

 そのとき、シュリが近づいてくるのを見て動きを止める。

 シュリもすぐに気付くと、軽く手を上げながら素早く歩み寄ってきた。


「『殿下』は?」


 アキノより先に尋ねたタキに対し、シュリは表情を強張らせて口を閉ざす。


「イズミに攫われちゃった?」


 アキノが言うと、シュリはためらいがちに頷いた。


「何があってもイズミ様がいれば心配がないかと」

「イズミが何かするかもよ」


 しれっとアキノが返す。シュリは天を仰いだ。


「絶対ないとは言い切れないんですけど。無理強いはしないでしょうって先生、先生、目が怖いぞ」


 視線を二人に戻してから、シュリは射殺しそうな目をしたタキに焦って言った。

 アキノが、不意に空気を冷ややかなものにしてシュリを見た。


「それで何。僕に何か用?」


 厳然とした、言い訳を許さない態度に、シュリも姿勢を正して言う。


「アキノ様にお願いです。せっかく館を出て来たところですが、このまま王宮までお帰りいただけないでしょうか。『男装のアキノ様』をお待ちになっている方がいます」



 * * *



 ガチャガチャと無機質な音が響き渡る中、イズミが素早く立ち上がった。


「見て来る。動かないで」


 サトリは「はい」と小声で返事するにとどめた。

 薄暗い中でも、物の配置がよくわかっているイズミが、ジャケットの裾を翻して早足で行く。

 イズミがドアにたどり着くより先に、外部から解錠されたらしくドアが開いた。

 灯りを持った誰かが立っている。


「どうしてここに?」


 固く澄んだイズミの声が耳に届いた。


「探しました。鍵がかかっているので変だなと思ったから開けたまでです」


 聞き覚えのある声だった。


「タキ先生!?」


 まさか、とサトリも立ち上がって小走りに寄ろうとする。

 何かにぶつかった。

 描きかけの絵なら上に倒れこむわけにはいかない、とサトリは身体を捻じりながら床に倒れこんだ。


「大丈夫!?」


 イズミが飛ぶように戻ってくる。有無を言わさぬ速さで抱き起こされる。


「平気です」


 咄嗟に手で押し返そうとしたのに、片腕を膝の下に通されて抱え上げられてしまった。


「変な倒れ方をしたけど、どこか痛いところはない?」

(イズミの膂力で骨が軋んでいるので、痛いと言えば痛いです)

 さすがにそれを直接口にすることはできずに、サトリは儚く微笑んだ。


「もう離してくれて大丈夫ですよ?」

 イズミは曖昧に微笑んで、サトリを解放してくれた。

 

 簡単な燭台に燈した灯を持って、タキが部屋の中を進んでくる。

 サトリは顔だけ向けるも、黙り込んだ。

 黙り込まれたのを察したらしく、タキも唇を引き結んで無表情になった。ややして、嫌そうに溜息をついた。


「なんだよ」

「タキ先生なのにかっこいいです」


 思ったところを正直に言ったのだが、サアアアアアアと外の雨がいやに耳につく結果になった。

 

(この静けさはなんだろう)


「どうしたんですか。紳士に見えます。その髪はご自分で?」

「自分でするわけがない」


 サトリが近づくと、タキはそっぽを向いてしまった。その横顔を、サトリは歩み寄って見上げた。

 地味ながら端正な顔を引き立てる髪型と、いつもきちんと着こなしているイズミにも決してひけをとらない正装。裾の長いジャケットも、肩が広く背が高いだけに異様に映えている。


「先生の偽物ですか」

「ひどい言い草だな」

「だってすごくかっこいいですよ。人間じみてます。どうしたんですか?」

「黙ってくれ。殿下にそんなことは言われたくない。殿下だって、自分の容姿について言われるのは嫌だろう。たとえ誉められるとしても嫌だと言っていたはずだ」

「そうですね、ごめんなさい。それはそうと僕の方を向いてくれませんか」


 横を向きっぱなしのタキ。いたずら心からサトリが回り込むと、すぐに反対を向いてしまう。追いかけるようにタキの周りをうろうろしていたその時。


「そろそろいいかな」

 傍観者に徹していたイズミの声が響いた。


 声はどこまでも冷たい響きだったが、サトリが目を向けたときにはイズミは非の打ちどころのない笑みを浮かべていた。

 どこをどうとっても完璧な笑顔。


「先生、よくここがわかりましたねと言いたいところですが。そういえば先生はこちらの寮出身でしたか。しかしもう卒業なさっているわけですから部外者です」

「それを言うならそこの殿下も学外の人間です。見学が済んだなら連れて行きます」

 慇懃に答えるタキ。

「どこへ?」

 イズミの質問に直接答えず、タキがちらりとサトリに視線を流した。


「どこへ行きたいですか」

「シュリのところへ戻らないと」

「シュリはもう一人の殿下を攫って王宮に向かいました。多少疑ってはいたんですが、出し抜かれましたね」


 ごくごく平淡な調子で言われたが、サトリは目をみひらいてタキを見返した。


「出し抜かれたってどういうことですか!?」


 タキは渋面となって、わずかに視線を逸らしながらぼそぼそと言った。


「とある国の王女ご一行が王宮に滞在しているようです。おそらく、アキノ様が館を出て来るのを見越して、日程が調整されていたのでしょう。先程シュリと会った際にちょうどよく男装でしたので、攫われました」

「先生がついていたのに!? それでおめおめと僕のところに来たんですか!?」


 タキは負い目があるのか言い返さずに、重々しく続けた。


「アキノ様も事情を察したからこそ行ったんです。もしアキノ様が行かなければ、あなたが行くことになった。それは今のあなたにとってまだ早い、荷が重いでしょう。ただ、あちらのアキノ様が男装の状態で王宮内で認知されてしまうと、この後男装のあなたが王宮に行ったときに細かな差異から偽物だとばれる確率が飛躍的に高まります。シュリにしてもぎりぎりの判断だったのではないかと。どちらを連れて行くか、直前まで悩んでいたと思います」

「何か変だなとは思っていましたけど……」


 冴えない様子のシュリが、そんなことを悩んでいたとは。


「婚約者候補との顔合わせか。アキノの年齢ならまだ急ぐ必要もないと思うけど」


 横で聞いていたイズミが、目を細めてそう言った。


「陛下としては、もう女装に戻って欲しくないからさっさと結婚話をまとめようとしている可能性はありますね」


 タキが慇懃に答えるも、イズミは肩をそびやかすのみ。


「それはさすがにアキノのことをおわかりになっていない。アキノはあれで本気で女性の服飾を追及しているからね。気の合う女友達や恋人が出来たら服の貸し借りくらいするだろう。男として見られたいから男装をする、という発想に落ち着くとは思えない。外堀の埋め方が的外れだ」

(ああ、イズミって本当にアキノ様の理解者なんだな)

 サトリは妙に感心してしまった。


「さてそこで、サトリ殿下に意思確認に来た。このまま館に帰るか、予定通り宿に向かうか。もしくは王宮に向かうか。幸い、今日のアキノ様は今のあなたと同じ服装をしているし、一つの場所に同時に居合わせなければ、ある程度はごまかせるはず。機を見て入れ替わることも不可能じゃない」


 教師をしているときのように、タキが丁寧に説明をした。

(選択肢三番目だけやけに具体的ですね) 

 選べとは言わなくても、何を考えているかはわかってしまう。

 サトリはイズミを振り返って言った。


「協力をお願いします。イズミ様がいればかなり説得力があるはず」


 視線を戻して、黙して待っているタキを見上げる。


「先生ももちろん手伝ってくれるんですよね?」

「必要なことはする。今日の服装であれば王宮に紛れ込んでもいきなりつまみ出されることはないだろう」


 苦々しく言われて、サトリは腹を決めることにした。


「わかりました。王宮に向かいましょう。だけどその前に、そもそもなぜアキノ様は女装をしているのか。僕が男装をして、王宮でアキノ様として振舞う特訓を受けたのは何故なのか。そこは教えてもらえるんですか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i545765
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ