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人間一回目のタキ先生と雪の国  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
第四章 王都にて

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落涙

 声や骨格。

 身長は少し靴で補っているけれど、ごまかしようもない部分はいくつかある。会うのは二度目とはいえ、距離も近かったし、気付かれる可能性は十分にあった。


(手も、アキノ様とわたしだと違う。これは確認なのかな)


 イズミはサトリの手に手を重ねている。

 胸がざわつく。


「女性に見えますか」


 答えに迷って尋ねると、イズミは微かに目を細めた。


「一度目に会ったときも、今回もまだ確信には至っていない。私は昔からアキノのことは大切に思っているけれど、女性ではないのは知っている。時期をみて女装をやめるつもりがあるのは知っていたから、恋に落ちることもなかったけれど」


 まだほのかな明るさの残る窓際で、目も慣れているからこそ互いがようやく見えるという暗さの中。イズミがふざけたりからかったりすることなく話しているのは、そのまなざしからよくわかる。


 サトリは感心してしまった。

 アキノが女性で、イズミと幼馴染で、素直にまっすぐ恋に落ちていたら。

 それはもう、世紀のカップルとして国中でもてはやされただろう。

 二人の結婚式のパレードなら自分だって見てみたい、と一瞬で力強く妄想してしまった。


「イズミ様とアキノ様でしたらお似合いですよね。お二人が並んでいるところ、見てみたいです」


 妄想ついでに、本音が口をついて出てしまった。

 イズミは軽く小首を傾げて、サトリの瞳をのぞきこんだ。


「実は、今日行った先々のお店で居合わせた店員や客はその光景を目にしたんだよね」


 目元に淡く笑みが滲んでいる。


「僕が言っているのは、本当のアキノ様とイズミ様です。偽物じゃなくて」

「君は自分を『偽物』だと思っているみたいだけど。違和感はあったかもしれないけど、はっきり見抜いた人はいなかったと思う。そのくらいうまくやっていたし、何より似ているんだ。その上で、君自身の口から『お似合い』だと言われるのはとても嬉しい。今日は男同士の姿だったし、私はそれでも十分に楽しかったのだけど。さて、ところで君は女の子?」


 本題に引き戻された。

 サトリは言葉に詰まる。

 これからイズミにはいくつか聞きたいことがあるし、できるならば正直に答えてほしいと思っている。

 自分も嘘を言うべきではない。

 頭ではわかっているが、認めてしまうことにも抵抗がある。


(いまさらごまかしても、騙している事実が消えるわけでもないけど)


 自分が何者かを話す必要があるなら、腹をくくって話すしかない。


「僕は、イズミ様のお考えの通りで、間違いがないです。アキノ様と陛下? の思いつきで、期間限定でアキノ様の身代わりをしているだけで」


 言いながら、そっと手を引き、ベンチの上で身も引く。

 何か言おうとするように口を開いたイズミだが、そのまま固まってしまった。

 やや長い間が空いた。

 おとなしく待っていたサトリだが、心配になって、ベンチに手をついてイズミの顔を下から見上げた。


「イズミ?」


 様はつけないほうがいいんだっけ、と思いながら。

 目が合った。気のせいではなく、イズミは困った顔をしていた。

 その困惑がサトリにも伝わったことに気づいたらしく、「ごめん」と急に大きめの声を出した。


「本当に確信がなかったんだ。最初は何か変だなとは思っていたけど、まさかこんなに似た別人がいるとは思っていなかったし。おかしいな? と思った後も、アキノがあの見た目で男だから、君が女の子だという発想にはなかなか行きつかなくて。いや、行きつかないようにしていたというか」


 早口で言い募るイズミを、サトリはおとなしく見つめていた。

(顔色全然変わらないのに、いろいろ考えていたんだ)

 さすが人間十回目の面の皮は強靭だな、と妙な考えがよぎってしまった。

 その一連の冷めた態度が、イズミの不安を煽ったようだった。


「ごめん。謝って済むことじゃないけど。結構強引に色々確かめようとした」

「僕自身はイズミとアキノ様の関係がはっきりわからなかったので、イズミが何をしても『アキノ様なら驚かないのかな』と思ったら驚くに驚けなくて」

「驚くかどうかコントロールできるんだ!?」

「それはイズミには言われたくありませんよ!? 正直、どのタイミングで疑い出したのかわからないくらい顔色も態度も変わらなかったのに!!」

「そんなの気合だよ」

「僕も気合ですね!」


 思いがけず、二人で言い合う形になってしまった。

 サトリはひとまず浅い呼吸を繰り返しつつも乱れた息を整えようとした。

 イズミも、気持ちを落ち着けようとしているのか、ベンチの背もたれに深く背を預け、長い足を組んだ。


「少しわかってきた。君は中身もアキノに似ている。混乱するわけだ。別人と話している気がしないのに、それで女の子だなんて。期待して違うと落ち込み過ぎるから、考えないようにしていたのに」

「似るように努力はしているんです。性格も似ているとは考えたこともなかったですが」

「性格というか、口が立つところかな。切り返しの早さに違和感がないから、本人と錯覚してしまう」


 腕を組んで、前方に目を向ける。遠くを見るまなざし。

 サトリはすかさず声をかけた。


「今度は僕が質問してもいいでしょうか。僕はなぜアキノ様の身代わりをしているのか。アキノ様の説明には不足があるように思うのです。僕自身が目的をわかった方が思わぬ失敗を回避できると思うのですが。イズミの思い当たることで構いませんので、教えていただけないでしょうか」


 おとなしく耳を傾けていたイズミだが、サトリが話し終えると小さく吐息した。


「期間限定と言ったよね? アキノは声変わりもしているみたいだったし、これ以上成長してしまうと、『君の男装に無理が出る』から、今行動に移しているんだと思う。君はおそらくアキノより少し年上だろうから、これより前でもアキノが追いついていなくて無理だった。子どもの頃の一年、二年は大きい。アキノの見た目と、君の見た目が一番近づいているのが今だと、アキノはそう考えたんじゃないかな」

「それだと、結構前からアキノ様には計画があったということになりますか」

「それはわからない。何かのきっかけで君を見つけて、即座に行動に移した可能性もある。大切なのは、『君の男装が、アキノの男装として通用する』ことだ」


 サトリは眉を寄せて考え込んでしまった。


「イズミの話を聞く限り……、この入れ替えはアキノ様ありきではなく、僕ありきの話のように思えるんですが……?」


 イズミもまた顎を指で挟むようにして「うん」と言ったものの、その後の発言をためらうように口を閉ざした。

 ややして、手を膝の上に置き、姿勢を正してから言った。


「君はどこから来たのか、聞いてもいいかな」

「孤児院です。山道で拾われたそうです。その時点で一歳前後と推定されています。自分に関する記憶はありません。今は十五歳くらいのようです。縁があって王宮の下働きに採用されたところで、シュリに拉致されました」


 サトリが一息に答えると、イズミは目を閉ざしてしまった。

 さすがに、孤児院出で出自もたどれない人間が王子のふりをして自分の目の前にいることに驚いてしまったのだろうか、と。

 サトリはイズミの次の言葉を待った。

 心はしずかだった。なんと言われても受け入れようと思った。

 イズミは重い沈黙の後に目を開いて言った。


「理解した。アキノはたぶん、本来君が持つはずだったものを返したいんだと思う」

「僕が持つはずだったもの?」

「アキノは……」

 

 苦いものを飲み込んだように、イズミの顔が歪んだ。

(泣く――)

 手を伸ばして、指で頬に触れる。

 乾いていた。まだ泣いていない。

 余計なことをしたと、サトリは手を引こうとした。

 だがイズミがその手首をとらえた。


「君から見てアキノはどういう人間だった?」

「優しいひとですね。飄々として、たまに口が悪いんですけど、すごく優しいです。トニさんもたぶん、一番好きですよ。アキノ様のこと」


 イズミの感情が昂っているのを感じて、サトリはつとめて淡々と言う。

 泣き笑いのように、イズミが目を潤ませて笑った。


「アキノの優しさが君に伝わっていて、良かった。出会い方によっては憎しみあっても不思議じゃないのに。ありがとう。良かった」


 何に対するお礼なのだろう。

 瞼を伏せた拍子に、涙が一滴こぼれて頬をすべりおちる。

 それをイズミの頬にあてたままの掌でぬぐい取りながら、なんのための涙なのだろう、と考えた。

 この人はなぜ泣くんだろう。

 目の前のイズミが遠い。感情が鈍い。ついていけていない。


(タキ先生が見ている世界ってこんな感じなのかな)


 不意に眠そうなタキの目を思い出してしまって、慌てて追い払う。

 今にもその辺にいるような気がしてしまう。勘弁してほしい。


(先生が先に死んだら、虫を見かけるたびに「先生かな?」って思っちゃいそう。やだな。あんまり早く死なないでほしい)


 なんでこんなときに、タキのことなど考えてしまうのか。

 おかげで、目の前のイズミに全然集中できない。

 泣かないでください、と言いたいのに。

 タキのせいで。


「イズミ。今日のシュリは変だったと思うんですけど、どう思いますか。探しているなら、そろそろ戻った方がいいかな」


 迷惑をかけるつもりはなかったので、切り上げ時かと提案してみた。

 それに対し、だいぶ落ち着いた様子のイズミが答えた。


「たしかにシュリ先生は変だったけど。実は伝言を先に受けていたんだ。『殿下を頼む』と。シュリ先生はもしかして私たちを探していないかもしれない」

「探していない?」


 サトリが眉をひそめて聞き返したそのとき。

 ガチャガチャとドアの外から鍵をいじるような音が耳に届いた。


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