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人間一回目のタキ先生と雪の国  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
第四章 王都にて

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寄宿学校にて

 アキノ、とイズミが名を呼ぶ効果は絶大だった。


 行く先々でサトリにごく自然に寄り添いながら、店員たちに笑顔と話題を振りまく。

 結果的にそれが、サトリを偽物と思わせない説得力に繋がっていた。


 イズミが「ほら、少し前までのアキノによく似合いそうだ」とふざけて女性用の帽子をかぶせてみたり、靴を履かせようとしてくるので、周りはくすくすと笑いっぱなしだ。

 サトリは「やめてよ」と言いながらそれをかわしているだけで良い。「もうお召しにならないのですか」と聞かれた場合は「僕の可愛い人にならよく似合うと思う」と笑って応じてみる。


 ――アキノ様はもう女装はなさらないらしい。


 最初は半信半疑といった様子だった人々が、少しずつ納得していく。

 その手応えがあった。


(イズミ様がいてくれて良かった)


 もう少しシュリが協力的だと良かったのだが、いつもと違って様子がおかしい。

 何か他のことに気を取られているように見える。

 本来の彼の明るさがなりをひそめてしまっていて、店員たちも会話が続かずに引き下がっている様子がたびたび見受けられた。

 そのシュリを、イズミが時折さりげなく窺っている。


 靴屋でイズミとソファに並んで座っていたときに、店員がはなれた瞬間があった。

 シュリは声の届かない位置で男性店員と言葉を交わしている。

 サトリが視線を向けると、気付いたイズミがにこりと微笑んできた。

 イズミの腕に手をかけ注意を引くと、イズミがわずかに身体を傾けてくる。

 ふわりと花のような香りが漂った。

 サトリは、イズミの耳元で思い切って告げた。


「あとで、二人になりたいんです。シュリには内密で、話がしたい」


 返事はなく、イズミは姿勢を正しつつ、翠眼でじっと見て来た。

 それから、シュリの方へと目を向ける。

 ちょうど、シュリが視線を向けてきた。用事は済んだようだった。


「行こうか。この店で予定は終了だよね。次は学校だ。お手をどうぞ」


 先に立ち上がったイズミが、おどけた仕草で手を差し出してくる。

 サトリはあえてその手に手をのせてみた。


「これはどうも。淑女の恰好をしていなくてもイズミは親切だね」


 イズミが思いがけず、強い力で手を握って来た。


「もちろん。尽力を惜しまないと言ったはずだ」


 視線が絡む。

 見つめ返してきたイズミの瞳は恐ろしく真剣だったが、すぐに穏やかな笑みが取って代わった。


          *


 大きな通りと交差する道を進み、二本めの通りを越えたところで不意に視界が開けた。


 曲線を組み合わせた、優美な装飾の施された鉄柵に囲まれた広い公園の奥に、年季の入った石造りの城が聳えているのが見えた。


「公園ではなく、これは学校の庭。あの城が学校。寮は奥の方にある」


 門の衛兵に挨拶をし、門横の管理人棟に声をかけるべく、イズミが足を向ける。


「お待ちしておりました」


 管理棟のそばに、白髪に眼鏡の男性が立っていた。 

 シュリの計らいで、学校側には事前に連絡が入っていたらしい。

 老齢に見える男性は、茶色のツイードのジャケットに揃いのベストとズボン。深緑色のシャツ。すべて仕立てが良さそうで手入れが行き届いた服装をしている。


「歴史のエナミ先生だ。寮で生活されているから、生徒のことはよくご存じだ」


 イズミが品よく微笑んで紹介し、悪戯っぽく付け加える。


「お酒が入ると面白い。一晩で六百年分くらい話してくれる」

「六百年。息継ぎする間もなさそうですね」


 サトリが聞くと、イズミは「ふぅむ」と顎に指を一本あてて考えるような仕草をした。


「たしかに、息継ぎをしていないかも。話がまったく止まらないのは確かだ。時があっという間に過ぎる。ですよね、先生」

「そもそも覚えていない。ワイン二杯で記憶が飛ぶ。おっと、これは殿下の前でする話ではないぞ。イズミ、適切な話題を選ぶように」


 真面目くさった口調でたしなめるのに、口ひげを蓄えた唇周りや頬が笑いを堪えるように震えている。

 眼鏡の奥の瞳は優しく輝いていて、ぼさっと立っているシュリにも向けられた。


「シュリも久しぶりだね。学長が手ぐすねひいて待っている」

「仕事中です」


 居心地悪そうに笑うシュリ。

 イズミが裏なんてないと言わんばかりの朗らかさで「挨拶も仕事では?」とすかさず言う。

 シュリは眉間にぐっと皺を寄せたが、サトリも果敢に言い添えた。


「僕はイズミに案内してもらう。シュリは先に挨拶をお願い。学内では危ないことなんかないはず。だよね? イズミ」

「もちろん。警備はかなりしっかりしている。自分の息子に護衛をつけたがる親も多いけど、何せ学費が高いからね。全部含まれていますって派遣された護衛を追い返すくらい自信満々だよ、この学校は」


 シュリがなおも何か言いたそうな顔をしたが、イズミが隙を与えなかった。


「併設の美術館を見てから、寮の食堂に向かいます。今朝の新聞のクロスワードをまだ解いてないんですよ。もう誰かに先を越されたかな」


 おどけた調子で言ってから、サトリに視線を流してから歩き出す。ついて来いという意味だと理解して、サトリは後に続いた。

 渋面のシュリのそばを通り過ぎる際に、笑顔を向けて念押しをする。


「イズミがいれば迷うことはありません。後ほど寮の食堂で」

「速やかに済ませて参ります。殿下、くれぐれも羽目を外しませんよう」


 シュリはエナミと連れ立って城の方へと向かった。

 サトリはほっと息を吐き出す。

 横でそのやりとりを見守っていたイズミが薄く笑って言った。


「成功。それでは、案内は私にまかせて」

「まずは併設の美術館?」


 周りにひとがいないといいなぁ、とのんきに考えているサトリの手をイズミの右手が包み込むように捕らえた。


「まさか。あれは嘘。二人きりになれるところに行こう」


 

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