それぞれの思惑
「少し休むつもりでしたが、アキノが平気だというのでこのまま予定をこなしましょう。カフェの席を見てきていただいたのに、申し訳ありません」
シュリが戻ると、イズミが柔らかな物腰と笑顔で謝罪した。シュリは気にした様子もなく「わかりました」と答えた。
なんでもない、やりとり。
二人が視線を合わせたのはわずかな時間。それなのに。
同時に、二人とも微かに目を細めた。まるで伺い合うように。
サトリが目をしばたいたときには、何事もなかったように二人は思い思いの方向を見ていた。シュリは次の店への道順をさらっているように見えたし、イズミは通りを眺めているだけに見えた。
しかし、今のが気のせいとはどうしても思えない。
(なんだろう、この緊張状態。シュリがイズミ様を警戒している?)
サトリの視線に気づいたように、イズミが微笑みかけてきた。
「事前に今日行くお店のことは私も連絡を受けていたんだ。宝石の他に、帽子と靴と服と。他にも何か興味がれば、どこでも案内するよ?」
アキノから行程は聞いているけど、サトリの要望に合わせて動く。
イズミは、そういう意味のことを言っているようだ。
「お店には、アキノ様から注文が先に入っていて、僕はシュリとそれを確認して回ればいいってことなんですよね?」
サトリが確認すると、イズミは「そうだね」と同意をした。
サトリは、少しまごついていた。
品物を選ぶところから一任されてもまともに用が足せるわけではないので、事前に注文が入っているのはありがたい。品物の確認というのは口実で、これまで女装アキノを顧客としてきたお店に、女装をやめたアピールをして歩くのが主目的らしいと、理解はしている。
ただし、あまり納得はしていない。
(アキノ様が、身代わりを立ててまで、女装をし続ける理由がわからない)
実際のところ、サトリとアキノは並べば別人とわかる程度にもともと体格差がある。
このひと冬で、成長著しいアキノとの間においてそれはさらに広がりつつある。
無理に試着まではしなくていい、というのはそこら辺の事情ではないかと思っている。服や靴の大きさがアキノのふりをしたサトリに合わなければ、ちょっとした騒ぎだろう。
だからこそよけいに、今現在身代わりのサトリを『アキノ』として周囲に認知させることの意味が、サトリにはうまく掴めない。
しぜんと、気が重くなる。
アキノにはおそらく、秘密がある。
サトリにはまだ明かすつもりのない何か。
サトリは、イズミを無言のまま見上げた。
綺麗な翠眼がきらりと輝きを放った気がした。
(イズミ様は、アキノ様の味方だ。それは間違いない。最終的にはアキノ様の利益を一番に考えて動くはず)
それならそれで、その方がサトリにも嬉しい。
そんなイズミを信用したい。
秘密を打ち明けて来ない相手、全員を疑っていたら前に進めない。
気になるのは、シュリの存在だ。
一緒に暮らしているが、立ち位置がわからない。アキノに肩入れをしているのか、それとも王宮寄りでアキノのお目付け役的存在なのか。
人間としては限りなく不可解なタキよりも、人間らしいだけに信用しきれない。
「予定通り、お店は回ろう。ただ、あんまり時間を使いたくない。もし僕の要望も聞いてもらえるなら、イズミにお願いしたいことがある」
「なんなりと」
サトリはイズミの目をまっすぐ見つめて言った。
「寄宿学校の話、この間聞いてから興味が出てきた。部外者だけど、見学させてもらうことはできる?」
イズミは口の端に笑みをのせて、すぐに頷いた。
「もちろん大丈夫だ。そうと決まれば次のお店にさっさと行こう」
サトリはシュリにちらりと視線を投げて、微笑んでみせた。
「大丈夫かな?」
「問題ありませんよ。学校はここからそんなに遠くないですし、歩いても行けます。希望があればなるべくかなえてと、言われていますから」
アキノから。
言外に示したシュリに、サトリは「ありがとう」と明るく言った。
(まずはアキノ様のおつかいをきちんとこなそう)
そして、どこかのタイミングでシュリと離れ、イズミと二人でアキノの秘密について話してみよう。そう決めた。
* * *
一見すると、タキは普段、着る物にあまり頓着していないように見える。
身体を過不足なく覆い、耐寒性があればそれで良い程度に考えていそうだ。
明るい色の服は着ない。黒や濃紺、かろうじてシャツだけは白。本人は見栄えを気にしていない。
多くの者に、そう信じさせる何かがある。
間近で見ているアキノは、それは違うと考えている。
研究したり料理を作ったり鍛錬したりと、実はかなり多忙な生活を送っているはずなのだが、だらしなく着崩していることはないし、不潔さとも無縁だ。髭剃りはシュリよりよほどうまいし、髪も伸び切る前に自分で切っているらしい。
自意識。プライド。
そういうのが、実はかなり相当高い。
その上で、こじらせている。
「普段と違う服装をしないと『変装』にはならないからね。イメージとかけ離れた感じで!」
アキノは、王都へ向かった偽王子を尾行をするにあたり、最低条件として服装を変えることをタキに提案したのだが、恐ろしく難色を示された。
用意した服もことごとく却下された。
しまいにアキノもキレた。
「普段どれだけ大層なものを着ているっていうんだよ。タキ先生、変じゃないけど、決してかっこよくはないからね!? それとも自分では普段の服装が一番自分を輝かせているって信じているわけ!?」
「俺が輝くことなど世界が滅びてもあるわけない」
「そんなくだらないことで世界の滅びなんか引き合いに出さないでよ!! 世界はタキ先生の服装なんか相手にしていないよ!! 相手にしてないんだから僕が用意したものくらいちゃっちゃと適当に着ちゃってよ!!」
タキがこじらせているせいで、会話はねじれるし、何を言っているのか自分でもよくわからなくなってくる。
それでも果敢にアキノが言うと、タキは押し黙ってしまった。
アキノは無理やり笑顔を作って命令した。
「僕も主義主張を曲げて男装するんだし、タキ先生だってちょっとくらい伊達男ぶってもいいでしょう!! 伊達男になれなんて無茶なことは言わない、服装だけだから!!」
「アキノ様」
「口答えは絶対に許さない!! 絶対に!!」
普段はサトリがタキ相手にブチ切れていることが多いので、アキノがこれほどまでに怒ったのは久しぶりだった。
なお、怒られた本人はまったく動じていない。
(少しは動じて)
仮にも王族に怒鳴り散らされているのに「むっ」としているだけなのは本当にやめてほしい。
しまいに自分が間違えているのか? と弱気になる。
勘弁してほしい。
アキノの切なる思いが通じることはまずなさそうであったが、タキはタキなりに諦めがついたらしい。アキノの用意した服に袖を通すことを、渋々了承した。
こうして、後続組は多少の遅れがありつつ出発した。
とはいえ、行程は把握していたので、宝石店から三人が連れ立って出て来るときには、少し離れた位置からその姿を捕捉することに無事成功していた。
三人の後を、変装したアキノとタキも距離を置いて追い始めた。




