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魔法使いを信じない

 午後。


 剣の稽古で顔を合わせたシュリは、始めからずーっと何か言いたそうな顔をしていた。

 剣の持ち方を教えるときも、基本の型を教えるときもずーっと。

 鬱陶しくなって、サトリは休憩のタイミングでつい言ってしまった。


「わたし、カボチャの馬車が迎えに来る童話が好きじゃないんです」


 シュリが無精ひげの生えた顎を指でさすりながら待っているので、続きを話す。


「魔法使いはわたしを助けになんか来ません。そういうのに願いをかけるのは嫌なんです。だいたい、あの童話のお姫様は家で働いていたから賃金も発生しなくて貧乏をやめられなかったんです。わたしは、働いた以上はお金を稼いで生きていくつもりでした。王宮は住み込みで食事もついてますし、悪くない仕事だと思っていたんです。だけど、ここの館の人って、わたしにやって欲しいことは言うのに、条件の話はしないじゃないですか。きっと殺すつもりなんだろうなって思っていましたけど、どうもそれも違うみたいですし」


 勢いで、文句を垂れ流しているのに、見下ろしてきたシュリの瞳が優しい。

 サトリは、シュリのことは以前から少しだけ知っていた。

 本当に人さらいが業務とは思わないが、孤児院にも顔を出していた記憶がある。話したことはないが、見たことはあった。


「孤児院上がりの痩せた子どもなんか、綺麗な服と美味しいごはんでどうにでもできると思われるの、嫌なんです。お茶会だって、楽しいイメージなんか全然ない。その上、一緒に暮らしている男の人から綺麗だみたいなこと言われたら……、ふつう怒りますよ」

 タキの発言は、決して口説いている類のものではなく、うじ虫の言い分であったが。そこを差し置いてもサトリを「そういう目で見ている」のは動かせない事実だった。女子供が、大人の男の人に二人きりのときにそういうことを言われるのが、どれだけ苦痛であるか。自分の欠点ばかり気にしている男は気付かなかったらしい。

 さすが、としか言いようがない。もちろん誉めていない。


(優しく愚痴を聞く男も、わたしは好きじゃないんですけど)


 つい、話し過ぎた。

 後悔で胸をじくじく痛めながら、サトリはちらっとシュリを見上げる。

 見なければ良かった。

 茶化してくるでもなく、穏やかな横顔で何か考え込んでいるシュリ。こういう、頼りたくなる大人は危険なのだと、警戒心をかき集める。


「とにかく。わたしは、いえ『僕』は。タキ先生と戦争を決意しました。仮にも『先生』なんですから。僕にものを教える気なら、先生だってもっと先生らしくなって欲しい。僕は男女混合で年齢差もある共同生活は長いことしているんです。性的な対象として見ること見られることのリスクとか、そういうの潰すのは慣れているんで。タキ先生のことは許さない」


 言い終えてから、ハッとしてシュリを見ると、「なるほど」と言いながら真面目くさった顔をして頷いていた。しずかな青い瞳を向けられて、いたたまれない思いに苛まれる。

 またしても言い過ぎた。もう少し胸に秘めておけば良かった。どうしてここまで素直に言ってしまったのだろう。

 唇を噛みしめて俯いた。普段ならこんな失態は犯さないのに。

(たぶん、さっき久しぶりに怒ったから、感情が昂っているんだ……。全然冷静になれてない)

 剣を打ち合ってみて、身体を動かしたから適度に気が紛れたつもりだったのに、そんなことはなかった。


「事情はなんとなくわかった。話してくれてありがとう。改善点は理解した。確かに、いろんな意味でオレたちは君を少し軽く見ていたかもしれない。今何を言っても、言い訳にしかならないな」

 シュリの声が、苦々しい。

 サトリが見上げるとシュリはばつの悪い顔をして見下ろしてきた。

(素直だ……)

「生意気だとか、何を言ってるんだって思わないんですか」

「思う人もいるかもしれないけど、オレは思わなかったよ」


 大階段の手すりにかけていたコートを手に取って、シュリが差し出してくる。


「汗が冷えてくる。湯を用意してもらっているから、さっぱりしてくるといいよ。タキ先生をこらしめる件に関しては大賛成だ。やっちゃって」

 コートを受け取りながら、サトリはついシュリを見つめてしまった。

 はっと気づいて、視線を長く合わせずに「わかりました」と答えて背を向けた。

 気を許している場合ではないと知りながらも、否定されなかったことにひどくほっとしている。

 そんな自分の弱さから逃げるようにその場を後にした。  


 去って行くサトリの後ろ姿を見ていたシュリは、目を瞑って眉間を指で軽くもんで小さく溜息をつく。

 階段に置いていた稽古用の木剣を手にして、片づけを開始した。




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