一.
朝ごはんをあなたと
一.
最近、陽希の朝は早い。
まだ暗い部屋に鳴り響くアラームを一度で止め、むくりと起き上がった。
目を閉じたまま布団をたたみ、服を着替え、洗面台で顔を洗う。濡れた手で髪をざっと整え、だがまだ寝ぼけ眼で台所へ向かった。
手を洗い、冷蔵庫から卵を二つ取り出す。それを調理台の片隅に置き、ボウル、菜箸、フライパン。サラダ油、醤油、味醂、砂糖をずらりと並べた。危なげない手つきでボウルに卵を割り入れ、菜箸でかき混ぜつつ、冷蔵庫に貼ってある紙をちらりと見る。
引き出しから計量スプーンを取り出し、砂糖、醤油、味醂を大さじで計り入れ、塩を一振り。
フライパンを温めると、サラダ油を少量入れてひと回しした後、ボウルの中身をかき混ぜつつ半量を入れる。菜箸を持ったまま、ふつふつと卵に火が通る様子をしばらく眺め、思い出したように調理台に俎板を置いた。
薄い卵はすでに端からかすかに浮いている。そこに菜箸を入れて、フライパンの形のまま、くるりと丸く一周。左右の端を内側に折り、手前から畳んで奥へ寄せる。残りの卵液を入れ切り、もう一度焼いてたたんで、はたと止まった。
フライ返しがない。
調理台の引き出しをいくつか開け、目当てのものを見つけた時には、香ばしい匂いが漂っていた。フライ返しと菜箸と、最終的には指も使って、なんとか卵焼きを俎板の上に移しきる。あちち、と呟きつつ形を整え、包丁で丁寧に六等分する。表は一部焦げてしまったが、中はきれいな層になっていた。
陽希は満足そうに頷くと、きれいな三つを角皿へ移す。父親の夕飯用だ。端の二つは、お弁当箱へ。最後の一つは、小皿に入れて、隣のリビングへ持っていく。
古いオーディオを収めた棚の上は、積み上げられていた雑誌や書籍がどけられ、去年九州に行った時の写真が飾られていた。写真の前には、水の入ったピンクの湯呑みと大きな花籠。
白と淡いピンクの花できれいな半球を作ったそれを指先で押しのけ、卵焼きの小皿を置く。
ぱん、と手を一打ち。
「いただきます」
――ああ、とても美味しそうにできたね。
できるなら、隣で一緒に作りたかった。
――陽希。あなたの一日が、今日も良い日でありますように。