完璧系お地蔵様
ああイライラする。
気に入らないやつがいたら殴ってやろう。
むしゃくしゃしながら歩いていると、ふと、お地蔵様が目に留まった。
勇也「地蔵か・・ちょうどいい、こいつを壊してやる。」
石でできた地蔵だ。石をぶつければ壊れるだろう。
地蔵「待て待て。なぜ私を壊そうとする?」
勇也「地蔵が喋った!?・・まぁいいか。今の俺は幽霊だろうが魔物だろうが怖くもない。」
勇也「いいか地蔵、俺は国に裏切られた。2回もだ!だから国は俺の敵だ。国のルールに逆らうことにしたんだよ。」
地蔵「2回も・・それは大変だっただろう。よければ何があったか話してみないか?」
勇也「女々しく愚痴る趣味はねえよ。」
地蔵「外国の研究では、愚痴った方がすっきり元気になるそうだよ。」
・・外国の研究とか、日本の地蔵がなんで知ってるんだ?
まぁいいか。喋る時点でまずおかしい。
勇也「・・就職氷河期って知ってるか?」
地蔵「1993年から2005年まで続いた就職難だった時期。」
地蔵「2000年には大卒の求人倍率が1を下回った。底は2002年。」
地蔵「求人数は10年前のバブル時代と比較して約10分の1まで減ったと言えば、その恐ろしさ・異常さもわかるだろう。」
・・俺より詳しくないか?この地蔵。
勇也「・・俺の就職時期がまさにその就職氷河期だったんだよ!」
地蔵「あまりにも仕事がなくて、フリーターになった者、望まぬ職種に就いた者、派遣になった者、就職できなかった者が多く生まれてしまった。」
勇也「俺もそのひとりだ!だが国はなにもしてくれなかった!これが一度目の裏切りだ。」
地蔵「重要そうだし★★★マーク置いとくね。」
★★★★★★★★★★★★
☆ここが一度目の裏切り
★★★★★★★★★★★★
・・なにこの地蔵親切すぎて怖い。
勇也「え、えーとだな、それでも俺はがんばって働いて来た。安月給で重労働して来た!」
地蔵「氷河期が終わると今度は人手不足になったから、仕事はあるのに労働者がいなくて、今いる人にしわ寄せが来たんだよ。」
地蔵「これは氷河期時代に雇用を減らし過ぎた企業が、技術が継承できないまずいと感じて新卒雇用を増やしまくったの。」
勇也「アホすぎる。働く人をなんだと思ってんだ!」
地蔵「自由経済の問題点だね。市場に任せればうまくいくとは限らないということだよ。」
地蔵「うまくいくこともあれば、いかないこともある。自由経済では問題があってもやがて落ち着くから政府は介入するなって考えなんだよ。」
地蔵「でもうまくいかない間で不幸になった人はどうするの?都合の悪い点を無視すれば、そりゃあ自由経済は素晴らしいものに見えるよね。」
勇也「国は国民を救うべきだ!なんのための国か!?」
地蔵「そうだね。強者は国が無くても生きていける。なら弱者のために国があるという考え方もできるね。」
・・意外と話がわかる?
地蔵のくせに。
地蔵「で、次の裏切りは?」
勇也「俺はチャンスを待った。お前の言う通り、自由経済ならいずれ景気も回復する。人手不足なら賃金を値上げするだろ?」
地蔵「需給のバランスだね。」
勇也「だが国は女性の雇用を促進したり、外国人を働かせるようにした!」
勇也「国が放っておけば、チャンスが来てたんだよ!でも国に潰された!氷河期時代に煮え湯を飲まされた俺はまた国に裏切られた!」
地蔵「ここが二度目の裏切りなんだね。じゃあ★★★マークつけるね。」
★★★★★★★★★★★★
☆☆ここが二度目の裏切り
★★★★★★★★★★★★
お、おう・・
勇也「国は俺の就職時期になにもしなかったばかりか、その後訪れるチャンスまで潰した!」
勇也「もう国は信用しない!俺は自由だ!犯罪だろうがなんだろうがやってやる!」
勇也「殺したければ弱者だって殺す!地蔵、お前を壊すのも俺の自由だ!」
地蔵「そうだね。」
勇也「お、諦めたか?説教は打ち止めか?」
地蔵「説教なんかする気はないよ。元々私はいらなくなれば撤去される運命だ。決めるのはいつも人間で、私に自由意志なんて一度もなかった。」
勇也「今度は同情か?」
地蔵「キミは同情されたいかい?」
勇也「・・金なら欲しいかなぁ。」
地蔵「私も同情より実利が欲しいよ。いくら同情されても不要とされたら無慈悲に撤去さ。」
地蔵も大変なんだな・・
勇也「お前も俺と同じなんだな。」
地蔵「いいや違う。私は決して人間を傷つけたりしない。自暴自棄になったりしない。」
勇也「・・ちぇ。」
地蔵「キミはセンスが無い。今悪事を犯そうとするなんてセンスが無いよ。」
勇也「突然なんだよ。」
地蔵「今、この世の中にはキミと同じく政府に不満を持っている人が大勢いる。」
地蔵「だけどまだキミのように動こうとする人は少ない・・もう一回裏切られた時に動くといい。」
地蔵「多くの犯罪の中で、キミの行動もまぎれてわかりづらくなるよ。」
勇也「次裏切るとか、決まってんのかよ。」
未来でも見えるのか?この地蔵。
地蔵「2042年から裏切りが始まる。のんびり待てばいいよ。」
勇也「???マジで未来が見えるのか?」
地蔵「高齢者(65歳以上)が2042年に最も多くなる。キミたち氷河期世代≒団塊ジュニア世代が高齢者になるからね。」
勇也「へぇ。で、どんな裏切りが待ってるんだ?」
地蔵「キミたちに払う税金が無いんだよ。高齢者は増えても現役世代は減り続ける一方だからね。税を納める人は少ない、税を使う人は多い。どうなる?」
勇也「・・国が破綻?」
地蔵「まさか。破綻しないようにあれこれするんだよ。歳入を増やし、歳出を減らす。」
地蔵「でも労働者が減るんじゃ歳入は増えないだろう?なら歳出を減らす=キミたちの福祉を削りまくるってわけさ。」
地蔵「年金が少なくなり、病院での負担が増える。年金少ないよね?困るよね?じゃあ死ぬまで働けとなる。キミたちに安息はないよ。」
地蔵「つまり、今までの年寄りは手厚く保護するけど、もう無理だからごめんねってなる。」
そんな・・
勇也「いやまぁ知ってたし。今でも年寄りの介護認定が厳しくなったり、年金が減ったり需給年齢が上がったりしてる。」
地蔵「それが答えだ。」
勇也「?」
地蔵「歳入を増やして対策することはできないと・・今の時点で言ってるってこと。今より高齢者が増えて働く人が減る将来、歳入で賄えると思うかい?」
勇也「・・まぁ、今無理ならよりひどくなる将来も無理だわな。」
地蔵「キミたちが裏切られるのは決定済みだよ。でもそれは報道されない。だって暴動が起きちゃうもん。」
勇也「・・」
地蔵「キミは絶対救われない。なら、最高のタイミングで暴れる方がいい。」
勇也「それが2042年?」
地蔵「それ以降だね。2042年以降、徐々にキミと同じような人たちが気付いて来るよ。おかしいって。」
地蔵「社会に見切りをつけるのはそれから・・知ってる?大勢で罪を犯すと逮捕されないんだよ。」
勇也「・・いや逮捕されるだろ。」
地蔵「じゃあ、もしもこれから1000人集めて無届でデモやったら全員逮捕されると思う?」
勇也「え?・・されないの?」
地蔵「いきなり1000人も拘留できないんだよね。主催者だけが逮捕されるよ。」
地蔵「でも10人でデモやれば全員逮捕される。」
数は力かぁ。
勇也「んー、今2020年だから、22年後以降か・・」
地蔵「たまにここ来なよ。一番暴れるのに適したタイミングを教えてあげられるから。」
勇也「・・それまで生きなきゃいけないん?もう働きたくない・・」
地蔵「楽しいことが待ってるんだから。ワクワクしながら待っていればすぐだよ。」
勇也「・・・・わかった。じゃあ時々来るから!」
・・
・・・・
22年後。
勇也「おーい、また来たよ。」
地蔵「差し入れ期待♪」
勇也「日本酒持ってきた。俺は酒苦手だから果汁100%のチューハイ飲むけど。」
地蔵「日本酒大好き!ところで果汁100%のチューハイって、アルコールどこ行ったんだ?」
勇也「・・あれ!?」
100%果汁ならアルコール入ってないよね?でもこれ・・お酒でアルコール入ってる・・
地蔵「まぁ濃縮還元製法なら可能なんだけどね。」
勇也「地蔵用語かな?あ、仏教用語?」
地蔵「日本語です。果物搾っただけのジュースは果汁100%だよね?」
勇也「ああ。」
地蔵「仮にそうやって1000ミリリットルのジュースを作る。」
地蔵「そこから水分だけ500ミリ減らすと、果汁200%のジュースが500ミリ残る。」
果汁200%!?
地蔵「果汁はそのままで水分だけ減らせば、輸送しやすくなるんだよ。海外生産だと特にね。」
勇也「なるほど・・普通のジュースでもすごいことしてんだな。」
地蔵「輸送先で水分を500ミリ加えれば、再び果汁100%のジュースが1000ミリに戻る。」
地蔵「これが濃縮還元製法。」
”濃縮”と”還元”か。まさに言葉通り。
勇也「じゃあさ、果汁200%のジュースってできるのか?」
地蔵「実際売ってる。だけど濃すぎてそのまま飲むのには適さない。」
地蔵「お酒に混ぜたりすると、ちょうどよくなる。」
へぇ。お酒苦手だけど、ちょっとくらいならやってみたいな。
地蔵「さっきの輸送先で水分を加える時、水分+アルコールで500ミリになるように加えれば、果汁100%&アルコール付きのジュースが1000ミリ出来上がる。」
水をちょっと減らして、その分アルコールを混ぜるのか。
なるほど、それなら果汁100%でアルコール入りの飲み物ができるわけか。
地蔵「実際は同じように炭酸とか色々加えているけど・・缶に成分表示があるからそっち見て。」
勇也「んー、スピリッツが炭酸なのか?」
地蔵「スピリッツは蒸留酒。アルコールだね・・あ、炭酸は成分表示しなくていい対象だった。」
勇也「そうなん?」
地蔵「リキュールの場合、水や二酸化炭素は成分表示の対象外なの。炭酸が二酸化炭素ね。」
・・そういやジュース系には成分:水・・なんて表示しないよな。
ミネラルウォーターくらい?成分に水って書いてあるの。
勇也「・・お前ってさ、人間より人間社会に詳しくない?」
地蔵「ずっと人間を見て来たから。詳しくもなるさ。」
勇也「お前から見て人間ってどう?変じゃない?」
地蔵「普通も変もないよ。人間がカマキリの真似事したら頭おかしいと思うかもしれないけど、人間が人間として生きてたらおかしくなんかない。」
地蔵「300年前はみんな着物で、ここを通る人は無事を祈っていったものだ。」
地蔵「でも今は車でビューンって行っちゃう。」
地蔵「それでも私はおかしいとは思わない。人間が必死で生きてきた結果だ。私が時代遅れになっただけ。」
勇也「機械化、デジタル化が進んでるもんな・・便利になったけど、大切なものが欠けている気がするよ・・」
地蔵「そう思ったらここに来ればいい。話し相手くらいにはなるよ。」
勇也「・・サンキュ。」
チューハイをひと口飲む。
ジュースみたいにおいしい。
地蔵「そろそろ暴れてみる?人を扇動するやり方も教えよっか?」
勇也「いや・・しばらくこのままでいいや。」
勇也「昔はなんのために働いていたのかわからなかったけど、お前への差し入れ稼ぐために働くんなら悪くないや。」
地蔵「そっか・・」
勇也「安心した?」
地蔵「ううん。世の中が間違っていると思ったら、戦ってもいいんだよ。」
地蔵「世の中は以前のキミのように苦しむ人で溢れている。」
地蔵「今のキミは妥協しただけ。なにも解決していない。やはりキミはセンスが悪い。」
厳しいなぁ・・
なにが・・正しいんだろうな・・
・・
・・・・
勇也「まった来ったよ。」
地蔵「なにもないけどゆっくりしていってね!」
勇也「本当になにもないな。」
地蔵があるだけ。
地蔵「ところで、撤去されることになったから。」
勇也「なにが?」
地蔵「私。」
え!?
勇也「な、なんで!?」
地蔵「地蔵があると通行の邪魔になるから。道路の整備に伴い撤去です。」
勇也「そんな!で、でも、お前がいないと事故が起きちゃったりしないのか?」
地蔵「私はなにもできないよ。」
地蔵「戦に敗れたお侍さんが私の目の前で力尽きたこともある。車が事故って人が亡くなったこともある。」
地蔵「本当に地蔵があるだけで事故が防げるなら、世界中に地蔵が置かれるって。」
勇也「・・それでも・・」
地蔵「変化していく。人も、町並みも・・私も変化していくだけのこと。それをもって自然と呼ぶ。」
地蔵は人工物だけどな。
勇也「じゃあさ、うちで引き取ったりできないかな?」
地蔵「豪邸にでも住んでるの?」
勇也「いや・・アパート。」
地蔵「道にあると気にならないけど、アパートで地蔵ってすっごく邪魔だよ?」
地蔵「デジタル化する程度にしとこう。」
勇也「デジタル化?」
地蔵「カメラで撮って。」
俺は携帯で地蔵を撮った。
携帯「はい、魂の移動完了。」
勇也「携帯から地蔵の声が!?」
携帯「こっちの画像を本体にしたから。」
お前って・・人間より頭が柔軟だよな。
勇也「というか情緒とかないの?」
携帯「情緒は人間の感情だから。地蔵には事故を防ぐ以上のことを求めないで。」
もっともで。
でもお前なら情緒だって完璧に理解しそうだぞ?
・・
・・・・
俺の携帯には地蔵(の魂?)が宿っている。
ある時は目覚ましとなり、遅刻という事故から守ってくれている。
ある時は仕事のミスを指摘してくれて、損害という事故から守ってくれている。
ある時は口下手な俺の代わりに喋ってくれて、人間関係の崩壊という事故から守ってくれている。
地蔵って、万能すぎじゃないか?
そんな地蔵が、もっと人助けがしたいと言って来た。
携帯「私をアプリにして、世界中の人にダウンロードしてもらおう。」
いつの間にか地蔵はワールドワイドな思考になったようだ。
俺は百面相しながらスマホ用のアプリを作ってやった。
・・地蔵の絵が表示されるだけのアプリだけど。
ネタアプリと思われながらも、少しはダウンロードしてもらえた。
だがふと、レビューを見て気になった。
「アプリを起動したまま走っていたら、携帯から勝手に声が聞こえた気がします。」
「自転車で走っていたら、曲がり角はスピードを落とすように注意された。」
「眠そうに運転していると喋るんだけどこのアプリ・・地蔵は普通喋らんだろ」
「女の子の地蔵はありませんか?もっと色々な地蔵の画像があればいいと思います。」
「ミュートにしても勝手に喋ります。早く直してください。」
勇也「・・え、お前ダウンロード先で喋ってるの?」
携帯「こないだ運転注意したら、アメリカ人にクレイジーって言われた。」
しかもグローバルだな。
勇也「・・まるでウィルス・・」
携帯「分霊と言って、神霊を分ける行為で昔からあるよ。」
ああ、わけみたまとも呼ばれるあれか。漫画で見た。
その応用ってことか・・もしかして、ネットと組むととんでもないのが日本にはまだいるのかも。
こうして俺は、心霊現象マニアとして・・いやマニアじゃないから!
勇也「にしてもさ、このレビュー見ると・・」
携帯「ん、なに?」
勇也「お前って、センス悪いんじゃねーの?」
携帯「がーん。センス悪いやつにセンス悪いって言われた。」
勇也「よし、俺が指導してやろう!」
携帯「キミのセンスが加わったら収集つかないと思うんだが・・」
後に、萌え地蔵を作って”二番煎じ”とレビューでツッコミをいれられるのだが、それはまた別の話。
END.