勝ってカブトの緒を締めよ
*
――!?
――ここはどこだ?
どこかで見たような天井だ。……あぁ、事務所か。
気がつくとわたしは事務所のソファーに寝かされていた。どうやら気を失ってしまったらしい。しかしこうしてわたしが生きていることから考えると、日本国は未確認の撃退には成功したようだ。
「ひまりちゃぁぁぁん!」
「ぐぇっ……」
視界の外から突然黄色いものがわたしの体に飛びついてきた。声から判断すると彩葉だろう。
「私、柊里ちゃんが死んじゃったかと思ってぇぇぇ……殺されちゃうかと思ってぇぇぇ……うわぁぁぁぁん!」
泣き方がわざとらしいが、彩葉の性格からしてこんな臭い演技はしないので多分本心から泣いているのだろう。しかし残念ながらわたしにはこういう時の上手い反応の仕方に心当たりがない。そのため、ただ黙って彩葉が泣き止むのを待った。
「あの後、気を失った霜月さんを秋茜さんが事務所まで連れてきてくれました。『未確認』はSTの天使ユニット『トライブライト』によって撃退されています。撃破には至りませんでしたが、たったの三人で二体の未確認を圧倒する……凄まじい実力です」
彩葉の声を聞きつけたのか、八雲Pが反対側のソファーに腰をかけて、わたしの知りたい情報を正確に提供してくれた。
「……あの華帆にはお礼を言わないとな。……STの『トライブライト』にも」
「……さて、それは考えた方がいいですよ」
「どういうことだ?」
Pが意味深な口調で言ったので、わたしは首を傾げた。Pが近くで様子を伺っていたジャーマネの方に視線を向けて合図すると、ジャーマネは部屋に設置されたプロジェクターを起動する。と、すぐに部屋の壁一面に先程の戦闘の様子が大写しになった。ドローンで撮影していたものらしい。
「おい、ジャーマネやめろ写すな」
ちょうど変身が解けて倒れたわたしに向かって龍騎兵が大剣を振り上げるシーンだったので、思わず叫んだ。天使として、ヒーローとして、自分のやられるシーンを見せられるのは地獄だ。
しかも強制解除で変身が解けるなんて恥ずかしすぎる。表現するなら、中学校の全校集会で、前に立たされて素っ裸で土下座をさせられるようなものだ。とてもザコメンタルのわたしには耐えられるものじゃない。
「まあよく見てろって」
ジャーマネの友坂は落ち着いた口調で動画を再生する。
『いっけぇ〜! ロックンロォォォル!!』
そういや、気を失う寸前にこんな声を聞いたな。
わたしは逸らした視線を恐る恐るスクリーンに戻した。
スクリーンでは、龍騎兵に襲いかかる弾丸や白い小型ミサイルの嵐が写されていた。龍騎兵はお得意の高速移動でそれらをかわすが、ミサイルはどこまでもしつこく龍騎兵を追尾する。そしてついにミサイルが命中し、龍騎兵は爆発に包まれた。
『はいどうも〜! 『株式会社ST』所属の第三世代機装の天使にして、トップユニット『トライブライト』のセンター! みんな大好き『アラウンド・ザ・ワールド』のうかがみちゃんこと伺見 笑鈴だルンッ♪ 今日は、謎の強敵その名も『未確認』を倒していきたいと思いま〜す♪ それじゃあいってみよ〜!』
黄緑色の髪の少女が映像にドアップで映りながら甲高いアニメ声で自己紹介をすると、右目の辺りに右手でピースサインを作りながらビシッとウィンクをキメてフェードアウトしていった。
……なるほど、わたしはこいつが一番嫌いだと思った。騒がしすぎるし猫何枚被ってるんだって感じだ。巨乳以前の問題で、人間として終わっている。
全身を確認することができた、うかがみちゃんと名乗った天使は、白と緑色ベースのゴテゴテした機装に身を包んでいる。辛うじて背中に飛行機の翼を模したような羽と、ジェットパック。そして全身に所狭しと装備されたミサイルパック、両手に装備されたガトリング砲が確認できた。まさに火薬庫――否、天使要塞とでも名付けようか。
『いッてェ……いッてェぞオイ……やッてくれンじャねェか。えェ?』
『うかがみちゃん的にはあれは挨拶がわりだったんだけど、もう無理な感じかな〜? ウワサの未確認ってのも案外大したことないルンッ♪』
『クソッ! なめやがッて!』
対する龍騎兵は高速移動でうかがみちゃんに攻撃を仕掛けた。映像越しでも奴の動きは把握出来ない。それほどのスピードだったのだが……
『火力で勝てないからってスピードで勝てるとでも思ってた?』
うかがみちゃんは背後から振り下ろされる大剣をパシッと白刃取りで受け止めると、そのまま龍騎兵の体に蹴りを見舞う。そして、倒れた龍騎兵目掛けて脇の下あたりから錨を射出した。
『ガァァァァッ!?』
龍騎兵が苦悶の声を上げた。装甲に突き刺さった錨から電撃でも襲ってきたのだろう。
それでもまだうかがみちゃんの攻撃は止まらない。
龍騎兵に滑るような動きで接近して、装甲にガトリング砲の連射――連射――連射。
ガトリング砲の弾が尽きると、それをガシャンと切り離して、代わりに背中から引き抜いた散弾銃で一撃――二撃――三撃。
さらに散弾銃を捨てて全身の装甲を巨大な篭手に変形させてそれを両拳に纏い一発――二発――三発。
あんなに硬かった龍騎兵の装甲は、立て続けの連撃で大破し、龍騎兵の顔面が剥き出しになっていた。
『――っ!?』
「あれは!?」
それを見て息を飲むうかがみちゃんと声を上げたわたし。敵の顔面は見た目同様ほとんど人間と変わらないものだったが、その半分は物々しい金属で覆われていた。さながら、人間と機獣が同化しているようだ。
『機獣』、一説によると、西暦21世紀ごろからの宇宙開発の影響で地球の周囲に溢れかえってしまった宇宙ゴミ、通称スペースデブリが外宇宙からの特殊な放射線を浴びることでその組成が変化し、地球の海に降り立ったそれらは意志を持って人間を襲うようになったと言われている。
襲われた人間がどうなるのか、詳しいことはよく分かっていないが、機獣の内部に取り込まれて奴らのエネルギー源になるとか。
もし人間と機獣が同化し、共生しているのだとしたら、今までの常識は180°変わってしまう。〝機獣は人間を殺していない〟。支配、共生の道を探るという新たな選択肢が生まれるのだ。
映像上では一瞬だろうか、動きが止まったうかがみちゃんの背中で火花が弾けた。
『いやぁぁぁぁんっ!! エッチ!』
癪に障る喘ぎ声を上げたうかがみちゃんは、振り向いて右手で何かを掴んだ。手を開くとポトッと落ちる黒い矢。例の狙撃タイプか。
一射目を食らって、二射目を受け止めたらしい。
その隙に大剣の龍騎兵は錨の拘束から逃れて、上空に向かって叫んだ。
『一旦撤退だサジタリアス! 拾え!』
大剣の龍騎兵は人間離れした跳躍力で、低空飛行してきた狙撃タイプの龍騎兵を乗せたドラゴン級に飛び乗ると、そのままシールドの外へ逃げていった。わたしが乗せた華帆は振り落とされてしまったのだろうか。狙撃が再開されたことを考えても、そうなのだろう。
うかがみちゃんはジェットパックを使って追跡しようとしたが、先程の狙撃を受けたせいかジェットパックは上手く作動しないらしい。
『残念だけど今日はここまでみたい。……今日の作戦はどうだったかな? 味方のピンチに颯爽と駆けつけるうかがみちゃんはかっこよかった? 楽しんでくれたら嬉しいなぁ♪ もし良かったら画面下のボタンからチャンネル登録よろしくルンッ! それじゃあ、バイバ〜イ♪』
最後にうかがみちゃんが再び笑顔で画面に映って、手を振っているシーンで動画は終わっていた。
「……この動画がどうしたんだ? STの再生数アップに貢献する気はないんだが?」
色々な意味で胸糞悪いものを見せられたわたしが不満げにPを睨むと、Pは肩を竦めた。
「まあ、STの第三世代『アラウンド・ザ・ワールド』の実力が馬鹿げたものだっていうのもありますし、未確認の正体が恐らく〝機獣と同化した人間〟だっていうのもあるんですが、問題は動画のコメント欄ですね。画面が見えなくなるほどコメントが書き込まれているので最初はコメント非表示で再生してもらいましたが……」
Pはもう一度ジャーマネに合図を送った。
再び同じ場所から再生が始まり、わたしは画面中を駆け巡る色とりどりの文字を追った。
それは、わたしにとってとても衝撃的なものだった。
主にうかがみちゃんに対する声援なのだが、それに混じって、撤退したファイバーブレイダー、敵を倒せない秋茜華帆、そして強制解除したわたしに対する誹謗中傷も多く存在していた。……多分わたしに対する誹謗中傷が一番多いかもしれない。
それほどに強制解除が天使にとって未熟の証であり、〝恥〟なのだ。
「STは最初から〝これ〟が狙いだったんです。未確認の出現パターンを知っていたSTは、あえて他の事務所の天使に戦わせて敵の実力を見極め、敵味方が消耗したところで主力を投入、撃退して自分の事務所の天使の評判を上げるとともにライバル事務所の天使の評判を落とす。……実に汚いですが、賢いやり方です」
「……あいつら」
わたしはぐっと唇を噛み締めて悔しさを押し殺した。