剣戟の響き
『未確認』の龍騎兵はそこでやっと大剣を構えた。わたしは惨劇を覚悟した。なにしろ相手はたった五人でその十倍以上の数の天使を軽々と倒すほどの実力。いくら『89プロデュース』のエースユニットとはいえ、たったの九人で倒せる相手とは思えない。
――斬撃――斬撃
何度か剣と剣が交錯した。『ファイバーブレイダー』のメンバーが放った斬撃を、龍騎兵は軽々と受け止めて反撃する。しかし、銀色の騎士たちもその攻撃を軽い身のこなしでかわし、その背後から別のメンバーが攻撃を繰り出す。見事な連携だ。
『確か前回の『五稜郭防衛戦』では、天使の機装は皆第一世代だったそうです。未確認に敗北したことで、第二世代機装の開発が加速したとか。おかげで第二世代機装ユニットの『ファイバーブレイダー』は未確認と互角の戦いができているようですね』
八雲Pの解説が入った。
ならばわたしも加勢しようかと思ったが、ファイバーブレイダーの付け入る隙のない連携は、加勢する隙すらもない。下手な加勢はかえって彼らの連携を乱してしまうだろう。
「ひまりんどうしよう、どうしよう……」
立ち尽くすわたしを華帆が後ろから抱きしめてくる。さながら人形を抱きかかえながらホラー映画を鑑賞する少女のようだ。苦しいし、何とは言わないが装甲越しに肩のあたりに当たっている。こいつは喧嘩を売っているのか? 戦闘が終わったら処刑してやろう。
「落ち着け、今は敵の動きを分析しろ。……そしてもう一体にも注意を向けろ。〝何故あいつは降りてこない?〟」
「……!?」
華帆はじっと上空の龍騎兵を眺めていたが、何かに気づいたのか突然わたしを解放して前方へ走り始めた。そして思いっきりジャンプする。
――カーンッ!!
空中で何かが弾かれる音がした。
着地した華帆の目の前に黒い細長い物が落ちている。……矢が? 上空の龍騎兵がファイバーブレイダー目掛けて撃ってきたもののようだ。それを華帆が空中で撃ち落とした。
クソ、狙撃タイプか。しかし今の華帆の目の良さ、そして反応はさすがエースだけの事はある。
だがこちらは皆、接近戦を得意とする天使なのでだいぶ分が悪い。
「……了解!」
華帆はその場で指揮官からの指示が入ったのか、しきりに頷いていた。が、わたしの方を向くと、こんなことを言い始めた。
「ひまりん、あいつを撃ち落とすよっ!」
「……は? どうやって? わたしの武器もあそこまでは届かないぞ?」
「あたしとひまりん、どっちがパワーある?」
……なるほど、その手があったか。華帆の意図を理解したわたしは、機装について詳しそうな人物――ジャーマネの友坂に念話を送った。
『おいジャーマネ、わたしのエル・ディアブロと、華帆のラスティー・ネールの出力はどちらが上だ?』
『ん? あぁ、資料上の純粋な出力だとラスティー・ネールの方が上だな。……だがエル・ディアブロには』
『〝アレ〟がある。……試してみるか』
ジャーマネと念話で話したわたしは、華帆に答えた。
「……わたしだ。任せろ」
華帆はわたしに向かって親指を立ててみせると、こちらに向かって勢いよく走り始めた。
「ひまりん!」
「形態変化、土!」
わたしが叫ぶと、装甲の赤い部分が茶色に変化した。防御力とパワーに特化した土形態、そして助走をつけて飛び込んできた華帆をそのまま上空へ投げ上げた。チアガールさんは一直線にドラゴン級の機獣へと飛んでいき、乗っている龍騎兵が反応する前にその背中に飛び乗った。狙い通り、我ながら凄いパワーが出るものだと思う。
これ以上わたしにできることは無いので後は華帆に任せればいい。彼女はいろいろと抜けているところがあるが仮にもエースだ。なんとかしてくれるだろう。
あとはこちら、地上の方の龍騎兵だ。手を出す余地がなかったから放置していたのだが、ファイバーブレイダーも攻めきれていない。とすれば一つ懸念事項が生まれる。
『おいオッサンたち。活動限界は大丈夫か?』
『……実は結構危ない。だが、援軍が来るまで持ちこたえなければ!』
やはりな。念話に応えたリーダーの青年の声にも焦りが滲んでいる。
天使には、動画再生数やチャンネル登録者数に応じたエネルギーが機装に供給されており、一度の変身で連続して戦える時間はそのエネルギーの量によって変わってくる。
そしてAAやその他の技を使うと激しくエネルギーが消耗する。『ファイバーブレイダー』の正確な動画再生数やチャンネル登録者数は分からないが、そのエネルギーをメンバーの九人で分配して使っているのだから、消耗も九倍だ。大人数ユニットは、手数で圧倒できるが活動限界を迎えるのが早いというデメリットがあるのだ。
『強制解除したらひとたまりもないぞ。下がれ、そいつはわたしが引き受ける』
『しかし、弱小事務所の新人天使が一人で敵う相手じゃないぞ!』
『ばか、ゲーマー舐めんなよ? 倒すのが無理でも時間稼ぎくらいはできる。そのうちにオッサンたちはSTのアホどもの事務所に駆け込んで援軍でも呼んでこい』
どいつもこいつも弱小弱小うるさいな。わたしは好きで青海に入ってるんだ。お前らとは志が違うんだよ。
『――わかった。そういうことならすまないがしばらく任せるぞ。合図で飛び込め。……3……2……1……』
「――ゼロ!」
わたしは地面を蹴って一直線に龍騎兵目掛けて突撃した。一瞬、風に形態変化をしようかと考えたが、Pの「形態変化はエネルギーの消費が激しいから不合理」という言葉が頭をよぎったので、土のまま敵に突っ込む。
と、龍騎兵と交戦していたファイバーブレイダーが、スッと左右にはけてわたしの道を開けてくれた。こいつら、引き際まで統率がとれていて鮮やかだ。
「はぁっ!」
ファイバーブレイダーの背後から奇襲気味に襲いかかったわたしに、龍騎兵の反応が一瞬遅れた。
――ガッ!
しかしわたしの拳は大剣でしっかりと防がれた。
「なるほど新手か、おもしれェ!」
龍騎兵、喋るのか。八雲Pよりも少し低めの合成音声でめちゃくちゃ頭の悪そうな口調だ。
「第二世代機装つッたかァ? 俺様が前に倒した奴らよりもよッぽど強ェじャねェか!」
「そりゃどうも」
わたしは追撃をすべく今度は左腕を振りかぶる。
「けど、ニセモノであることには変わりねェよ……なァ!」
そのセリフを残して龍騎兵は文字通り〝消えた〟。否、高速で移動したのだ。ファイバーブレイダーの波状攻撃は、こいつの高速移動を封じ込める意図もあったらしい。彼らの離脱が悔やまれるが、彼らは既に舞台をあとにしているらしく、接続は途切れている。
「せやァ!」
「……ぐっ!?」
背中に衝撃を受けてわたしは膝をついた。しかし、防御力の高い土形態のおかげで致命傷にはなっていない。
「硬ェなァ……だが叩き続ければ!」
「うっ……げほっ……」
痛い……めちゃくちゃ痛い。絶え間ない連撃をただ受けるしかないわたしは、息を詰まらせて咳き込んでしまう。
わたし、ゲームでも勝つのは慣れているけどただやられ続けるのは死ぬほど嫌いだ。
目を凝らせ! 奴のスピードに動体視力を追いつかせろ! そして――
――一瞬の隙を衝け
「もらった!」
――衝撃!
わたしの拳は確かに高速移動する龍騎兵をしっかりと捉えた。
龍騎兵は数メートル浮き上がって地面に叩きつけられる。よし、今なら倒せる! 今しかない!
「AA! ……!?」
アドバンスアクトでトドメをさそうとした時、わたしの全身を電撃で貫かれたような衝撃が走った。
「……な、なん……だ……?」
『まさか……早すぎる』
『まずい! 活動限界だ!』
『逃げてください柊里ちゃん!』
P、ジャーマネ、彩葉の慌てふためく声でわたしは状況を理解した。……でも、まだエネルギーには余裕があったはず。龍騎兵の攻撃は予想外に装甲に負荷を与えていたのだろうか……それとも。
『……すまないが、無理そうだ』
わたしはその場に倒れ込んだ。体に力が入らない。気づくとわたしの全身を覆っていた装甲はなくなっており、〝素の〟霜月柊里の状態に戻っていた。
『ひまりちゃぁぁぁん』
彩葉の泣きそうな声が微かに聞こえる。――接続も途切れかけているようだ。
――強制解除
エネルギーの尽きた機装は強制的に機能を停止し、変身が解けてしまう。そして、しばらく体が麻痺した状態になる。
原理はこう考えればいい。例えば全速力で走っていた自転車がいきなり急ブレーキをかけたら、バランスを崩して転倒してしまうだろう。それほど体に負荷のかかる現象なのだ。
だから天使は何としてでも強制解除は避けたがるのだが……。
わたしの経験不足だ。
「ふゥ、危ねェ危ねェ……しかしびッくりだなァ。俺様をあと一歩のところまで追い詰めた奴がこンなにちッこくてカワイイ女の子だッたなンてよォ」
龍騎兵はやっとの思いで起き上がると、肩をぐるぐる回している。そこまでダメージは受けていないらしい。
ちっこくて悪かったな。だが結局わたしにも龍騎兵は倒せなかった。援軍もまだ来ない。日本国は〝また〟負けたのだ……。
わたしは覚悟を決めた。……ある姿に憧れて天使を志したものの、短い天使人生だった。
敵が剣を振り上げてわたしにトドメをさそうとしたとき。
「いっけぇ〜! ロックンロォォォル!!」
という叫び声と共に弾丸とミサイルの雨が龍騎兵へと襲いかかった。