ファイバーブレイド!
程なくして現れたという機獣の大群。
今回は〝事故〟によるシールド消失ではなく、数による正面突破でシールドを突破してきたようだ。……明らかに目的は『スカイツリー』の破壊だ。
……しかし、作戦を行っているのはどういうわけかSTの天使ではないらしい。大手事務所『89(ハチキュー)プロデュース』、そのエースユニット『ファイバーブレイダー』。そして同じく大手事務所『アイル・エンタープライズ』のエース、機装名『ラスティー・ネール』の天使が合同で対処している。
――という情報が彩葉から入った
『確認ですけど、戻ってきてくださいといっても、戻る気はないんですよね?』
『当たり前だ』
彩葉からの念話に即答した。彩葉も、89やアイルの配信を見て得た情報をわたしに伝えてくるということは、内心では助けに行ってほしいと思っているのだろう。
ならば天使として、ヒーローとして、それに応える以外に道はない。
大手事務所の天使のように、ヘリや車での送迎がないわたしは、舞台のピンクの光を目印にやっとの思いで東京港までの道を走りきると、息を切らしながら叫んだ。
「はぁ……はぁ……オタクには重労働だな。……機装変身」
右腕を突き上げて衣装を身に纏うわたし。シュミレーションどおり上手くできた。あとはエネルギーが尽きる活動限界までに敵を殲滅するだけだ。
わたしは舞台に駆け込むと、そこでは大小無数の機獣と、それを次々と撃破する十名ほどの天使の姿があった。
天使の大半は銀色の鎧を身にまとって様々な形の武器を振り回す九人の大人気男性ユニット『ファイバーブレイダー』のメンバー。確かダンスが得意で、ダンス動画を上げていた。一糸乱れぬ動きで女性視聴者のみならず男性視聴者にも絶大な人気を誇っている。
紛れもない『89プロデュース』のエースユニットだ。
『ファイバーブレイダー』はダンス同様の一糸乱れぬ連携で、フェアリー級やペガサス級の機獣を軽々と葬っていく。
そのむさ苦しい男達に混じって踊るように戦う華やかな紅一点は恐らく『アイル・エンタープライズ』の『ラスティー・ネール』秋茜 華帆だろう。彼女は際どい動画を上げるお色気タイプ。わたしの一番嫌いな部類だ。
予め言っておくが決してわたしがちんちくりんのぺったんこだからという理由ではない。……断じてない。
『機獣だけなら彼らだけでなんとかなりそうですけど、『未確認』がいつ現れるか分かりません。慎重に援護をしてください。STの天使が未だに来ないのも気になります』
念話でPの指示が飛んできた。念話はユニットメンバーとPだけの特権だ。……青海の場合は整備員と彩葉も機装を持っているので例外的な部分はあるけれど。
『言われなくてもそうするつもり』
わたしはPに答えると、背後から配信用ドローンが追従していることを確認しつつ、作戦参加を告げる。
「『青海プロダクション』所属、『エル・ディアブロ』の天使、霜月 柊里、参戦する。……ショウタイムだ」
わたしが舞台に踏み入れて、味方が撃ち漏らした機獣の後始末を開始した。
しばらくすると、わたしの背後に誰かがしゅたっと着地する気配がした。振り向くとそこにはチアガールのようなやたらと露出度の高い衣装を身にまとい、両手にポンポンを持った金髪の女――秋茜華帆だった。
巨乳は死すべし、慈悲はない。世が世なれば即刻叩き切っていたところだ。
「やっほー! 柊里ちゃんだっけ? ひまりんって呼んでもいい? 青海プロダクションってあの弱小事務所だよね? わざわざありがとう! よろしくね!」
こいつ、一言多いしやたらとうるさいな……。冗談は見た目だけにしてほしいものだ。
「――おい巨乳、状況を教えろ」
「えっとねー、機獣がたくさん! でもSTさんの天使は来ないから、あたしたちが輝くチャンスかなーと思って久々に張り切ってるよ!」
お前のことは聞いていない。……しかも巨乳といって自分のことだとわかるあたり自覚あるんだな。ムカつくやつだ。
「――こちらの掴んでいる情報以上のことは分からないのか。脳みそに行くはずのエネルギーが全て胸に行ってるんじゃないか巨乳?」
おっと、考えていたことと言うはずだったことが逆になってしまった。まあどっち言ってもあまり変わらなそうだな。
「そうそう、ごめんねあたし深く考えるの苦手で、プロデューサーの指示通りに動いてるの。だからひまりん、困った時は頼りにしてるからね!」
巨乳はそれだけ言うと、再び敵の群れに突っ込んでいった。
気づくと、さっきの巨乳や『ファイバーブレイダー』のメンバーとの接続を感じることが出来た。……どうやら隊列の一員として認められたらしい。
「……実戦経験のないわたしに、大手事務所のエースが『頼りにしてる』だと……?」
釈然としない思いを抱きながら、わたしは刀を二丁拳銃に持ち替えて遠くからの援護に徹した。
味方が空飛ぶクジラを模したフェニックス級の機獣を撃ち落としたあたりで〝それ〟は現れた。
『な、なんだあれは……』
『でかい……』
『ドラゴン級だ! 気をつけろ!』
『ファイバーブレイダー』の青年たちが次々に念話で仲間に警告を送っている。
わたしが頭上を見上げると、ちょうどシールドを突き破って二体の超大型機獣が現れたところだった。そいつらは確かに西洋のドラゴンを模したような見た目をしている。
『背中になにか乗っています!』
『未確認です。霜月さん、十分に気をつけて』
彩葉とPの声も聞こえる。……なるほど、あれが未確認か……。五稜郭の時とは違ってたった二体とは随分と舐められたものだな。
わたしが俄然闘志を燃やしていると、一体のドラゴンの背中から一人の人影が飛び降りてきた。全身を紫の装甲に覆われ、手に大剣を握ったその姿はなるほど、確かにドラゴンを駆る龍騎兵のようだ。
「あんな高いところからパラシュートなしで……?」
いつの間にかわたしの隣に立っていた巨乳が驚きの声を上げた。
「おい巨乳、死にたくなかったら下がってろ」
「何言ってんの? あたしはアイルのエースだよ?」
「……チッ」
そういうことを言っているのではない。わたしは舌打ちすると、素早く巨乳の足を払った。
「はぶあっ!」
変な声を出してすっ転んだ巨乳の上にわたしは覆い被さる。
次の瞬間、未確認がドガガガガッ! という轟音を立てて少し離れた地面に降り立った。と同時に衝撃で砕け散ったコンクリート片が襲いかかってきた。
咄嗟に庇ったわたしの背中にもコンクリートがぶつかるが、装甲のおかげで大して痛くない。しかし、露出度の高い衣装の巨乳はこんなのぶつかったら絶対怪我をする。そんなのも考えられないのかこいつほんとにエースなのか?
周りを見ると、『ファイバーブレイダー』のメンバーも銀色の盾を展開してコンクリートを防いでいた。……あいつらの方がよっぽど戦い慣れている。
『……なんなんだこいつは』
しかし、『ファイバーブレイダー』のメンバーも『未確認』の情報は持ち合わせていないらしい。……やはりここはわたしが何とかするしかなさそうだ。
わたしは立ち上がると、いまだに着陸した姿勢のまま動かない未確認に向かって一歩踏み出した。
『お前らは知っているか? 『五稜郭防衛戦』で当時の天使の精鋭52人を倒した『未確認』ってやつを……』
『あぁ……』
『噂は聞いたことあるぞ、しかしあれから五年ほど姿を見せていなかったはずでは……』
あれがその未確認なんだよ!
『あいつが本当に未確認だとしたら、相手にとって不足はない! 行くぞお前ら!』
『『『おう!!』』』
リーダーらしき青年の言葉に血気盛んに応えるファイバーブレイダーのメンバー。やる気満々だ。
『『『ファイバァァァ! ブレイドォォォ!』』』
そして皆で大声を出しながら龍騎兵に向かって突撃を開始した。