サクリファイズ
東京港のコンテナターミナル。その一角でわたしはじっとその時を待っていた。
待つのは慣れている。ゲームでも、物陰にじっと身を潜め、通りかかる敵を狙い撃つ。それがプレイスタイルだった。
『機獣の群れが地点A-6に上陸しました! 数は約100。ペガサス級が一体、残りは全てフェアリー級です!』
念話で彩葉の声がする。ドローンから送られている情報を見ているのだろう。そのドローンはそのままライブ配信を行うドローンになる。
敵の情報は――一般的な上陸部隊だな。ミノタウロス級やフェニックス級、ドラゴン級は含まれていない。天使一人で対処できる規模だ。
腕前を見せるにはちょうどいいか。
「さて……始める」
わたしは地面に向けて黒い手のひら大の立方体を投げつけた。
すると、ブォン! という音を立てて舞台のピンク色の光が展開した。間もなくガンマ線に誘引された機獣どもがこちらにわらわらとやってくるだろう。
その前に……
「機装変身!」
わたしは赤いブレスレットの巻かれた右腕を頭上に掲げながら叫んだ。
途端に赤い光が右腕を包んだ。そこから徐々に下るようにわたしのつま先まで包んでいった。……光が収まった時、わたしは全身に黒と赤の衣装をまとっていた。
「……どう? わたし自分の姿よく見えないんだけど、変じゃないか?」
『かっこいいと思うぞ』
『まさに仮面ヒーローですね』
ジャーマネと彩葉が念話で言ってくる。本心なのかお世辞で言っているのかは分からないが、可愛いっていうよりもかっこいいっていうのが、なんともわたしらしい。
仮面ヒーローか、確かに手足や体同様、顔面も何かしらの装甲に覆われているようだ。まあその方がやりやすい。配信であまり顔を見られたくないし。
そうこうしているうちに、海の方向から様々な形の動物をかたどった体長1mほどのシルバーメタリックの生命体――機獣が現れた。
「機装『エル・ディアブロ』――霜月柊里――交戦開始……ショウタイムだ」
わたしは右手にエネルギーを込めて一振の刀を実体化させる。そしてそのまま敵の群れの中に駆け込んで一体また一体と斬撃を見舞っていった。
……これでは埒が明かないな。
「形態変化、風」
わたしの装甲の赤い部分が緑色に変化する。火力よりもスピードに特化した形態。この機装、わたしに適合しているだけあって、わたしの思い通りに変化する。
風形態を駆使して、ものすごい速度で機獣を葬っていると、目の前にゾウを模した巨大な機獣が現れた。ペガサス級だ。こいつは他の雑魚どもと同じように一撃で仕留められるほど弱くはない。……AA――必殺技を試してみるか。
わたしは右手のブレスレットを左手で握りながら叫んだ。
「アドバンスアクト! 焔飛蹴!」
再び装甲を赤色に戻したわたしは、脚に炎を纏ってゾウに飛び蹴りを放った。
ゴッ! という音を立てて蹴りはゾウの顔面を正確にとらえ……巨大な機獣は大爆発を起こして消し飛んだ。
僅かに残っていた雑魚を排除したわたしは、頭に取り付けられていた装置を外した。
そう、今まで戦っていたのは訓練シュミレーション上の機獣。……実戦ではない。
というのも、ここ最近の機獣の襲撃にはいつも真っ先にSTの天使が対応してしまい、わたしの出る幕などなかったからだ。
シュミレーションではちょっと物足りないけどしょうがない。
「お疲れ様です。霜月さん」
「っ!?」
目の前に八雲Pの仮面顔があったので、わたしはびっくりして数センチ飛び跳ねてしまった。
「初出撃にしては素晴らしい戦いでした。やはり思ったとおりです」
「……思ったとおり?」
わたしは首を傾げた。
「霜月さんの動画を拝見したんですよ。ゲームでのあの立ち回りは絶対に実戦に活きると、そう思ってました」
「見たのか……」
八雲はPなので、そういうこともあるかな思っていたが、いざ言われると少しこそばゆい。
「ええ、敵によって形態を使い分ける。兵士としては実に合理的な戦い方ですが、天使としては無駄がありますね」
「……どういうことだ」
Pの仮面の奥の表情はどうしても読み取れない。
「再生数やチャンネル登録者数によってエネルギーが限られている天使にとって、エネルギーの消費が激しい形態変化は〝不合理〟なんです」
「……」
Pが言うのならそうなんだろうが……納得はいかないな。
わたしは余程不満そうな顔をしていたのだろうか、Pは慌てた様子でフォローしてきた。
「でも霜月さんの判断力は流石のものです。いざという時に役に立つでしょう」
「私も、柊里ちゃんはとても強いと思いましたよ! 私なんかよりずっと」
近くで見ていた彩葉までもがフォローを入れてきた。どいつもこいつも……わたしを腫れ物に触るような態度で接してきて……そんなに扱いづらいか? わたしほど扱いやすい天使はいないと思うけど。
ここは青海プロダクションの三階、通称シュミレーションルームだ。シュミレーションルームといっても、経費不足のためについ先日までシュミレーションマシンなんか置いていないただの空き部屋だったのだが。
そこに急遽シュミレーションマシンを取り寄せ、今日初めてシュミレーションを行うことができたのだが、おかげで一週間ほど時間がかかってしまった。
殲滅兵器『スカイツリー』の完成までもう幾日もない。これから実戦訓練を積んでいく時間もないので、ほぼぶっつけ本番で『未確認』に挑まなければならないというSNK(それ なんて クソゲー)状態だ。
彩葉の怪我も快方に向かっており、ギブスもとれて杖をつきながら階段を登れるようになった。おかげでリフレッシュルームはわたしと彩葉の二人でシェアしている状態だ。
おまけにちょくちょく八雲Pが乱入してくるので、大人しくゲームしているどころの騒ぎではない。
「……まだ続ける。時間は無駄にできない」
「無理しないでくださいね」
頭部に再びシュミレーションマシンのデバイスを付けようとしたわたしに、彩葉が心配そうな声をかけてきた。このくらい大丈夫だ。ゲーマーをナメるなよ。
と、その時、ドゴォッ! という轟音と共に、赤い光が事務所の窓の外に溢れた。
「な、なんですかぁ!?」
慌ててその場で丸くなって震え始める彩葉。……相変わらず気が小さい。
Pは唖然とした様子で窓の外に視線を向けている。
「……なにがあった?」
わたしはPに尋ねた。
「……殲滅兵器です……試射かな?」
なんだ……味方の攻撃か……でもこれで殲滅兵器が起動できるとしたら戦況は一気に……いやちょっと待てもしかして……。
「おいまて、殲滅兵器の完成って、機獣どもに勘づかれたらマズいんじゃないか?」
「……あぁぁぁぁぁぁっ!? 防衛省のやつらぁぁぁぁっ!?」
何気なく吐いたわたしの言葉に、Pはこの世のものとは思えない絶叫を上げた。声が合成音声なので耳障りな感じが増して、単にうるさいだけである。
「どうしたんで――うぐっ!」
尋ねようとした彩葉の顔面に、項垂れたPの頭部がごっつんこして、彩葉は堪らずに顔を押えて呻いた。
「落ち着けP……どうした?」
わたしの問いかけにPは顔を上げると、一言告げた。
「――やつらが来る――『未確認』が」
「なっ――!?」
絶句するわたしをよそに、Pは早口で続けた。
「殲滅兵器の存在を知れば、破壊しに来るのが機獣の習性です。そして今までのデータから必ず『未確認』を伴って現れる……こうなったら使えるものは全て使います。じきに〝事故〟でシールド装置に不具合が生じた時にSTのアイドルが真っ先にやってくるはず。……その所属の天使たちを味方につけながら未確認を倒しましょう。要するにSTの天使を未確認に対する生贄として使ってやりましょうってことです」
生贄か……しかしそんなに簡単にいく……のか? 危険なら助けに行った方が良くはないだろうか?
わたしの中にかろうじて流れているヒーローの血がそうさせるのか……気づいたらわたしは事務所を飛び出していた。