ちぇんじ☆りぷれーす
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1ヶ月ほど、機獣や天使狩りの襲撃はありませんでした。その間にあたしはアイドルとしての活動に勤しみ、『青海プロダクション』は無事にあの古びた事務所から移転して、機獣の襲撃によってテナントが撤退した近くのオフィスビルに新たな事務所を設けることができたのでした。
一日の大半を仕事に持っていかれるあたしは、少し時間ができると事務所に戻って、大きくなったリフレッシュルームに新調されたソファーに沈みこんで眠っていました。
今日もいつものようにソファーで寝ていると、誰かが小声で話している音で目を覚ましました。
「愛留ちゃんのスケジュール、詰め込みすぎじゃないか? 最近すごく疲れてるみたいじゃないか。まだ小学生の子どもにこれは酷だぞ? なあ、担当マネージャー」
「――そんなことはない。お陰でチャンネル登録者も、人気ランキングも順調に上がっている。ここで機獣の襲撃でもあって活躍できれば……」
どうやら、青海プロダクションのマネージャーの二人、友坂さんと美留さんが話しているようでした。とても興味深いことなのでこのまま寝てるフリをして聞いてみましょうか。
「縁起でもないこと言うんじゃねぇよ。それに今のこの状態で万全のパフォーマンスを発揮できるとは思えないな」
「チャンネル登録者やファンの増加で、今のプルシアン・ブロッサムは第三世代にも匹敵する性能に向上している。そこら辺の機獣や未確認なら問題なく相手できる。それに、うちの事務所の営業成績もうなぎのぼりで――」
得意げに語る美留さんを友坂さんが遮りました。
「あのな、静内社長がよく言ってたことなんだが。――天使は商売道具じゃない、希望だ。それを忘れちゃいけないぞ」
「なに? ボクの方針に文句があるの? だいたいこのスケジュールを決めてるのは八雲プロデューサーなんだから」
そう、あたしより歳下っぽい美留さんがオファーを受けてスケジュールが組めるわけないので、あたしのスケジュールはほとんどプロデューサーさんが組んでくれて、それを美留さんが伝えてくれているような形でした。つまり、あたしが多忙なのはプロデューサーさんのお陰だということです。
「まったく……八雲さんも何を考えてるんだか。今未確認が襲撃してきたらウチには結衣香さんしかまともに戦える天使がいないことに……」
「ボクがいる……」
「君、ほんとに戦えるんだろうな……」
「少なくとも結衣香さんよりは強い」
「……」
黙りこくってしまった友坂さん。
「……わかった。そんなに不安ならボクに考えがある」
「はぁ?」
首を傾げる友坂さんをよそに、美留さんはスタスタと部屋を後にしてしまいました。部屋にしばしの沈黙が訪れます。こころなしか元気がなさそうな友坂さんが、どんよりとしたオーラをまとっているので、あたしは寝っ転がったまま友坂さんに声をかけることにしました。
「――友坂さん」
「うわぁぁぁっ! びっくりしたぁ!」
友坂さんはあたしがまだ寝てると思っていたようで、いきなり声をかけられたことに驚いたようです。――少しいたずらしたくなりますね。
「えへへ……やっと二人きりになれましたね?」
「えっ……うん、あぁ……」
あたしの言葉の意図が理解できないと言った感じで生返事をする友坂さん。
「あたしのこと、心配してくれてありがとうございます。優しいんですね、友坂さんは」
「まあ、マネージャーとして当然の心配だ。それに愛留ちゃんのコンディションは青海プロダクションの――ひいては日本の運命を左右することになるからな」
「ふふふ、真面目ですね。あたしを使って大金持ちになることもできるのに……」
「僕はそんなことしねぇよ……」
友坂さんは照れくさそうに頭を掻きました。ふーん、本心はどうなんでしょうね。男の人って大概自分の欲のことしか考えていないので、優しくしてくる人には必ず下心があるものです。――もう少し揺さぶってみましょうか。
「ふぅ……それにしても暑いですね。蒸れて大変です」
あたしは身につけていたトレーニングウェアのシャツの裾をめくってパタパタとやりながら友坂さんにお腹を見せつけてみました。
「お、おいっ! やめろっ!」
案の定、彼は慌てて視線を逸らします。もう少しからかってみましょう。
「せっかく二人きりなのに、何も起きないんですね?」
「当たり前だろ! 僕はロリコンじゃないぞ!」
「その割には慌ててるんですね。ロリコンじゃないなら、例えばここであたしが裸になったとしても興味がないから動揺しないはずじゃないですか?」
「それとこれとは別というか! ――あまり大人をからかうなよ!」
「あー暑い。寝汗をかいて服が邪魔ですねー。脱いじゃおうかなー」
友坂さんに歩み寄りながら近くで囁くと、彼は頬を真っ赤に染めながら怒鳴りました。
「おいっ!!」
「ロリコンだと認めてくれるならやめます」
「……ぼ、僕はロリコンです」
「はい、ありがとうございます! ふふっ」
あたしはウェアのポケットの中で録音していたボイスレコーダーを止めると、友坂さんの目の前にかざしました。
「……何が望みだ?」
「最近忙しいから、スタミナをつけるためにうなぎが食べたいなぁー? もちろん中国産じゃなくて日本産の高級うな重が食べたいなぁー」
「おいおい、このご時世国産のうな重なんて一人前1万くだらないぞ!」
機獣のせいで沖合に漁に出れない今、需要は川魚に集中し、全体的に川魚が高価になっているのです。しかも、もともと数を減らしているうなぎは高級魚中の高級魚。売れっ子天使といえども、そう簡単に口にできるものではありません。
「そうですか、残念です。――ではこのデータを社長さんに渡すなり、マスコミにリークするなりしてお小遣いを手に入れて自分で食べに行くしか――」
「わ、わかった! しょうがねぇなまったく……予定が空いたら食べに連れて行ってやるよ」
「やったぁー! 友坂さん大好きです!」
渋々折れた友坂さんに「好き」と言った瞬間に、彼は再び顔を赤くしました。つくづくわかりやすい人ですね。その方がやりやすいですけど。
「はぁ……もうとんでもないなこの子は……」
げんなりした様子で部屋を後にしようとする友坂さん。しかし、彼はとある人物と鉢合わせをしてしまいました。
「うわぁっ!」
「こんにちは、マネージャーさん!」
驚く友坂さんに、その人物は明るく声をかけます。
友坂さんとあたしはその人物の姿を見て目を丸くしました。なぜなら、その人物がピンク色のあたしのステージ衣装を身につけて、あたしと瓜二つな姿をしていたからです。
「あれ、愛留ちゃんが二人!?」
あたしと、新しい『愛留』を見比べる友坂さん。すると、『愛留』が再び口を開きました。
「どうも、『青海プロダクション』所属の天使、倉橋愛留……ですっ」
キラーンと目元でブイサインをしながらポーズを決めた『愛留』。その手首にはめられたブレスレットの色で、あたしはその正体がわかってしまいました。
「……なにやってるんですか美留さん?」
「あら、やっぱり本物にはバレてしまいましたか……でも普通の人にはバレないですよね?」
「確かに、声も喋り方も愛留ちゃんにそっくりだ……」
感嘆する友坂さんに、『愛留』改め美留さんはニヤッと笑みを向けました。
「ファンですからね。モノマネくらいおちゃのこさいさいです! ――これからは愛留ちゃんの代わりにボクがお仕事を頑張りますね」
この子はあたしよりも歳下なのに、あたしの苦労を背負おうとしています。――それはファンとしての覚悟なのか、それとも……
「美留さん……」