あいどる☆らんきんぐ
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所変わって、ここは海底の帝国『アトランティス』。球体状のユニットの一つ、会議室のようなスペースに一人の男がおり、席に着いて、目の前に広げたディスプレイで何かを眺めている。
「――倉橋 愛留か」
顎に手を当てながら呟いたのは、美しい金髪と長身が特徴のアリエスだった。
すると、会議室に別の男が入ってきた。赤髪のピスケスだ。
「アリエス」
「……首尾は上々のようだな」
ピスケスが声をかけると、彼が言いたいことをすでに予測していたアリエスは、ディスプレイに視線を向けたまま応じた。
「あァ、ヴィルゴを回収してきたぞ。敵の天使は取り逃しちまッたが」
「構わん。重要なデータも取れたし、興味深いこともわかった」
首を傾げるピスケスに、アリエスは目の前のディスプレイを右手で掴んで、投げてよこすような仕草をした。すると、ディスプレイはピスケスの目の前に飛んでいき、そこで展開される。
「……これは」
ピスケスは目を見張った。それはディスプレイに映っている内容が衝撃的だったわけではなく、それをアリエスが見ていたということが意外だったようだ。ディスプレイにはこんなものが映っていた。
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第1位︰葵 癒姫『イスラ・デ・ピノス』【株式会社ST】(前回比→)
第2位︰天使名不詳『シルバー・ストリーク』【株式会社ST】(前回比→)
第3位︰滋曲 美唯菜『イェーガー・シューター』【株式会社ST】(前回比→)
第4位︰滋曲 魁人『サウザ・ショットガン』【株式会社ST】(前回比→)
第5位︰倉橋 愛留『プルシアン・ブロッサム』【青海プロダクション】(初登場)
第6位︰梅谷 彩葉『スクリュー・ドライバー』【青海プロダクション】(前回比→)
第7位︰青葉 結衣香『マリブ・サーフ』【青海プロダクション】(初登場)
第8位︰黒野 騎士『ブラック・トルネード』【89プロデュース】(前回比↓)
第9位︰霜月 柊里『エル・ディアブロ』【青海プロダクション】(前回比↓)
第10位︰伺見 笑鈴『エメラルド・スプリッツァー』【青海プロダクション】(前回比↓)
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「柊里は9位かァ……」
「問題はそこではないだろう」
早速推しの順位を気にし始めたピスケスに、呆れた表情をするアリエス。
「ヴィルゴがこちらに来たことでアイルの天使がいなくなッたことかァ? それともそれに代わッて5位に入ッたあのガキのことか?」
「後者だ。――正直どうだった? 倉橋愛留と戦ってみた感覚は? 率直な感想を聞かせろ」
アリエスは、愛留と一時交戦したピスケスに尋ねることで彼女の実力を見極めようとしているようだ。
「ンなこと言われてもよォ。不意打ちかわされただけだからよくわかンねェッて。アリエスこそ〝見て〟たんじャねェのか?」
「実際に拳を交えなければ分からないことも多い。だからわざわざお前に聞いているのだ。いちいち説明させるな」
苛立ちを露わにするアリエス。対するピスケスはヘラヘラと笑うと、肩を竦める。
「まァ、柊里よりは強いンじャねェか? 5人で囲んで正解だッたかもなァ。一人や二人だッたらやられてたかもしンねェ」
「あんな子どもが……やはり探りを入れておいて正解だったか」
「そういや、キャンサーの姿が見えねェよォだが……」
「キャンサーは愛留とかいうガキを探るために陸へ送っている。青海プロダクションに潜り込み情報を得て、終わったら隙を見て殺してこいと伝えてある」
「相変わらずやることがえげつねェなアリエスは……」
「エリクサーに頼らない『天然モノ』なんぞ邪魔なだけだ。――不確定要素は早めに潰しておきたい」
アリエスはいつになく真剣な表情で呟く。彼の中で作戦は重要な局面を迎えているらしい。その中で突如現れた『倉橋愛留』という不確定要素。彼は愛留を最大限に警戒していた。一つの手の打ち間違いで、今まで進めてきた計画が全て水泡に帰しかねなかった。
「キャンサーを送ッたことが悪手じャないことを祈ッてるわ」
「――どういう意味だ?」
ピスケスの発言に、いつになくナイーヴなアリエスは刺々しい口調で聞き返す。
「知らねェのか? あいつがこそこそと青海プロダクションの動画見てたの」
「……少なくとも天使にうつつを抜かすお前らよりはマシだと思っての選出だったのだが」
「似たようなもンだッて。今頃あいつ相当喜ンでンぞ多分」
「『黄道十二宮』の同志であるならば私情よりも任務を優先するだろう」
「だといいンだがな。なにせあいつもガキだからな」
「一番ガキっぽいお前が言うな」
アリエスが苦虫を噛み潰したような顔で憎まれ口を叩くと、ピスケスはニヤニヤ笑いながら会議室から去っていった。
再び一人になった会議室で、暫しアリエスは悩むような仕草をしていたが、やがて目の前に呼び戻したディスプレイを操作し始めた。
しばらくして、会議室には大小五つの人影が入ってきた。
一番目を引くのが、身長三メートルほどもある巨人――タウラス。彼の隣には幾分か背が小さいがそれでも大柄の髭面の男――レオ。そして細身の男――スコーピス。彼らよりだいぶ小柄な少女――アクエリアス。そして眠たげな少年――カプリコーン。
いずれも『黄道十二宮』の一員だ。
「お呼びですかアリエス様?」
アクエリアスがエメラルド色の瞳でアリエスを見つめながら尋ねると、アリエスは首肯した。
「ピスケスたちは陸の天使にうつつを抜かしていてどうも信用ならない。お前たちはピスケス、サジタリアス、ジェミニ、リブラ、そしてキャンサー、この五名を監視し――」
「――必要があれば殺せ」
滅多に聞くことのない冷えきったアリエスの口調。鋭いナイフのようなそれに、目の前の五名は揃ってゴクリと唾を飲み込んだ。アリエスは目的達成のためなら味方すら容赦なく切り捨てる。ましてや裏切り者を許すはずがなかった。
監視し、裏切りの気配を感じれば独断で殺せ。そういう指令だった。
「――御意」
やっとのことでレオが口を開く。そして五人はそれぞれぺこりと会釈をして会議室から出ていった。
「――さて、打てる手は全て打った。あとは運を天に任せ成り行きを見守るしかない……か」
三度一人になった会議室に、アリエスの呟きが静かに響いた。