いんとりゅーしょん☆いんとりゅーしょん
「あははっ、あたしめるっちのこと確かに甘く見てたかも。でもそれはめるっちも同じだよー? トドメささなくていいのー?」
「その前に華帆さんに聞きたいことがあります」
「……答えると思う?」
華帆さんはクスクスと笑いながら答えます。でもあたしはそんな挑発には乗りません。
「いえ、ほぼ確証のある事なので、確認です。――華帆さんが身につけている“それ”は、『未確認』が身につけているものと同質のものですね?」
あたしは華帆さんの黒い鎧をリコーダーで示しながら尋ねました。華帆さんがまた、ふふっと笑います。
「だからどうしたのー?」
「華帆さんは、機獣によって海底に引き込まれた後、『未確認』と接触した。そして何らかの改造なり洗脳なりを施されて彼らの仲間になった。――違いますか?」
「さあねー? 覚えてないよそんなこと」
「彩葉さんや柊里さんのことは覚えていたのにですか?」
「……」
華帆さんは黙ってしまいました。もう一押しです。
「……華帆さんは――」
『愛留ちゃん後ろっ!』
いきなり彩葉さんからノイズ混じりの念話が送られてきて、あたしは慌てて振り向きました。すると、そこには華帆さんにそっくりの黒い鎧が……。
「っ!?」
咄嗟に身体を捻って敵の拳を回避すると、その敵――未確認は感心したように呟きました。
「ほォ、これをかわすか……なかなかいい反応じャねェか」
「くっ……」
辺りを見回すと、あと三人……いや、四人。華帆さんも含めて合計五人の『未確認』があたしを取り囲んでいました。どれもとても強そうで……これでは勝ち目がなさそうです。
しかし、先程あたしを殴ってきた『未確認』は、あたしを気にも留めずに、華帆さんに話しかけました。……いつの間に現れたのでしょうか?
ワンワンッとポポが激しく吠えています。
「撤退だヴィルゴ。騒ぎを聞きつけてすぐにSTの『イスラ・デ・ピノス』が現れる。さすがにアイツ相手だと五人いてもキツいぞ」
「で、でもまだ目的は……」
「いンや、十分だ。厄介な『青海プロダクション』の天使をほぼ壊滅させ、切り札まで使わせたンだからなァ。アリエスの野郎も満足なんじャねェかァ?」
「くっ……勝負はおあずけだよ! めるっち!」
「ねーねーピスケス! これ、持って帰ってもいい?」
黒い鎧のうちの一人が地面に横たわるお姉ちゃんや彩葉さん、柊里さんを指さして口にしました。
「残念だがその余裕はなさそうだなァ……早くしろジェミニ!」
「はいはーい!」
ジェミニと呼ばれた鎧は、なにか紫色に光る石のようなものを頭上に掲げます。すると、そこに残りの鎧達が集まっていきました。
――ワンワンッ!
ポポがそれを追いかけます。
「あっ、ちょっとポポ!?」
あたしが引き留めようとしましたが時すでに遅し……。黒い鎧たちは紫の光に包まれてこの場から消えてしまいました。――追いかけていったポポと共に。
――シュンッ!
彼らが消えた空間を、オレンジ色のビームが貫きます。――あれは……。
「……一足違いでしたわね」
顔を上げると、空中に浮かんでいるオレンジ色の髪に純白のドレスを身につけた人影が腕を組みながら呟きました。STの切り札、第三世代機装『イスラ・デ・ピノス』の天使、葵 癒姫さんです。
「癒姫さん……」
「あなたですわね? 青海の新戦力というのは」
癒姫さんはフワッとあたしの目の前に降り立つと、腰に手を当てながらこちらを見下ろしてきました。威圧しているというか……値踏みをしている、そんな感じの視線でした。
「……」
あたしの隣に結衣香さんとマネージャーさんが駆け寄ってきます。
「救援感謝する。悪いが怪我人がいるから――」
「救助隊は呼んでありますわご安心を。それに姫の見立てではすぐに命に関わりそうな怪我をしている方はおられませんわよ?」
マネージャーさんの言葉に即答する癒姫さん。STのことですから事後の対応までしっかりと計算してから救援に来たのでしょう。
「あの……癒姫さんどうして……」
最大手事務所の『株式会社ST』にとって新興で彩葉さんとお姉ちゃんを引き抜いた形の『青海プロダクション』にはあまりいい印象を抱いていないと思っていました。ましてやSTの衛州社長は自社の利益を最優先に考え、そのためには他事務所を犠牲にすることも厭わない性格です。なぜ危険を冒してあたしたちを助けに来たのでしょうか……?
「勘違いしないでくださいまし。これは姫の独断ですわ」
「独断……?」
結衣香さんが怪訝な表情を浮かべました。
「いつも『未確認』の矢面に立ってくださっている『青海プロダクション』が壊滅したら姫の仕事が増えてしまいますもの。姫はあくまでも救世主に徹したいのですわ。その方がファンの方の評価もよろしいですのよ?」
「……なるほど」
と言いつつも本当はあたしたちが心配で駆けつけてくれたのか、はたまた本当に打算的に動いただけなのか、あたしには彼女の真意はわかりませんでした。
「そして青葉結衣香さん」
癒姫さんは結衣香さんに向き直りました。
「なにかしら?」
「あなたが所属していた『光導機神教団』ですが、『天使狩り』の件で捜査が入っています。この件に関しては濡れ衣でしょうが、天使を拉致していた事実は明らかになるでしょう。教団の解体は避けられませんわ」
「構わないわ。あたしは教団から足を洗うことにしたの。……鈴音のためにも」
「そうですの。もしよろしければ、株式会社STはいつでもあなたの復帰をお待ちしておりますわよ?」
「ありがと、でもあたしにとってSTはまだ許せない相手なの。それにもう行先は決めたのよ」
「……?」
「青海プロダクションにね」
「!?」
結衣香さんの言葉に驚いたのはマネージャーさんでした。
「青葉さん!?」
「……倉橋親子のこと、近くで守らせてほしいの。ダメかしら?」
「いや、別に構いませんけど……」
「そういうことだから」
癒姫さんは肩を竦めました。
「残念ですわね。まあいいですわ。――ほら、救助が来ましたわよ?」
――ブロロロロロ!
というヘリコプターのプロペラ音。上空に浮かんだST所有のチヌークから、医療スタッフが降下してきて、負傷した三人をヘリに運び込んでいきます。独自の救助チームを所有しているのは最大手事務所のSTならではです。
「さて、それでは姫もこの辺でお暇させていただきますわね? ごきげんよう」
癒姫さんは背中の翼のようなものを広げて、医療チームと共に飛んでいってしまいました。
「……帰るか」
「ポポ……」
「大丈夫だ、ポポちゃんは必ず取り戻す」
ポポが連れ去られたことを思い出して肩を落としたあたしを、マネージャーさんが慰めてくれました。
「戻りましょ。……事務所で今後のことを考えるわよ」
結衣香さんはもう完全に青海プロダクションの一員かのようです。あたしも、結衣香さんとは長い付き合い(?)なのであまり違和感はないのですが。
癒姫さんの協力もあって華帆さんを追い返したものの、主力天使三人に、ポポを失ってしまったあたしたち。それでもあたしは機装を手に入れる事ができて、結衣香さんを仲間にすることができました。
複雑な心境の中で、あたしたちは事務所へ帰ったのでした。