いきなり☆すきゃんだる
さて、時は少し遡ります。
あたし、倉橋 愛留が所属する『青海プロダクション』は、都内の沿岸部に位置する小さな天使事務所です。そこにあたしとお父さん、そしてお姉ちゃん――役を演じてくれていた伺見 笑鈴の三人は半ば拾われるような形で所属することになりました。
詳しい経緯はお姉――笑鈴さんが説明したとおりですが、とにかく、『青海プロダクション』の静内社長と八雲プロデューサーは、トラブルの塊のようなあたしたちを引き取り、事務所に協力する代わりに匿うと申し出てくれたのです。
いろいろ理由があって諦めていた天使への夢が、事務所に所属することで実現しようとしている……。でも、大切な娘を戦いに出すことになるお父さんの心中を考えると手放しでは喜べない。そんな複雑な心境でした。
でも、試しに投稿してみた動画は、出演を快諾してくれた『青海プロダクション』の他の天使さんたちの人気もあって、かなりバズってました。
内容は、大食い選手権と銘打って天使さんたちにひたすらロールケーキを食べさせるというバカみたいな企画だったのですが、このご時世そういう動画の方が人気が出やすいのは分かってましたし、せっかく人気絶頂の梅谷 彩葉さんや、腐っても元トップ天使の笑鈴さんが出演してくれるのですから普段見ない一面をお見せしようと思った次第です。
ちなみにあたしはしばらく胃もたれが酷かったですけどね。
前置きが長くなりました。とりあえずあたしたちは『青海プロダクション』で順調な天使生活を送っていたんです。あの時までは……。
*
そう、あれは青海に所属してから数日後のことです。
相次ぐ機獣の襲来や、『天使狩り』の暗躍、それによって多発する事務所間の抗争、さらには激化する『光導機神教団』の布教活動などで首都圏における天使はかなりの数失われてしまったことにより、首都の防衛機能は著しく低下し、首都圏には緊急事態宣言が出されていました。
外出は極力しないように、機獣の襲撃があった場合は速やかに地下シェルターに退避するようにと、都全域に通達が出され、もちろん学校は休み。
かといって天使候補生たるあたしは、毎日警戒のために街に出ている先輩天使に代わって事務所の留守を守らなければならず、ゆっくりと休んでいるわけにはいきませんでした。
ボサボサ頭のお父さんと、ひょろひょろのモヤシのような整備員の友坂さんはいつも事務所の一階で整備中の機装とにらめっこしながらあーでもないこーでもないと一日中議論したり、バチバチと火花を上げながら整備してたり……はぁ、なんで男の人ってこういう機械モノが大好きなんでしょうね。あたしは天使オタクで機装や天使のステータスや必殺技たるAAには詳しいのですが、その中身のシステムはさっぱりです。
とはいえ、その時あたしは暇だったので、事務所の応接セットのくたびれたソファに腰かけて二人の会話を聞くともなしに聞いていました。
「――ありがとうございます! 本当に」
「いや、いいのさ。趣味みたいなものでね。――戦いたいんだろ? 君も」
「はい! ずっと天使として戦うのが夢でしたから、柊里や彩葉ちゃんの戦う姿を見ながらすごくもどかしく思ってたんです!」
「けどな、君がやられたら整備員はいなくなる。私は君ほど青海の機装について把握していないから、すぐに整備はできない。――アイドルにとってマネージャーは生命線なんだ。それをわきまえて、戦うのはここぞという時にしなさい」
「わかりました! ――それにしても『プルシアン・ブロッサム』の部分展開が可能だったなんて!」
「あぁ、部分展開であれば身体への負荷も最低限で済むし、エリクサーで適合率を上げなくても――だが当然、完全展開時に比べて身体能力の強化率は低くなるし、フェアリー級機獣とやり合うのが精一杯だろうな」
「それでも十分です! 機獣に対抗できる力が手に入っただけで……。あとこいつ、『プルシアン・ブロッサム』は第二世代の中でも特に防御力に優れています。上手く整備して盾の強度を上げてやればミノタウロス級の敵の攻撃も防げるようになります」
「だがあくまで防御力だけだ。その他の強化値は――」
あー、飽きてきました。仕方ないので動画投稿やSNS発信のために事務所から支給された携帯端末で天使動画を漁って研究しますかね。
「……」
あたしはワイヤレスイヤホンをつけて動画投稿アプリを開きました。――あっ、『アイル・エンタープライズ』の秋茜 華帆さんの新しい動画が上がってますね。
なんとなくその動画を再生してみました。
『ただいまよりアイル・エンタープライズの『ラスティー・ネール』、『ラブリー・ツインズ』、89(はちきゅー)プロデュースの『ファイバーブレイダー』、『ブラックトルネード』の4チームによる合同ゲリラ作戦を開催しまーす!』
華帆さんの元気のいい声で動画は始まります。動画のサムネイルには『天使狩りを狩ってみた』とありました。へぇ、アイルと89はついに『天使狩り』の尻尾を掴んだんですね。さすが大手事務所です。
でも、次の瞬間あたしは目を疑いました。華帆さんと対峙していたのは、あたしのよく知る天使――青葉 結衣香さんだったからです。彼女は『光導機神教団』の天使であり、あたしを狙ってはいるものの、『天使狩り』と同一人物であるとはどうしても思えませんでした。
そしてもう一つ。結衣香さんの近くにいる白いツインテールの天使。あれは『スターダスト☆シューター』の本多 鈴音さんでは? 機装は変化しているようですが、背格好は全く同じ……。彼女はいつから教団に?
「……」
動画は、負傷した『ブラックトルネード』を『ファイバーブレイダー』が担いで撤退している場面でブツっと不自然に切れていました。おかしいですね。これからが華帆さんの見せ場で配信しない手はないと思うのですが。……引っかかります。まるで何かを隠しているような……。
私は動画を見終わると急いでウェブで『スターダスト☆シューター』についてのネット記事を探しました。しかし、一番信用出来る『スターダスト☆シューター』追っかけ記事も、『未確認』の襲撃によってメンバーが一人死亡したというニュース以降更新がありませんでした。
――おかしい
アイルはなにか知られてはいけないことを隠しています。例えば華帆さんだったり、『スターダスト☆シューター』のスキャンダルを……!
他の天使は警戒に出っぱなし。マネージャーさんは機装の力を十分発揮できない。だとしたら!
――あたしがなんとかしなきゃ!!
あたしはいても立ってもいられなくなり、イヤホンを外すやいなやお父さんに駆け寄りました。
「どうした愛留?」
不思議そうな表情を浮かべるお父さんに、あたしはパチンと手を合わせてお願いしてみました。
「お父さんお願い! どうしても確かめたいことがあるから早くあたしの機装を支給して!」
お父さんは困ったような表情になってしまいました。
「って言ってもな……現在所有者がいない機装の中に、愛留に適合するものはないんだよ。適合率は高くて30%とか……そんなんじゃ変身できな――」
「――エリクサーを使う!」
「ダメだ!!」
突然お父さんが大声であたしを怒鳴りつけました。普段はあたしに激甘なお父さんのあまりの剣幕にあたしはその場で固まってしまいました。
「――すまん。それだけは……お前だけはダメだ。わかってくれ愛留。もう少し待ってくれ。私が愛留のためにとっておきの機装を開発してやるから」
「それはいつ? 明日? 明後日?」
「そんなすぐに出来るわけな――」
「それじゃ間に合わないの!! この首都圏で間違いなくなにかが起こってる!! 危機が迫っているの!! それをただ指をくわえて見てろっていうの!?」
焦りの気持ちがあって、あたしが感情に任せて怒鳴ってしまいました。今度はお父さんは面食らったように固まってしまいます。お父さんの隣でマネージャーさんがオロオロしているのが少し可哀想な気もしましたが、気にしてる余裕はありませんでした。
「――しかしなぁ」
なおも渋るお父さん。しかしそんな時、思わぬ事件が舞い込んできたのでした。
――バンッ!
と開け放たれる事務所の扉。そして駆け込んでくる二人の金髪女子高生。
「いろはぁぁぁぁぁっ!! あれっ、彩葉は!? 彩葉はいますか!?」
「すみません、梅谷さんは街に警戒に出ていて……なにかお困りですか?」
金髪ツインテールの高校生ギャルの言葉にマネージャーさんがマニュアル通り冷静に対応しました。
「あぁ、トモちん! 彩葉を、彩葉を呼んで! 大変なの! さっき週刊誌を書いてるおねーちゃんから連絡があって……」
なんだ、知り合いですか。
「――落ち着いて話してくださいますか? ナギサさん、カエデさん」
ぬっと事務所の奥から姿を現したのは、仮面の人物――八雲プロデューサーでした。普通の人なら初対面だと少し驚いてしまう見た目ですが、ギャルたちは八雲プロデューサーとも知り合いだったようで、慣れた様子で訴えました。
「アイルの華帆ちゃんについて、動画とともにとんでもないタレコミがあったの!!」