契約ノ口付
だが、鈴音は恐るべき跳躍力であたしたちの上を飛び越えると、出口の扉の前に先回りして道を塞ぐ。
「……くっ!」
「伏せろ結衣香ちゃん! 機装変身っ!」
ホークアイの声に咄嗟に身を屈めると、あたしの頭上をシュッ! と弾丸が通り過ぎるのを感じた。ホークアイがスナイパーライフルで狙撃したのだ。
――バシュッ!!
――ギャァァァァァァッ!!
鈴音の頭部で閃光が弾け、彼女が大きく咆哮する。可哀想だけど彼女はもう人間じゃない。だから遠慮なく仕留めさせてもらう!
「はっ!!」
――ブゥン! ブゥン!
あたしは鈴音に駆け寄り、ライトブレードで右腕、左足を切り落とす。教団の教えで機獣を傷つけるのはご法度だけど、鈴音の場合は天使なのか機獣なのかよく分からない存在なので、とりあえず殺さないようにだけすれば大丈夫だろう。
――キァァァァァァァッ!!!!
――シュンッ!!
「ぐぅっ!?」
「がはっ!?」
咆哮を上げる鈴音はバランスを崩したが、それと同時に何かが空を切る音がして、あたしは身体に衝撃を受けて壁に叩きつけられた。ホークアイも似たような状態だったが、近接戦闘に向かない彼は、衝撃で気を失ってしまったようだ。――ピンチ! どうする? 何か手はない?
「痛たたた……」
遅れて襲いかかってくる痛み。見ると鈴音は這うような体勢で、頭の上で尻尾をビュンビュンと振り回している。あれに叩かれたらしい。全く戦闘スタイルが読めないので厄介だ。
更にまずいことに、あたしが切り落とした手足も徐々に再生していく。
――勝てない
でも、考えてみれば彼女は機獣と化したわけで、そんな彼女によって召されるのはとても名誉のあることなのではないだろうか? だとすればじたばたせずに運命を受けいれた方が――?
あたしは、観念してライトブレードをその場に捨てた。そして両手を広げて鈴音に近づく。
「さぁ、あたしを救済して、リオン」
鈴音は四つん這いの状態でしばらくじっとあたしを見つめていた。白いゴーグル越しに見える感情の籠っていない瞳。――その瞳が僅かに揺れる。
――シュンッ!!
「くっ……!」
ゆっくりと立ち上がった彼女の尻尾があたしの身体に巻き付く。だが、その力はどこか優しくて――大切なものを抱き寄せるように、鈴音は尻尾であたしの身体を持ち上げると、自分の元に引き寄せる。
あぁ――ついにあたしも召されるのね――
もはや抵抗する気もない、そんな力もない。あたしは鈴音の瞳を見つめながらその時を待った。
「――ゆ」
「……?」
鈴音の口元が僅かに動いた。彼女の頭のネコ耳も何かを探るようにぴょこぴょこと動く。
「……ゆ、いか……おねえ……さん」
「リオン……?」
こんなことってあるのだろうか。彼女は目覚めた。彼女の目からブワッと涙が溢れる。
「ユイカお姉さんっ!!」
「ぶぁっ!?」
ガバッと彼女は尻尾で拘束しているあたしに抱きついた。そしてぎゅうぎゅうと身体を締め上げてくる。痛い。
「や、やめてよ死ぬっ! 苦しい! 今リオンの力は前よりも強くなってるのよっ!」
「あっ、ごめんなさい。……えへへ」
力が幾分弱くなった。よかった。絞め殺されるのはほんとに笑えないわ。
「――私、やり遂げたんですね!」
「ええ……信じられないことだけど……これでリオンも『光導機神教団』の仲間よ」
だけど、彼女の強化は明らかに常軌を逸している。しかも機装の進化なんて……前代未聞だ。
鈴音はゴーグル越しに満面の笑みを浮かべると、あたしの顔をしっかりと見つめながらこんなことを言ってきた、
「――それじゃあ『いいこと』しましょう!」
「――は?」
「約束しましたよね? 『無事やり遂げたらいいことしてあげる』って……」
「いや……あの……それは……」
鈴音を励ますための嘘――なんて言えないよなぁ……。
「えぇ、してもいいけど……」
「やったぁー!」
彼女はあたしの体を抱き寄せ、顔と顔を近づけてくる。な、なんだぁ『いいこと』って結局キスかぁ。所詮お子さまね。そのくらいならいくらでも――
「んーっ!」
「んぅぅっ!?」
鈴音の唇があたしの唇に押し付けられ……
あたしたちは暫し濃厚なディープキスをした。
見かけによらず彼女は積極的で、とても疲れてしまった。
はぁ……地味にマウストゥーマウスではファーストキスだったのになぁ……
彼女と違って特にレズではないあたしは、ほんのりと婚期を逃すことを心配し始めたのだった。
*
東京都某所、とある住宅地の一角に、小さな公園があった。いくつかベンチがあって、小さな滑り台があって――それだけの公園。だが、昼間は子供たちの声で溢れている。
すっかり日の暮れた今、その公園には子供たちの姿はない。
キーッと音がして、公園の外に一台の自転車が止まった。乗っていたのは、大きなバッグを背負ったいかにもバイト帰りですと言わんばかりのボサボサ頭の高校生くらいの少年。
彼は自転車を降りて公園の中に足を踏み入れる。すると、街灯に照らされて、入り口にほど近いところに設置されていたベンチで、少年と同年代くらいの若者が二人、少年に手を振っているのが確認できた。
少年はそちらに向かって、同じベンチに腰を下ろす。
「ったく、いきなり呼び出して何の用だよ……」
苛立ちもあらわに仲間に尋ねるボサボサ頭の少年。すると別の少年がカバンからタブレット端末を取り出す。
「……オレ、さっきやべぇもん撮っちまった」
「は?」
「見せてみろよ」
三人の少年は顔を揃えてタブレット端末を覗き込む。
動画が再生された。
向かい合って立つ三人の少女。それを近くの家の2階のベランダからこっそりと撮影しているようだ。
「おい、これ、アイルの『スタシュー』と華帆ちゃんじゃね!?」
「華帆ちゃん、機獣に食われたって聞いたけど!」
テンションが上がったのか声のトーンが上がった二人の少年を、タブレット端末を操作していた少年が、しーっと人差し指を立てて落ち着ける。
「華帆ちゃんエッロ!!」
「スタシューかわいいぺろぺろ」
「うるせえな、まあ見てろよそれどころじゃねぇんだよ!」
ただならぬ様子に黙る少年たち。
動画の中の少女たちは、互いに駆け寄り、熱い抱擁を交わした。
「あ〜^」
「てぇてぇ……てぇてぇ……」
幸せそうに顔を緩ませる少年たちだが、次の瞬間その表情が凍りついた。
動画の中の少女二人が突然糸が切れたようにぐったりとしてしまったのだ。そして、残った一人の少女は、ぐったりとした少女を地面に投げ捨てると、暫し腕に額を寄せて考えるようなポーズをしてから、どこかへ走っていってしまった。
「えっ!? ……何が起きたんだよ!」
「死んだ? 死んだのか!?」
再び人差し指を立てて2人を落ち着けるタブレットの少年。
「この後、警察とアイルの人達が来て、2人を回収していったけど……ブルーシートが被せられてたから多分死んでると思う」
「どうして華帆ちゃんがスタシューを……」
「華帆ちゃん……嘘だろ? 嘘だと言ってくれよ!」
「華帆ちゃん復活はニュースになっているけど、スタシューの死亡はネットニュースにもなっていない。恐らくアイルはしばらく隠すつもりだろうな。――で、ここからが本題なんだが――この動画――どうする?」
タブレットの少年の言葉に、残りの2人は静かに顔を見合せた。