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憧レノ先輩

挿絵(By みてみん)

 ――大切な人がいた



 憧れの先輩であり、仲間であり――背中を見せてくれる人。あたしはその背中を追いかけて天使(アイドル)になって、同じ事務所に所属することができた。


 しかし、結局彼女とあたしの間には越えられない壁があって――彼女の傍には常にあたし以外の誰かがいて――

 結局、あたしは一度も彼女と肩を並べて戦うことが出来なかった。



 ――ただ



 一度だけ彼女の最後の作戦(ライブ)になってしまった『五稜郭防衛戦』の直前に、彼女と話す機会があった。

 作戦に参加できる主力天使52人から漏れてしまったことを知ったあたしが、楽屋(ミーティングルーム)の隅で泣いていると、誰かがポンポンと優しく肩を叩いてきたのだ。


「大丈夫――?」


 顔を上げたあたしは驚愕した。まさか彼女の方から話しかけてくるとは思わなかった。

 そこにはあたしの顔を心配そうに覗き込むダークブラウンの瞳があって――いや、覗き込まれていたというか、背だけは高いあたしは少し彼女に上目遣いで見上げられていたので、それはそれで少し可愛らしかった。


「――また先輩と戦えませんでした。あたしがひょろひょろで病弱だからでしょうか。それとも――衛州(えす)社長はあたしのことが嫌いなのでしょうか」


 彼女はうーんと腕を組んで考えていた。


「社長は君のことが大事なんじゃないかな? ――今回は少し危険な作戦だから、君に死んで欲しくないのかも」


 つまり、あたしが役に立たないからってことですよね? ――と言いかけたがやめておいた。大事な作戦の前に彼女にこれ以上心配をかけるわけにはいかない。


「でも――」


青葉(あおば) 結衣香(ゆいか)ちゃん。あまりこんなことは言いたくないんだけど、君は――もう少し体を動かした方がいいよ。いっぱい動いていっぱい食べて――力をつけるの。じゃないとこのままじゃ――整備員(マネージャー)に転向しなきゃいけなくなっちゃうかも」


 彼女は意を決したようにこんなことを告げてきた。嘘をつかずにストレートに事実を伝えてくる――それが彼女の良さでもある。

 整備員に転向――それはつまり大好きな先輩と共に戦うことが一生できないということを意味している。そんなのは絶対に嫌だ。

 あたしの目に再び涙が溢れてきた。


「あーもう、泣かないでよほら! 結衣香ちゃんには恵まれた身長があるんだから、鍛えれば絶対に強い天使になれるよ!」


 これも嘘じゃない――と思う。でも、あたしは運動が苦手で、どうしても必要以上に動きたくない。部屋で機械いじりをしていた方が楽しかった。そういう意味でも整備員の方があたしに向いているのは分かっていた――分かっていたけれど。


「あたし――頑張ります! 体を鍛えて、必ず強くなります! だから、そこで待っていてください!」


 体を鍛えろというのは、指揮官(プロデューサー)さんや整備員、社長さんからも言われていたことだが、あたしはイマイチ気が乗らなくて、今まで取り掛かろうという気にはならなかった。でも、彼女は一発であたしをやる気にしてくれた。


「いつまでも待ってるよ。一緒に世界を救おうね」


「はいっ!」


「あたしはもう行くから、じゃあね。話せてよかったよ」


「あたしもです」


 優しくて、強くて、スタイル抜群で、みんなの人気者で、大好きな先輩。楽屋から出ていくそのダークブラウンのショートヘアをあたしは目で追いかけた。配信動画で、ミーティングの作戦映像で、事務所の至るところで、追いかけていたその姿を見たのはそれが最後だった。





「約束したのに――いつまでも待ってるって――言ってくれたのに――()()()


 あたしは小さな石碑の前で呟いた。

 ここは東京都内のとある公園の一角。『五稜郭防衛戦』で命を落とした選ばれし天使たちが、その功績を讃えて祀られている石碑だ。そこには、死亡した52名一人一人の名前が刻まれている。あたしはその中の一つの名前を指で優しくなぞった。


 ――早見(はやみ) (れい)


 そこにはそう刻まれていた。

 あたしの憧れの先輩は遠い北海道の地で帰らぬ人になってしまったのだ。その地は今や敵の手に落ちている。


 あたしは先輩に追いつくことができなかった。でも言いつけは守って体を鍛えた。――先輩の最初で最後のアドバイスだったから。

 トレーニングを続けるうちにだんだん楽しくなってきて、アウトドアをする機会も増えてきた。あたしは強くなった。



 ――でも



 あたしは気づいたのだ。どんなに強くても――あんなに強い先輩や、トップクラスの天使たちが集まっても手も足も出なかった『未確認』には敵うはずがない。まさに異次元の強さ、人類はそんな存在に挑んでいる。



 ――無謀だと思った



 そんな中、ある組織の存在を知った。



 ――光導機神教団(こうどうきしんきょうだん)



『機神』という神の存在を信じ機獣(きじゅう)をその神の遣いとして、その侵略に人類は服従すべきとする思想を持った、一種の新興宗教だ。

 あたしには、圧倒的な力を持つ侵略者たちが、まさにそんな神の遣いに思えてきたのかもしれない。神の遣いだから敵わない。逆らうことすら愚かなことだ。

 興味を持って教団の会合に参加する度にそう思えてきた。


 そして、あたしの中にある感情が生まれた。


 敵わない相手に挑まされて、死んでしまった先輩はなんだったんだ? 彼女たちを神に逆らわせたのは他でもない天使事務所じゃないのか。彼らが無知なせいで、神の遣いを受け入れないせいで先輩は死んでしまったのだと。



 ――あたしは



 気づいたら『光導機神教団』のエージェントとして、天使を捕らえる任務についていた。あくまでも殺しはしない。彼らは()()()()いるだけなのだから。

 突然引退する天使がいたら――それはあたしのせいかもしれない。でも、あたしは彼らを()()()()()()()


 捕らえた天使たちには()()を伝えて――



 ――仲間にする



 ――信じない可哀想な子には機神様に代わって〝救済〟を与える。



 そうして、『光導機神教団』は徐々にその力を強めていった。


「光の導きによって、あたしは『敵』を討つ。そしたら慈悲深い機神様が先輩たちに救済をもたらしてくださるわ。待っていてください先輩」


 あたしは石碑から手を離して、黒いローブを目深に被った。


 目下の標的(ターゲット)はそう――先輩を殺した諸悪の根源。――あたしが所属していた『株式会社ST』だ。


 もちろん一筋縄ではいかない相手。ただ殴り込むだけでは返り討ちにあってしまう。それは分かっている。


「そのためにもあの()()()()が必要なのよ」


 この前は思わぬ邪魔が入って失敗してしまったが、今度はしくじらない。

 あたしは決意を新たにすると、都会の雑踏の中に紛れた。



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