IDOL×MASTER
「機装変身ッ!」
わたしは隣の愛留を庇いながら、素早くソファーから立ち上がる――と同時に変身を完了する。そして、この場でもっとも警戒すべき人物――目の前の彩葉に右腕のガトリング砲を突きつけた。まさか彩葉がわたしを嵌めてくるなんてね。
でも少し甘かったね。今のわたしは前とは一味違うから。
しかし、当の彩葉はそんな状態でも変身をすらせずに、慌てた様子で両手を上げて降参の意を示しながら首を振っている。機装を通じて彩葉のこんな念話が聴こえてきた。
『ご、誤解だよ笑鈴!』
「――えっ?」
私は『青海プロダクション』社長の静内に視線を向けた。すると彼は「やれやれ」といった感じで肩を竦めている。
「――誤解を産む表現は感心しませんね社長。『株式会社ST』や『光導機神教団』からは確かにあなたがたを引き渡すように通達が来ていますが、私共はあなたがたを引き渡す気は毛頭ありませんよ?」
フォローを入れたのは、仮面の人物――八雲だった。その合成音声のような声は、不思議と場の空気を和ませた。
八雲の言葉に静内も静かに頷く。
「うむ、八雲の申したとおりです。申し訳ない」
なんだ……わたしの勘違いだったのか。横を見ると愛留やその父親の慎二郎も少し驚いたような表情をしているものの、慌てて立ち上がったのはわたしだけだったようだ。――また先走ってしまった。少し反省した時
――パシンッ
と、わたしの尻を衝撃が襲った。
「はうっ!?」
まずい変な声が出たぁぁぁっ! 突然の事だったし、程よい力加減だったので思わず声が漏れてしまった。隣では愛留が目を細めてニヤニヤと笑っている。多分犯人は彼女だろう。
わたしの視線に気づいた愛留は、その表情のままソファーに座るようにわたしに身振りで指示してきた。そして微かに聞き取れるほどの小声で何か言っている。
「いい音が出ましたねぇ――」
「――むっ」
後で文句言ってやろう、いやボコボコにしてやろうと思いながらも、先走ったことと変な声を出したことの二重の意味で恥ずかしさをおぼえて、変身を解除するとゆっくりとソファーに腰を下ろし、顔面を両手で覆った。
確認しなくても、頭に熱が集まってきて顔が真っ赤になっているであろうことはわかった。
「うちのバカがすみません。続けてください」
愛留が保護者面でそう言って、責任を全てわたしに押し付けたところで、静内が再び口を開いた。
「で、あなたがたの待遇についてですが――倉橋博士には、整備員の友坂のサポートをしながら、引き続き研究を続けていただきたいと思っています。必要な設備は現在整備中ですが――『青海プロダクション』はお陰様で現在収益が絶好調なのですよ」
静内がそう言いながら部屋の隅に突っ立っていた友坂に視線を投げる。すると、友坂が補足した。
「うちの彩葉ちゃんと柊里の活躍で、合計のチャンネル登録者数は急増。広告収入やグッズなどの営業収入、そして天使の出演料、スポンサー料、全てがうなぎのぼりに増加しています。――主にSTからのファンが流れてきている形にはなりますが――ごめんなさい」
友坂は、わたしが途中から彼に悲しそうな目を向けていることを察してか、謝罪の言葉をくっつけてきた。
そう、多分青海のファンが増えたのはわたしのせい。わたしが暴走した時に主に止めようとしてくれたのは彩葉だった。そしてわたしの膨大なファンがいなくなった時、ファンの一部が流れていった先が青海プロダクションだったのだろう。
「特に梅谷さんのチャンネル登録者数は、『第三世代機装』の運用も可能なレベルまで増加しています。そのためにも倉橋博士には是非とも〝機獣化のリスクの少ない〟第三世代機装や、エリクサーに代る適合率上昇策についても探っていただきたいのです」
八雲が友坂の説明の後を引き継ぐと、慎二郎が無精髭の生えた顎に手を当てながら答えた。
「なるほど――分かりました。私としても人類を守りたいという気持ちは皆さんと同じです。精一杯サポートさせていただきます」
静内は満足げに頷いた。そして隣の八雲に顔を向け――八雲は数回頷く。何かアイコンタクトかなにかでコミュニケーションしているらしい。そして、その後静内から発せられた言葉で、場の空気はまた一変することになった。
「それで――愛留さんと笑鈴さんなのですが――天使候補生として雇います」
「「候補生!?」」
静内の言葉にわたしと愛留は同時に声を上げた。だが、それぞれ別の意味で驚いている。わたしは、現役バリバリのわたしを候補生として雇うということに驚いたし、愛留は多分、適正のない(という設定の)彼女が、候補生になるということに驚いている。青海プロダクション――つくづく突飛な行動をするおかしな事務所だと思っていたが、彼らは一体何をするつもりなのだろう?
「はい。――伺見さんは暴走の件があるのでウチの天使として戦うのはしばらく待っていただきたいのです。あと、脚の機獣化の調査もしなければいけません。治療方法も探っていかないと――」
八雲が補足する。慎二郎はわたしの脚のことまで青海に伝えていたらしい。――要は天使は二人で十分だからお前は研究材料になれということだろうか。
「はい――わたしはそれで構いません」
本当はどんどん戦いたいけれど、やるなら思いっきりやりたいから、脚を治してからでもいいかもしれない。その結果治療方法が確立されれば、自ずと第三世代の安定運用も可能になってくる。そうしたらまた――『アラウンド・ザ・ワールド』で暴れられる! そう思うと無性にゾクゾクとした興奮が湧き上がってきて、わたしは納得することにした。
「愛留さんですが――」
「――?」
愛留は可愛らしく首を傾げ、八雲の言葉を待った。
「上手く隠してるつもりでしょうけど、私には見えています。――エリクサーの投与を受けずにその適合率の高さ――あなたは『天然モノ』ですね?」
――バレてたのか――いや、そうじゃない――見破られたのだ――愛留が事務所に来てから今までの短時間の間に――
わたしは八雲を観察した。男にしては低めの身長に黒ずくめのローブのような服――そのせいで体型は分からないし、仮面も無機質で表情も読み取れない。なんなのこいつは――?
何も機器を用いずに見ただけで相手の適合率が分かるなんて、熟練の指揮官や、整備員でも難しい。ましてや愛留のように隠してる状態では――熾天使と呼ばれる伝説の天使でもない限り不可能なはずだ。
わたしが心配になって隣の愛留を伺うと、彼女は笑みを浮かべながらもその表情からはいつになく余裕が失われている。むしろ引き攣った笑みに近いかもしれない。
彼女がここまで追い込まれているのをわたしは初めて見た。会議の場でなければ携帯端末で写真でも撮りたくなっていたかもしれない。
「安心してください。いくら『天然モノ』といっても、私共は愛留さんを人体実験に使うつもりはさらさらありません。――来るべき時のため――身を守る手段として、機装の扱い方を学んでいただきたいのです」
八雲の言葉に、愛留は助けを求めるように父親の慎二郎に視線を向けたが、慎二郎も慎二郎でぽかんとした表情で八雲を見ているのみだった。
父親が頼りにならないことを悟った愛留は、八雲を見据えるとやっとの思いで――震えた声を絞り出した。
「八雲さん――あなたは――
――何者ですか?」
それに対して八雲は落ち着いた口調で答えた。
「ただの指揮官ですよ」