LIGHT×BLADE
翌日、わたしは愛留の通う区立小学校の前で、ポポを連れて待機していた。
髪色と髪型を変えて、犬を連れているだけで誰もわたしのことを伺見笑鈴だと言うことに気づかないということは驚きだったけれど、それはそれで好都合だ。
愛留は学校内では上手くやっているらしい。友達も沢山いるようだ。まああの性格だから不思議ではない。上手く立ち回ることについては小学生らしからぬやり手だ。
終業を知らせるチャイムが鳴ってしばらくすると、校門からぞろぞろと小学生たちが出てきた。まずは早く帰りたいのか全力疾走しながら帰っていく子たち、続けて一人で帰っていく子たち、友達と仲良く帰る子たちと続く。
愛留は、男女混合の5人ほどのグループを形成しながら校門から出てきた。愛留を狙っているという天使も、他の子に危険が及ぶことは避けているのか、群れていれば手を出してくることはない。家の近くで他の子と別れる時まで、少なくとも安全ということである。こういうところもしたたかな愛留だ。
「愛、おかえり!」
仲間と談笑している愛留にわたしは声をかけた。ちゃんと偽名で呼ばないとね。
「あっ、お姉ちゃん!」
愛留は天真爛漫な笑みをわたしに向けてくる。可愛い。そしてお姉ちゃんって呼ばれるのはなんかくすぐったい。でも愛留の本性はドSだぞー油断するなーわたし。
「へぇ、これが噂の愛のお姉さんかぁ……愛に似て美人さんだねっ」
愛留の隣にいた少年少女たちがわたしをまじまじと眺める。美人さんです。なんてったってトップ天使だからね。えへん。
「どーしたの? みんなうか……お姉ちゃんの事が気になっちゃう?」
危ない危ない。うかがみちゃんって言うところだった。愛留がニコニコしながらも即座に殺気をまとわなかったら気づかなかった。
すると、一人の男の子がこんなことを口にした。
「おっぱいおっきいね。触ってもいい?」
だぁぁぁっ! 出ました小学生特有の無邪気なセクハラ! STのトップ天使時代も子どもたちとイベントとかで触れ合う機会があったけど、ヤツら平気でわたしの体を触りまくってくるし、もっと小さい子なんかスカートの中に入ろうとするし、ほんとに手を焼いた。
それ、大人になってやったら社会的に殺されるからね!?
「いや、それは――」
「別にいいよ、減るものじゃないし」
愛留がわたしの言葉を遮って言った。なんで愛留が許可出してるのか、わたしに……わたしに拒否権はないのか……。
反射的に愛留の頭にゲンコツを落とそうとしたけれど、隣にいたはずの愛留は、すぅーっとわたしの腕の射程圏内から外れてしまい、子どもたちの手前わざわざ追いかけるのも大人気ないと思ったので、わたしは振り上げた拳を下ろすしかなかった。相変わらず賢いやつだ。
「はしたないからやめなよ。お姉さん困ってるでしょっ!」
意外にも、助け舟を出したのは愛留の隣にいた女の子。その言葉に先程の男の子は「ちぇーっ」といいながらも、どうやら諦めてくれたようだ。……助かった。良い友達を持ったね愛留。大切にしなさいよ。
それからしばらく、愛留たちは談笑しながらゆっくりと通学路を帰宅した。わたしはそんな彼女たちの後ろからついていって、保護者気分を味わった。わたしにも妹がいたらあんな感じなのかな。うん、悪くない。むしろいい。
彼女たちの話題はだいたい「あの子がこの子を好きなんじゃないか」とかそういう恋バナ的なやつで、小学生でもああいう話するんだ……あぁ、だから愛留はマセガキなのか……とかいろいろ考えさせられた。
家への帰路を進むにつれて、一人、また一人と友達はそれぞれの家の前で別れて(わたしたちの家は通学路の外れにあった)、最後の一人の女の子を愛留が「ばいばーい!」と言いながら見送ったところで、わたしはやっと愛留に再び声をかけることができた。
「羨ましいなぁ……わたしも愛留みたいに友達がたくさんいればなぁ」
「……そんなんじゃないですよ。あたしにとって〝友達〟は偽りの自分〝中村愛〟を演じるため、そして天使から身を守るためのツールでしかないですから」
さすが愛留。したたかだ。先程友達と話してた時とは声のトーンが半オクターブくらい落ちている。これが素の愛留ってことか。
「……」
「彼らにあたしは〝愛留〟を見せることはできません。バレたら本末転倒ですから、ほんとに気が許せるのはお父さんとうかがみちゃんだけです」
「……愛留」
気を許せる友達を作ることもできない。そんな中、わたしのことを信頼してくれる愛留。わたしはそんな彼女のことがたまらなく愛おしく感じた。
すると、愛留はさっと後ろに飛び退きながら、ランドセルの脇についた防犯ブザーに手をかけた。なにごとだろうか?
「うかがみちゃんから変質者のオーラを検知しました。これ以上近づくと防犯ブザーを鳴らして騒ぎますよ?」
「や、やめて落ち着いて……?」
「落ち着くのはあなたの方ですよ。どーせあたしのことをかわいそうだとか思って同情してくれたんでしょうけど、そういうのほんといいですから」
愛留がわたしを睨みつける。相変わらずよく分からない子だが、わたしはこの子になんとも言えない魅力を感じているのも事実だ。わたしの性格を理解して上手に使ってくれる。彼女についていけばきっと何もかも上手くいく。そう思わせてくれる何かが愛留にはあった。
「ごめんなさい……」
わたしがとりあえず謝った時、なにか違和感を感じた。愛留のものとは別の、殺気と興味が入り交じったような感情を向けられている感覚……。小さい頃から他人の表情を伺いながら生きてきたわたしは、人の感情に人一倍敏感だった。そのせいでなのかはわからないが、体も敏感でよく困ることがあるんだけど。
「愛留っ!」
わたしは咄嗟に愛留を自分の背中と背後のブロック塀で挟むようにして庇った。愛留も何かを感じたのか、されるがままにしている。
わたしは周囲を見回した。誰もいない。が、確かに気配はする。
「誰? 出てきなさいっ!」
「上手く近づいたつもりなのだけど、鋭い子たちね。ふふっ」
すぐ近くの曲がり角から現れたのは、黒いコートを着てフードを目深に被った人影。声から判断すると女のようだ。
「あんなに殺気バラ撒いてたらアホでも気づくよっ!」
「あら、そんなに分かりやすかったかしら、ごめんなさい?」
わたしは急いで女の全身を観察した。女にしては長身の体。フードから覗く青い三つ編み。そして右手に光る青いブレスレット。天使か!?
「あの人、あたしを追ってる天使のうちの一人です。名前は青葉 結衣香。機装は第二世代の『マリブ・サーフ』。所属は……『光導機神教団』」
わたしの背後で愛留が囁く。名前とか機装名とか言われても正直誰なのか分からなかったし、所属もわたしは初耳だった。なんだその教団? は。
「よくわかってるじゃない? おチビちゃん」
どうやら愛留の囁きは青葉と呼ばれた女に聞こえていたようだ。愛留がチッと舌打ちする。小学生がそういうことしちゃダメだと思うよ。
「動画見てますから分かりますよ。体力バカの青葉さん。密かに人気ですからね。あとあたしはおチビって名前じゃありませんから」
「天才科学者のお孫さんに知られてるなんて、光栄ね。〝倉橋愛留〟ちゃん♪ 話が早いわ。あたしと一緒に来てもらうわよ」
青葉の放つ殺気が一段と増す。わたしは彼女に向かって二、三歩前に進み出た。
「愛留、逃げて。こいつはうかがみちゃんがなんとかするから」
「ふーん、誰かと思ったら、ボディーガード雇ったのね? でもこんな雑魚は何の役にも立たないわよ?」
その言葉にさすがに心の広いわたしもカチンときてしまった。
「言ったなぁ! 覚悟しろよ! 機装変身!」
わたしは右腕のブレスレットに手を翳して、『エメラルド・スプリッツァー』を身にまとった。ボディスーツのサイズはピッタリ。おまけに武装は最低限にして、激減したチャンネル登録者数、再生数のわたしでも無理なく運用できるように改造された機装。慎二郎さんありがとう。
「『エメラルド・スプリッツァー』……あなた、伺見笑鈴ね。ちょうどいいわ、あたしあなたにも用があったから。機装変身!」
青葉がブレスレットを掲げながら叫ぶと、その体が光に包まれ、黒いコートがそのまま黒いローブに姿を変えた。そして、彼女はフードをバサッと脱ぐ。美しい青色の髪と端正な顔が現れた。
「大丈夫。殺しはしないわ」
青葉は右手に握っていた黒い円筒型の物体を軽く振る。すると、ブゥンッ! という音と共に、そこから青い光が飛び出して、1メートルほどの刀身を形作る。――ビームの剣、ライトブレード……。あんなものを使う天使がいたなんて。
「『光導機神教団』の第二世代天使、青葉結衣香。光の導きによって汝に制裁を下します。交戦開始!」
青葉はそう告げると、凄まじいスピードでわたしに斬りかかってきた。