GENOCIDE×MAIDEN
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ところ変わって、ここは海底都市『アトランティス』。球体状のユニットの一つに殿皇アリエスの……否、彼が取り仕切る『黄道十二宮』のメンバーが集まる会議室のような場所があった。薄暗い部屋には円卓が置かれ、そこを10人ほどの様々な体格の人物が取り囲んでいる。
皆緊張した面持ちで主のアリエスが口を開くのを待っていたが、少年が約一名、こくりこくりと船を漕ぎながら眠っていた。長くてふわふわした髪は少女のようでもあるが、顔の左半分は銀色の金属で覆われていた。
すると、その隣に座っていた別の少年が、その頭をパシンッと叩いた。最初の少年はビクッとして顔を上げると、頭をブンブンと振る。
「おーい、よくこんな状況で寝れるね、カプリコーン」
「あ……うん、ごめんなさい……すやすやぁ」
カプリコーンと呼ばれた少年はどこへともなくペコッと頭を下げ……そのまま二度寝を開始した。
「だめだこりゃ……アリエス、カプリコーンのことは無視して始めちゃっていいよっ」
隣の少年――ジェミニが呆れ顔で言うと、アリエスは黙って頷いた。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない。……計画を次の段階に移そうと思う」
アリエスはそこで言葉を切って円卓の一同を見渡し、反応をうかがった。
「ついに……いよいよなんですね!」
アリエスの右隣に座って、円卓の上に乗せた大きな水晶玉に手を翳している金髪の少女――アクエリアスが、期待の眼差しをアリエスに向ける。
「いよいよいよいよッてなァ……いつになッたら俺様たちは地上に戻れるンだァ?」
「口を慎みなさいピスケス」
不満そうな赤髪の男、ピスケスを叱責する女――リブラ、そしてその様子を隣から黙って眺める寡黙な偉丈夫――サジタリアス。
「構わんよ。我々は時間をかけすぎた。人類なぞに地上の覇権を奪われていた屈辱の時間は果てしない。しかしそれは計画に万全を期していたからこそ。不満に思うのも理解できるが、今しばらくの辛抱だ。……ジェミニ、機獣化の首尾はどうだ?」
アリエスに話を振られたジェミニは待ってましたとばかりに語り始めた。
「はーい! アリエス様の言うとおり、人類たちは天使に大量のエリクサーを投与してるみたいだよ。特に第三世代天使のおねーさんなんかは侵食が酷くて、僕がちょっとちょっかい出しただけですぐに暴走しちゃった」
「……人類……アホ」
ジェミニの隣でひたすら大鎌の手入れをしていた少女――キャンサーがコメントすると、さらにその隣にいた大柄の髭面の男――レオもうんうんと頷いた。
「STとかいう事務所はもう一人第三世代をデビューさせたというし、これは天使を機獣と同じように操るというアリエス殿の目論見が上手く行きそうだな」
「しかしここで気を抜いてはいけない。私は更なる万全を期すつもりだ。……つまり実証実験だな。……スコーピス、『ヴィルゴ』の調整はどうなっている?」
アリエスに視線を向けられた長髪の男――スコーピスは腕を組みながら意味ありげな笑みを浮かべた。
「もっちろん、バッチリよぉ? いつでもヴィルゴちゃんを実戦に出せるわぁ!」
「だーからさーっ! その喋り方やめてよオカマヤローっ!」
「不愉快……」
「死ね」
どうやらスコーピスは他のメンバーの多くに嫌われているらしい。しかし本人は何処吹く風といった様子で、自身のサラサラの長髪をクルクルと弄るなどしている。
「では手筈どおりに。『ヴィルゴ』の目覚めによって真に『黄道十二宮』は完成する。そして計画は最終段階に移行する!」
その言葉に、隣のアクエリアスと、更に隣のリブラ、そしてレオが興奮した面持ちで顔を見合せた。一際大柄の男――タウラスがウォォォッ! と雄叫びを上げ、カプリコーンがまたビクッと目を覚まし、ジェミニとキャンサーがうるさそうに顔を顰めた。スコーピスがふっと笑い、ピスケスがつまらなそうに顔を背けた。サジタリアスは相変わらず無表情だ。
「アトランティスの栄光のために!」
それぞれ個性的な反応を示していた一同であったが、アリエスがそう唱えた瞬間に、全員が声を揃えて続けた。
「「「アトランティスの栄光のために!」」」
*
さて、その数時間後。ついにアリエスの計画の次段階が開始されることになる。
場所は再び変わって東京都内某所。時刻は19時を過ぎた頃だろうか。
とある公園の一角、フェンスに囲まれた三メートル四方、高さが十メートルほどの円筒型の建造物。一見するとこれが何なのか分からないし、気にもしないであろうなんの変哲もない建造物。
しかし、それは日本を機獣の襲撃から防衛している『シールド発生装置』だった。
その周囲には、三人の人影がいた。
彼女たちは『シールド発生装置の出力が一時的に落ちた』という報告を受けて駆けつけた天使たちである。しかし、大体こういう事案はどうってことはないものであり、事務所もあまり重視していないので、彼女たちは大手事務所所属であるものの主力ではない二軍の天使だった。
「はぁ……私たちに与えられる任務はいっつもこーいうじみーなのばっかり! ないわー、マジないわー」
金髪の目つきの悪い少女が制服のポケットに手を突っ込みながら不満を漏らす。
「文句言わないの。秋茜姉さんも行方不明で、『スターダスト☆シューター』も戦えない状態なんだから、今こそあたしたちがアイルを支えないとでしょ?」
赤髪のリーダー格の少女が窘める。
「とはいえ、今回もシールド発生装置に問題は無さそうですよ?」
後輩風の銀髪の少女がシールド発生装置に手を触れながら言うと、赤髪の少女は「あっそう」と応えた。
「はい無駄足ー! STもマジ人騒がせだっての! なーにが『シールドの出力ガー』だし! そうやってアイルの天使に嫌がらせしてるわけぇ!?」
「ん、まあ形だけだから。テキトーに見てテキトーに帰るだけでお給料貰えるんだからあたしは不満ないわ」
「けど、戦闘しないと視聴数伸びないんだって!」
「そりゃあそうだけども……」
言い争う金髪少女と赤髪少女。その近くでじーっと辺りに神経を張り巡らす銀髪少女。
「……なにかおかしいです。風が……これは海の……?」
「「……?」」
銀髪少女の声に、他の二人も一気に緊張感を高めて辺りの様子を伺った。
「……別に特になにも……っ!?」
笑いながら仲間の方に振り返った金髪少女は、背後から何者かに一撃を受けて吹き飛び、シールド発生装置に叩きつけられた。ぐしゃっとなにかが潰れるような音が辺りに響く。即死だった。
「っ!? 『キール・アンぺリアル』機装変身!」
「……機装変身、『シャンディ・ガフ』」
二軍とはいえ大手事務所『アイル・エンタープライズ』の天使。残りの二人の反応は早かった。二人はそれぞれ、白い羽根の生えた魔法使いのような衣装と、日本刀を持ったサムライ――分かりやすく表現するなら幕末の新撰組のような衣装を身にまとう。
しかし、二人は敵の姿を捉えられない。金髪の少女を倒した敵はまた暗がりに身を潜めこちらを伺っているという気配がうっすらと感じられるのみだった。
「な、なめないでっ! あたしたちだってやれるんだよ!」
「怒らないので大人しく出てきてください。わたしの『ザンパク=トウ』が火を噴きますよ?」
「いや、仲間殺されたんだからそこは怒ろうよ!」
「わかりにくいですが、これでも怒ってます」
「結局怒ってるんかいっ!」
あまりの緊張に、喋らずにはいられないのか、早口でまくし立てる少女たち。しかし、相手の反応はない。
「……うぁぁぁぁっ!」
と、痺れを切らした赤髪少女が手に持ったステッキからビームのような光を乱射しながら暗がりに突撃を開始した。
「……あっ」
慌てて引き留めようとする銀髪少女だったが、我を忘れた仲間はそのまま暗がりに駆け込んでいき……
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
という断末魔の叫びと共に、接続越しに仲間の死を感じ取った銀髪少女。彼女はさすがに不利だと判断して、くるっと背を向けるとそのまま駆け出した。
「……はぁはぁ、ここまで来れば大丈……夫?」
数分全力疾走した少女が、公園の出口付近で後ろを振り返ると、そこには一人の人影があった。しかし、少女にとってその人影はよく知ったものだった。しかし様子が変だ。薄暗い公園ではっきりとは見えないが、その全身に赤いものが飛び散っている気がする……返り血だろうか?
「あっ、あなたは……」
「ごめんね。本当は後輩にこんなことしたくないんだけど……ごめんね?」
少女は慌てて日本刀を振るった。猛烈な速度で振るわれた刀は闇を切り裂き……しかし相手に届くことはなかった。
「ぐっ……ブシドーとは、死ぬことと見つけたり……です」
最期に名言っぽいことを言い残して、胸部を撃ち抜かれた少女は、ゆっくりと地面に横たわった。




