SADISTIC×GIRL
やっぱり……力には代償が必要だとは思っていた。それが予想外に大きなものだったということだ。
はぁっと深く息をついたわたしに、慎二郎はやりきれないといった様子でボサボサ頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「私はオヤジが作った機装って兵器がどうも胡散臭くてね。独自に研究していたんだが、この間やっと機装とエリクサーの副作用について検証ができたところなんだ。だが、それを大手天使事務所に警告しようとしたら取り合ってもらえなかった。そればかりか私や愛留を密かに狙う天使も現れてな。おかげでこんな隠遁生活さ。私はパンドラの箱を開けてしまったということだ」
この話が事実だとしたら、それを国の機関が知ったら、非人道的だとしてエリクサーや第三世代機装の使用が禁止されてしまう。そうなると困るのは大手事務所だ。
強い天使がいなくなればスポンサーも補助金も減らされる。収入が激減してしまうのだ。そんなことをSTを始めとする大手事務所が許すはずがない。絶対口封じをしようとする。それがかの有名な倉橋博士の息子だとしても。
なるほど、だからこんなボロボロの一軒家に住んでたわけか。
「……わたしに話していいのそれ?」
「構わないだろう。危害を加えられる危険を冒してまで愛留がお前に本名を明かしたのも、お前の本質を見抜いていたからかもしれない。あの子はそういうところに鋭いからな。実際お前は愛留に危害を加えてない」
「はぁ」
なんかよく分からないけど、慎二郎のわたしに対する評価は上がったらしい。あるいはわたしの暴走が意図的なものじゃなかったというのがわかって安心したとか?
「……で、わたしは戦えるの?」
「死ぬか機獣化するっていうのはあくまでも、このまま第三世代機装を使い続けたらという話だ。上手く侵食を食い止められれば暴走せずに戦えるだろう。要は負荷をかけすぎなければいい」
よし、それが聞ければ上々だ。わたしはまだ戦える。リベンジができる。
「……提案があるんだけど」
わたしは寝台の上で体を起こしながら慎二郎に声をかけた。
「……なんだ?」
「うかがみちゃんを雇わない?」
「……?」
慎二郎は僅かに眉を動かした。わたしの発言の真意を測りかねているようだ。
「天使に追われてるんでしょ? 護衛が必要じゃない? ……あぁぁぁぁんっ!」
かっこよくキメようとしたわたしだったけど、ここで食べ盛りの胃がまたお腹減ったぁぁぁっ! ってぎゅるるっと主張してきたので、悲鳴を上げてしまった。
「ふぇぇ、ごめんなさい。うかがみちゃんは電池切れです」
慎二郎はそんなわたしの様子を見て、ふっと笑った。
「……なんというか、動画で見るお前とは印象がだいぶ違うな。多分素が良い奴なんだろう。こっちの方が親しみやすい」
「うかがみちゃんはいっつもいい子だよっ!」
「あれだな。お前は変にカッコつけないほうがいいかもしれないな」
「それはあれですか? 告白ってやつですか?」
わたしの投げつけた照れ隠しの爆弾に、複雑な表情をする慎二郎だったが、その時幸いにもバタバタと愛留が部屋に駆け込んできた。左手には2つの小さなおにぎりが乗った皿を持っている。小さな手で一生懸命握ったのだろう。わたしのために。
うかがみちゃん泣いちゃいそう。
「はいお待たせしました! あたし特製おにぎりです!」
「めっちゃ美味しそう!」
「でしょう? さあ、お口開けてください? あーん♪」
……なるほど、そう来るとは思わなかった。愛留は自分の握ったおにぎりをこっちに差し出して、期待に満ち溢れた眼差しを向けてくる。
わたしは慎二郎に視線を投げて助けを求めた。しかし、慎二郎はすっと目を逸らしてしまった。
「あーん……」
わたしは仕方なく口を開けた。すると、そこにおにぎりが容赦なく押し込まれる。
「むぐぐっ……」
愛留ちゃん、意外とドSか? ていうかおにぎり作る時にちゃんと手洗ったよね? ポポを触った手でおにぎり握ってないよね? 心配になってきたよ。
「美味しいですか?」
人が拳大のおにぎりを一口で食べきるべく苦しんでいるわたしに対して即座に感想を求めてくる愛留(ドS)。美味しいけど、すぐには返事できない。
「ん……もごもご……」
「そーですか! よかったです!」
えっ、何がよかったのだろう。まあ本人がよかったと言ってるんだからよかったのだろう。うん、そういうことにしておこう。
「で、どこまで話したか。あ、あれだな。雇うっていう話だな」
しばらくして慎二郎が再び口を開いた。
「えっ!? うちでうかがみちゃんを雇うの!? やったー!」
すると愛留が明らかにハイテンションな叫び声を上げた。慎二郎は露骨にしまったといった表情をした。こうなってしまってはもう選択肢がなくなってしまう。つまりわたしを雇うしか……
「あぁ……ってことで、お前を雇うことになった」
「よろしくお願いしますっ! 伺見 笑鈴、ご期待に添えるように頑張りますっ!」
「わーい! とぉぉっても嬉しいです!」
明らかに愛留のテンションがおかしい。
「すまんな。愛留は天使オタクなんだ」
「えぇっ!?」
「えへへっ、お恥ずかしい限りですけど、あたし天使が大好きなんですよ。天使のこと、機装のこと、なんでも知ってますよ? えっへん。……あたしにも才能があったら天使になってるんだけどなぁ……」
得意げな表情で胸を張る愛留の頭を、慎二郎は軽く叩いた。
「アホ、お前には適性がないと何度も言っただろう。髪だって私に似て真っ黒だろうが」
機装への適合率の高い者は、髪色が鮮やかな者が多い。理由は判明していないが、何やら古代アトランティス人の血が突然変異で濃く混ざっているからだとかなんとか。大体の場合、髪色に似た色の機装に適性があるとされている。黒髪でも一流天使になれた『ΣCROSS』のような例外もいるが、一般的にはそう言われている。
確かに愛留の髪色は、一部の隙もないほど真っ黒だった。父親も黒なのだとしたら、適性はない可能性が高い。
「大丈夫だよ、心配しなくても愛留やお父さんはうかがみちゃんがちゃんと守ってあげるから」
「でもその機装、第三世代の『アラウンド・ザ・ワールド』じゃないですよね? 第二世代の『エメラルド・スプリッツァー』じゃないですか? ザコじゃないですかぁ」
「……ざっ、ザコ?」
こいつ、ブレスレットを見て機装名を当ててしまった? アラウンド・ザ・ワールドとエメラルド・スプリッツァーはブレスレットの状態ではあまり違いはないので分からないかと思っていたけど……さすが天使オタクだ。
「そうですよ。第二世代じゃあ『未確認』を倒すことはできません。しかもエメラルド・スプリッツァーは第二世代の中でも初期型、時代遅れです」
「おーい、散々な言われようだなぁ……そんなにお仕置きをご所望なら、三角木馬に乗せんぞこのクソガキ」
さすがにイラついたので、小学生の知らなそうな単語使って罵ってやった。すると愛留は目を細めながらこんなことを言ってきた。
「自分が乗りたいだけじゃないんですかぁ?」
「なっ!?」
「えへへっ、あたしだんだんうかがみちゃんのことが分かってきちゃいました♪」
愛留の表情はドSそのもので末恐ろしいマセガキだ。天使オタクで様々な天使の動画を見てきて得た知識と頭の回転なのだろうか。天使の中にはアイルの秋茜みたいに際どい動画上げてるやつもいるので、知っていても不思議ではない。……ということはさっきの獣姦も実は知ってたりしたのかも……?
あまり喋らないようにしよう。彼女は(恐らく無意識に)周りの人間を……父親すら自分の思い通りに動かす節がある。ペースを掴まれるとどんどんわたしが墓穴を掘っていくだけだ。
そんな危ないやり取りをしていると慎二郎に頭を叩かれた。ついでに愛留の頭も叩かれる。お父さん、人の頭をドラムと勘違いしてない?
「なにやってんだお前ら、仲良すぎだろ」
仲悪すぎの間違いでは?
でも不思議と不愉快ではない。ずっと誰かの陰に隠れて劣等感を持っていたわたしは、もしかしたら誰かに手綱を握られて支配されるほうが安心するのかもしれない。そして、賢くて動物の世話も大好きな愛留はその役に適任だったということなのだろう。……果てしなく不本意だが。
こうして、護衛天使のわたしとドS少女とお父さんの奇妙な共同生活が始まるのだった。