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機装天使のアポカリプス 〜アイドルヒーローは世界を救う!〜  作者: 早見 羽流
第3章 武装天使エメラルド・スプリッツァー
28/59

PROCLAIM×IMPACT

「いいからついてきてください? お父さんも悪いようにはしないと思うから……」


 愛留(める)はリードを握っていない左手でわたしの左手を握って引っ張ってくる。……どうやらわたしに拒否権はないらしい。でもわたしは倉橋博士の名前を出されてひょこひょこついていくほど尻軽じゃない。愛留が嘘ついてる可能性もあるし。連れていかれて何されるか分かったもんじゃない。


「嫌だよ。うかがみちゃんが一緒にいたら愛留にも、お父さんにも迷惑がかかっちゃうよっ」


「大丈夫だって言ってるじゃないですか!」


 わたしと愛留はそんな感じで腕の引っ張り合いをしていた。でも、しばらくして空腹に耐えかねたわたしのお腹が、ぐぎゅるるっと鳴ってしまった。

 濡れるのも寒いのも我慢できてもこれだけは無理。生理現象だから。


「やだもーっ恥ずかしいっ!」


「うかがみちゃんお腹ぺこぺこじゃないですか! あたしがおにぎり作ってあげますよ? だから来てください?」


「言うなーっ、食べ物で釣ろうとしてもそうはいかないよっ!」


 なんで小学生に食べ物を恵んでもらわなきゃいけないのか……でも本心ではこの子の握るおにぎりがすごく食べたかった。しょうがないよね生理現象なんだから。


「強情な人ですね。ポポをけしかけますよ?」


 さっきまでワンワンうるさかった柴犬のポポは、愛留が器用に右手で首を撫でているので今は落ち着いている。でも手を離したら……? リードがついていなかったらわたしに噛み付いてきそうな勢いだった。


「むっ……獣姦(じゅうかん)とはマニアックな……」


「ジューカン……?」


 ……小学生に教えてはいけない単語だった。わたしとしたことが口がつい滑ってしまった。


「もーう、わかったわかった! ついて行けばいいんでしょついて行けば! お言葉に甘えてあげるルンッ♪」


 愛留との会話ですっかり猫を被りなおしたわたしは、ゆっくりと立ち上がった。愛留が傘を持っていなかったのでおかしいなと思っていたけど、どうやら雨はとっくに止んでいたらしい。気づかなかった。


 そもそも愛留も、ランドセルを背負った学校帰りっぽい格好なのに、犬を連れているとかだいぶよく分からないところがある。まあ、とりあえずついていけば分かるだろう。いざとなったら機装(ギア)もあるし。


「やりました!」


 何故かとても嬉しそうな愛留。その顔を見ていると、とても嘘をついたりわたしを騙そうとしたりしてるようには思えなかった。


 愛留が歩き出すと、柴犬のポポが彼女を先導するように走り始める。愛留は右手でリードを握りながら、ポポに引っ張られるようにして小走りで歩く。そして、左手でわたしの左手を引っ張るので、自然とわたしも小走りになってしまう。


 そんな感じでどれほど歩いただろうか、愛留は住宅地の一角の小さな一軒家の前で足を止めた。赤い屋根の二階建て、この時代には珍しい木造の一軒家だろうか。築年数はだいぶ古そうだ。


「ここが我が家です」


「うそぉ!?」


 機装を開発した倉橋源一郎博士は、もちろんその研究成果で莫大な財を成したと聞いている。てっきり大豪邸にお住いかと思っていたけど、まさかこんな庶民的な一軒家だとは……。


「どしたんですか?」


「え、ううん、なんでもないよ」


「そうですか。さあ、遠慮なく上がっちゃってください」


 愛留は、猫の額ほどの庭に設置されている犬小屋にポポを入れると、一軒家の玄関のドアを開けてわたしを中に招き入れた。

 玄関に入ってまず感じたのは、木の匂い。落ち着く匂いだ。わたしも天使になる前はこんな家に家族と住んでいたような気がする。よく覚えていないけど。


「ただいまー! お父さんいるー?」


 愛留は靴を脱いで綺麗に揃えると、玄関の近くにあった階段の上の方に向かって叫んだ。わたしも小声でおじゃましまーすと言いながら靴を脱いで板の間の廊下に上がる。


「愛留か、おかえり」


 階段の上から、白衣を着た40代くらいの男が顔を出した。髪はボサボサ、無精髭を生やし、黒縁の眼鏡をかけている。清潔感がない。これが倉橋博士の息子、愛留の父親、倉橋慎二郎だろう。

 慎二郎と、愛留の隣に立っていたわたしは目が合った。わたしはペコッと会釈した。途端に慎二郎の表情が明らかに険しくなる。……やっぱり、予想通りだ。普通の人が今のわたしを見るとこうなる。愛留が特殊だっただけだ。


「愛留。お前はほんとに、出かける度に何か拾ってくるなぁ。犬とか猫とか、今日は人間を拾ってきたのか」


 慎二郎は階段を途中まで降りてくると、無精髭を神経質に手で撫でた。


「えへへ、あたし困ってる人放っておけないんだよね。ごめんなさい。でも助けてあげてほしいの」


「何を助けるんだ。お前、LIVE配信を見てたんだろう? こいつは仲間の天使(アイドル)を平気で攻撃するような――」


「平気じゃないよっ!」


 慎二郎の言葉を遮って、ついわたしは声を上げてしまった。


「なに?」


「……平気じゃ……ないよ……うかがみちゃんだって仲間は大切だもん……」


 わたしのせいで、関枚(せきひら)姉妹は死に、他にも行方不明や負傷した天使もいる。全部わたしが悪いのはわかってる。でも……だからこそわたしは負けられない。このまま終われるわけがない。


「うかがみちゃん……」


 愛留の心配そうな声。わたしは小さく「ごめんなさい」と呟いた。慎二郎はなんの反応も示さなかった。


「とりあえず足! お父さん、うかがみちゃんの左足を見てあげてほしいの」


 愛留は有無を言わさぬ様子で言うと、わたしが反応するより素早く、わたしのハイソックスを引き下ろして、ふくらはぎを露にした。


「やーん、えっちー!」


「もうそのやり取りはいいですから!」


「……」


 わたしのボケにキレのいいツッコミをする愛留。慎二郎は相変わらず黙っていたが、その表情は明らかに動揺していた。


「……愛留、私はこいつを診るから、二階に上がってなさい」


「うんわかった。じゃあおにぎり作ってくるね。うかがみちゃんお腹ぺこぺこなんだって」


 慎二郎の言葉に愛留は頷くと、タッタッタッと素早く階段を上って階上に消えてしまった。


「……勘違いするな。私はお前をこれっぽっちも信用していない。ただ、研究対象として興味があるだけだ。愛留にもしものことがあってみろ、容赦はしないぞ伺見笑鈴」


 慎二郎は愛留に話す時よりも低く、ドスの効いた声でわたしに話しかけてくる。


「なにもしないよ。心配なら機装預かってる?」


 わたしは右手首のブレスレットを外して差し出した。しかし、慎二郎は首を横に振った。


「いや、機装の対策くらいはしてある。なにせオヤジが開発した兵器だからな。どうとでもなる。私も天使に追われる身なのでね」


「……?」


 わたしはブレスレットをはめ直すと首を傾げた。どうして慎二郎は天使に追われているのだろう? トップ天使のわたしでも、倉橋博士の息子を追えなんて指示は受けたことはなかった。

 だとしたら一体誰に……?


「なんだ、知らないのか。詳しく話す気は無い。……こっちに来い」


 慎二郎は無理やり話を打ち切ると、一つの部屋にわたしを案内した。その部屋にはポツンと寝台が一つ置いてあるのみの簡素な部屋だ。寝室だろうか?


「寝台に横になれ。左足の靴下は脱げ」


 わたしは言われたとおりにした。慎二郎はわたしの左足の金属のようなもので覆われている部分をじーっと観察している。そして徐ろに撫でるように触れる。


「主成分はタングステン、モリブデン、ダイヤモンド……そしてウルツァイト窒化ホウ素、ロンズデーライトってとこか……? 精密検査してみないと分からないが」


 ブツブツと呟く慎二郎。何語で喋っているのか、わたしにはちんぷんかんぷんだ。


「要するに機獣の体表とほぼ同じ組成だ」


「……じゃないかと思ってた」


 見た目と触れた感じがそっくりだったので、わたしもそうなんじゃないかと思ってた。いつも嬉嬉として倒していた機獣の一部が、わたしの体に宿っているっていうのはなんというか……だいぶ不気味だった。


 慎二郎は左足の患部だけではなく、わたしの右足にも触れてきた。なんかくすぐったい。そして、グリグリと押し込むように……何をしているのだろう。地味に痛いんだけど。

 慎二郎の触診はなおも続き、左足の太ももを触り始めところでわたしはさすがに問い詰めた。


「なにしてるの? 怒るよ?」


「侵食具合を確かめてるんだよ。別に変なことしてるわけじゃない。私にも妻がいるんだ」


 あー、そうですか。


「で、どうなの? 治る?」


「……詳しくはよく分からないが、治らないだろうな。しかもそれだけじゃない」


「……?」


 首を傾げるわたしに、慎二郎は解説を始めた。


「天使は機獣の体液から作られる『エリクサー』を接種して適合率を上げるだろう? それは要するに、()使()()()()()()()()()()()()()ことで、機獣と同じ金属で作られた機装を操るための適合率を上げているのさ。これは事務所は天使に伝えていないことだがな」


 確かにわたしはそんなこと全然知らなかった。


「……へぇ」


「今主力で活躍してる天使は大体、骨や筋繊維なんかは侵食されてるんじゃないか? でも、侵食が体表に及んでいるケースは初めてだ。……原因はいくつか考えられるが……恐らくエリクサーの過剰投与、そして第三世代機装の長時間運用」


 わたしは気になる質問を投げかけた。


「……で、わたしはどうなるの?」


 慎二郎はため息をつくと、白衣のポケットに両手を突っ込みながら静かに告げた。


「――このままだと、じきに死ぬか機獣になるな」

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