彩葉反省! スターの道は厳しい
落ち着いた口調だけど、この人言ってることが怖すぎる。私は黙ってこくこくと頷いた。ライトブレードって多分ビームを放出する剣のことだよね。どうしてそんなものを持ってるの……?
すると、口を塞いでいた手が外されて、私は初めて背後にいた人物の姿を見ることができた。
黒いコートに身を包んで、フードを目深に被ったその姿は明らかに怪しいけれど、フードの右側から垂れている青い三つ編みがなかなか可愛い。そして身長が高い。私よりも5センチ以上――170は超えているだろう。
「聞き分けのいい子は好きよ。……乱暴して悪かったわね。これからいくつか質問するけど、あなたは首を縦に振るか横に振るかで答えてちょうだい。くれぐれも声は出さないように」
私は黙って頷いた。相手の目はフードでよく見えないけれど、動く口元は見える。そこから推測するとかなり美人っぽい。
「あなた……天使よね? 『青海プロダクション』の梅谷彩葉。そうでしょ?」
一瞬迷ったけれど、私はもう一度頷いた。今更隠してもしょうがない。
「……この男に見覚えはないかしら?」
女の人はコートのポケットから携帯端末を取り出して、画面を私に見せてきた。覗き込むと、そこには眼鏡をかけて無精髭を生やした40代くらいの男が映っていた。科学者なのか、白衣を着ている。……もちろん私には見覚えはない。
私は首を横に振った。
「……そう。じゃあこの子は?」
女の人が男の画像を細い指で横にスライドさせると、今度は黒髪の小学生くらいの女の子の画像が映し出された。髪は左右で結んで肩の辺りに垂らしており、ピンクの服を着て赤いランドセルを背負っている。こちらに向けて笑いかける笑顔が眩しい。
私はもう一度首を横に振った。可愛い子だけど残念ながら知り合いではない。
私の反応を確認すると、女の人は一言
「全く、どこに駆け込んだのかしら……」
と呟いた。私は首を傾げる。あなたは誰? その人たちを探してどうするつもり?
聞きたかったけど、聞けなかった。喋るなって言われてたし。
女の人は私の目をじっと覗き込んでくる。髪色と同じ色の鮮やかな青い瞳が覗いた。……ほら、やっぱり美人だ。
「……どうやら嘘はついていないようね。お友達のところに戻っていいわよ。あたしのことは……忘れてって言っても無理だろうけど、誰にも言わないで。あの赤い子……大切なんでしょ?」
……この人、柊里ちゃんに手を出すつもり……? 相手の実力が分からない以上、下手なことはしない方がいい。
私は渋々頷いた。
「ありがとう」
女の人はそう言うと右手でフードを深く被り直した。その手首に青く光るものが見えた。あれってもしかして……?
「……あなたも、天使なんですか?」
思わずそう尋ねていた。まずいとは思ったけど、どうしても聞かずにはいられなかった。でも、幸運なことに私の胸はライトブレードで貫かれることはなかった。
「……まあそんな感じよ」
意味深な表情をチラッと見せると素っ気なくそれだけ答えて、女の人は階段を降りて去っていってしまった。私はしばらくその場を動けなかった。ものすごく怖い思いをしたはずなのに、不思議とあまり恐怖を感じていなかった。むしろ、見知らぬ女の人に対する純粋な興味のほうが強かったかもしれない。
見たことの無い天使……恐らく大手事務所所属ではない。それに、二人の人物を探している。……なんのために?
「おい、どこに行ってたんだセンパイ」
すると、私の後ろから柊里ちゃんの声がした。振り返ると、そこには心配顔の柊里ちゃんがパーカーのポケットに手を突っ込みながら立っていた。
「あはは、ごめんっ! ちょっと迷ってて」
私は咄嗟に誤魔化した。これだけ筐体が乱立するゲーセンなんだから、迷っても仕方ないよね。そう考えてついた嘘。柊里ちゃんはどうやら信じてくれたようだ。
「全く、センパイは方向音痴だな……」
「ごめんごめん……」
ふぅ……ここで鋭い柊里ちゃんが発動しなくてよかった。
「そろそろ帰るか。今日はありがとう。楽しかった」
柊里ちゃんは私がゲームのしすぎで疲れているとでも思ったらしい。確かにそれはあるけれど、私はさっきのことがすごく気になっている。柊里ちゃんには悪いけど、お言葉に甘えて、帰宅して考えを整理したいな。
「私も楽しかったよ! またしようね。デート!」
「で、デート……うん」
何故か柊里ちゃんは顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。もう、そんなに照れなくてもいいのに……。可愛いなぁ。
私はそんな柊里ちゃんの手を握って階段を降りたのだった。
*
「うーん……」
翌日、私は通っている高校の、立華女学院の教室で一人うわの空だった。あの後、各事務所に所属している天使を探して、あの青髪の女の人を探したけれど、それらしき天使はいなかった。ということは事務所に所属していない天使ということになる。
天使にとって、事務所に所属せずにソロで活動することはリスクが高い。なぜなら、動画撮影、編集、機装の整備、作戦の立案、戦闘訓練、SNSの発信、その他様々なことを自分一人でやらなければいけなくなる。それはとても負担がかかることだ。少なくとも私にはできない。
「彩葉今日は珍しく心ここに在らずって感じだねー」
「昨日柊里ちゃんとデートしたんだって? もしかして惚れちゃった?」
お昼の休み時間になった途端に、私の席の周りに親友のナギサとカエデが集まってきて、口々にそんなことを言ってきた。
「うーん……」
私が生返事をすると、二人は肩を竦めた。
「やっぱりね。こりゃあ恋ですなぁ」
「柊里ちゃん、あんな小さいのにやるねぇ」
「もーう、黙って聞いてたら好き勝手言ってぇ! 違うからね?」
流石に私は二人に苦言を呈した。柊里ちゃんと私はそんな関係じゃない。
「でも、天使たるものいついかなる時も気を抜いちゃいけないよ?」
「そうそう、いつ機獣がやってくるか分からないんだからね?」
二人の言う通り、機獣は神出鬼没だ。授業中だからといって侵攻を待ってくれるわけじゃない。私だって、中学高校と、数え切れないほど授業中に抜け出して戦いに行ったことがある。それでもなんとか私が成績上位を維持しているのは、ノートを見せてくれる優秀な親友のナギサとカエデのお陰、そして授業をちょくちょく抜けることを許してくれている先生たちのお陰以外のなにものでもない。
「えへへ……そうだよね。ごめんありがとう」
ぼーっとしていられない。反省反省。私はパンッと自分の頬を叩いて気合いを入れ直した。
「よーしっ! 午後もがんばるぞーっ!」
そう叫ぶと、水筒のお茶を口に含んだ私。甘いものが好きな私にとって、スイーツに合う熱いお茶は必需品だ。水筒も中身が冷めにくいホット用のものを愛用している。あー、美味しい。これで午後も頑張れる。
そんな私の目の前に、ナギサとカエデはスッと同時に自分の携帯端末を見せてきた。……そこに映っていたのは……
「……ぶぅっ!?」
私は思わずお茶を吹き出した。なんと、そこにはまたしても東京港へ押し寄せる機獣たちがライブ映像で映っていた。これ今の東京港……? どうして、なんで私は念話で呼ばれないの? 私も戦いたいのに、ほんとに休んでなきゃいけないの?
「あーっ、私のスマホを濡らさないで!」
いや、アンタのせいでしょうナギサ!
「あたしのスマホは防水だから」
そこじゃないでしょカエデ!
「ナギサ、カエデ、ごめん私行かなきゃ!」
「行ってらっしゃい! 柊里ちゃんも戦ってるよ」
「先輩のかっこいい所見せてやって!」
二人のその声に背中を押されて、私は東京港へと走り出した。