守れ後輩の恋! 彩葉はキューピット
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「あーっ、また負けた! もう勝てないよこれー!」
私は薄暗いゲーセン――ゲームセンターの筐体の前で天を仰いだ。この、機獣襲来以降あまり進歩していないゲーセンには、西暦2000年代とあまり変わり映えのしないビデオゲームが並んでいる。筐体は進化しないけどゲームの新作は出るので、ゲーム業界も廃れてはいないということがわかる。
柊里ちゃんに教えてもらいながら、私は『天使ウォリアーズ』とかいう天使が題材の格闘ゲームをやってみたんだけど、私はどうもアクションゲームというものが苦手らしい。CPUの3ステージ目くらいでいつも負けてしまう。
「諦めるな。諦めたらそこで試合終了だぞ。……ガードを固めろ。敵の攻撃に合わせてカウンター。ヒットしたら弱攻撃、強攻撃、突進技、追加攻撃、必殺技。初心者はこれだけできればだいぶ削れる」
「そんな簡単にいかないよ……やっぱり私はリアルで戦う方が向いてるみたい」
ちなみに私が使っているキャラクターは『梅谷彩葉』。要するに自分なんだけど、自分の体みたいに思い通りには動いてくれない。柊里ちゃんによるとこのゲームの彩葉ちゃんは〝初心者が使うのは難しい〟キャラクターらしい。そんなのアリ?
「仕方ないな。もう一回お手本を見せるぞ」
柊里ちゃんは私を押しのけて筐体の前に座ると、コインを投入して、キャラクター選択画面で彩葉ちゃんを選択する。
そしてゲームが始まるや否や、柊里ちゃんの操る彩葉ちゃんはCPUをボコボコにし始めた。敵を空中に打ち上げて、そのまま空中でコンボを加える彩葉ちゃんを見て私は鼻を鳴らす。
「ふんっ、私はこんな戦い方しないもんね」
そういえば少し前にゲームのボイスの吹き込みのオファーがあったんだけど、このゲームに使われてたのか私の声……次から受けないようにしようかな? まあ私みたいに弱小事務所の天使がゲームに参加できてるってだけでも少し嬉しい気もする。柊里ちゃんはもちろん参加できてないわけだし。
「……とまあこんな感じだ」
最初の敵を三ラウンド先取戦でストレートで倒した柊里ちゃんが得意げな表情でこちらをうかがってくる。と言われても、レベルが高すぎて私には何がなんだかよく分からなかった。多分褒めてほしい年頃なのだろう。可愛いけれど少しイラッとする。意地悪したくなっちゃう。
「ふーん、なるほどねぇ……」
私はそのまま筐体の反対側へ回ってコインを投入した。俗にいう〝挑戦乱入〟。プレイヤー対プレイヤーで戦うモードだ。
「なんだ彩葉、わたしに勝てるとでも……っ!?」
余裕をかまし始めた柊里ちゃんは、私が選択したキャラクターを見て息を飲んだ。そう、私が選択したのは『伺見笑鈴』。ゲームバランスが崩れるほどの強キャラクターで〝遠くから射撃してるだけで勝てる〟〝つまらないから誰も使わない〟と柊里ちゃんから予め注意を受けていたキャラクターだ。
「……じゃあ、始めよっか♪」
私はゲーム内のうかがみちゃんのボイスに合わせて呟くと、遠くから一方的に攻撃して柊里ちゃんの操る彩葉ちゃんを倒した。ゲームとはいえ私をボコボコにするのは気が引けるし、被弾した時やKO――強制解除の時のセリフも私が吹き込んだやつだったから罪悪感が湧いたけど、やっぱり勝つのは嬉しくて、少しだけこのゲーム好きになったかも。でももしリアルで笑鈴と私が戦うことになったらあんな感じでやられちゃうのかな……第三世代機装……私にも欲しいな。
「……はぁ」
「人をボコボコにしておいてため息つくな。アホらしくなる」
敗北した柊里ちゃんが私の背後にやってきて言った。
「うーん、ちょっと気になることがあってね」
「まだ昨日のこと気にしてるのか?」
……やっぱり柊里ちゃんは鋭い。
「いや、あの選択に後悔はしてないよ? 柊里ちゃんのことや事務所のみんなのことは大事だし! 私だけいい思いしようなんてそんなことできないよ!……でも」
「……」
柊里ちゃんは黙って続きを待っている。空調の風で柊里ちゃんのアホ毛が揺れている。可愛い。真面目な表情とのキャップが萌える。
「この力で本当にみんなを守れるのかなって……」
あの後、私は笑鈴に言ったのだ。
『笑鈴、決めたよ。私はSTには行かない。これからも青海プロダクションの天使としてやっていくよ』
って。一瞬揺らぎかけたのは事実だけど私は結局、青海を選んだ。力よりも仲間を選んだ。知名度やお金よりもやりがいを選んだ。
笑鈴はその答えを聞いて
『えーっ、うかがみちゃんはもう一回彩葉とやりたいなー?』
とかぶりっ子モード全開で言ってきたけど、多分本心じゃない。社交辞令ってやつだ。彼女もうすうす気づいていたはずだ。だからそれ以上は、何も言って来ることはなく、その後すんなりと帰ってくれた。
ちなみにその時、柊里ちゃんは嬉し泣きしてた。
今の柊里ちゃんはあの時の涙脆い柊里ちゃんではなく、いつもの鋭くてキリッとしている柊里ちゃんだったので、私の弱音にこう答えた。
「大丈夫だセンパイ。ひとりじゃ守れなくてもわたしがいる。二人ならやれる。そのための仲間だろ?」
「……ひ、ひまりちゃぁぁぁん」
「うわ! 泣くなよセンパイ! あのヤリ○ン天使が言ってたとおり、ほんとに泣き虫なんだな……」
「ぐすっ……うるしゃい……」
私は涙を拭うと、立ち上がって柊里ちゃんの小柄な身体を抱きしめた。それくらい嬉しかった。柊里ちゃんは後輩として私の背中を追いかけてるだけじゃなくて、共に並んで戦おうとしてくれている。それだけで私は……
「苦しい離せ殺す気か」
「嫌だ離さないもん」
「落ち着け、情緒不安定か。深呼吸しろ」
「すーはーすーはー」
「出来てない。仕方ないな、なにか他のこと考えろ。例えば好きな人のこととか」
「柊里ちゃんの好きな人、気になる」
軽い気持ちで言った言葉だけど、柊里ちゃんはうーんと唸りながら真面目に考えてくれているようだ。……なんか申し訳ない。
「いるけど言わない」
「えっ、そう言われるとすごく気になる! 事務所の人?」
「……まあ」
「誰? マネージャーさん?」
「なわけないだろあんなもやし……」
柊里ちゃんは私のめんどくさい絡みにも嫌な顔せずに答えてくれている。彼女なりに私を気遣ってくれているようだ。
それなら私も柊里ちゃんの恋が実るように頑張らないとね!
「応援するから教えてよ! 私からこっそり伝えてあげても……」
「いや、それは無理だな」
「なんでよ? もしかしてPさん? 確かにPさんかっこいいよね。ちょっとミステリアスなところもいいよね!」
「……なあもういいだろ、そろそろ離せ」
「メイクが崩れてるから恥ずかしい……」
「トイレで直してこいよ」
そんな感じのやり取りをして、渋々私は柊里ちゃんを解放してトイレへ向かった。
手早く目の周りのメイクを直して後輩の元へ戻ろうとすると……突然背後から何者かに口を塞がれた。しまった。油断した。周りのゲームの音が大きくて背後から近づく足音に気づかなかった。
「ん、んんっ……」
「大人しくしてて、そうしたら酷いことはしないから」
背後からそう耳元で囁いてくる女の人の声がする。聞いた事のない大人びた声だ。……誰だろう? どちらにせよ口を塞がれていては変身もできないし、相手の姿が見えないのでどう対処していいか分からない。
私が抵抗をやめると、女の人は私の口を塞いだまま、ゲーセンの奥の階段の辺りまで連れてきた。
「いい? これから手を離すけど、くれぐれも騒がないこと。悲鳴でもあげてごらんなさい。あたしの『ライトブレード』が瞬時にあなたの胸を貫くわよ?」