食らえっ! プロローグだ!
新作ですよろしくお願いします!
今回のテーマは『特撮ヒーロー』ということで、特撮をあまり知らないPの私が「特撮ってこんな感じでしょ?」という想像を元に書いた物語です。
『――か』
ノイズ混じりの微かな声が聞こえる。
『誰か、動ける奴はいないか!』
切迫した青年の叫び声。その声を頼りに、私は意識の糸を手繰り寄せる。
全身に感覚が戻ってくると同時に、全身を這い回るような痛みもおまけでついてきた。
――だめだ、起き上がれそうにない。
機装の消耗率は90%といったところだろうか。活動限界も近い。視聴者が敗北を確信してリアルタイム配信の視聴率も下がっているのだろうか、はたまた配信機器が破壊されたか……エリクサーの供給もない。指揮官からの指示もない。
いずれにせよ、住民の避難が完了するまではなんとしても私たちで〝敵〟を足止めするしかない。
私は急いで接続を確認する。接続を通じて伝わってくる味方の状況――生存十名、うち戦闘続行可能二名。
『誰か!……っ!? や、やめ……ぐぁぁっ!?』
――訂正、一名になった。
さっきまで必死に味方に念話で呼びかけていた青年は、呆気なく〝敵〟に撃破されてしまったようだ。この場合、下手に騒いだりウロウロしたりせずにまずは静かに様子を探ることが得策だというのに。とはいえ、この状況では焼け石に水なのだが。
――状況は絶望的。
――しかしまだ諦めることはできない。
この作戦で、私たちは総勢52名の天使で隊列を組んでいた。大手、中小関係なく、全ての事務所から選りすぐられた精鋭。男女問わず特に戦闘力の高い者が集められた『日本国』が誇る精鋭部隊。対する敵は、数は多かれど雑魚ばかり。彼我の戦力差を鑑みればこの作戦は日本国側の大勝利で終わることは疑いようもなかった。
――しかしなんだこの醜態は。
舞台は破壊され、味方は壊滅寸前。虎の子の〝塔〟も破壊されてしまった。
言い訳をすると、予想外の新手が現れたのだ。だがたったの五体、しかしそいつらはまるで人間のような容姿をしており、なによりめっぽう強かった。百戦錬磨の味方は一人また一人と散っていき、熾天使である私も敵の刃を連続で受けて気を失ってしまっていたようだ。
この事態を予期していなかった上層部は住民の避難誘導でてんてこ舞いのようだ。なんとしても住民の被害は最小限に抑えねばならない。今後の天使の評判に関わるし、なによりも
――それが私たちの仕事だから!
ここで私は初めて目を開いた。と同時に地獄のような光景が飛び込んできた。
赤く燃える慣れ親しんだ函館の街並み。崩れ落ちる〝塔〟すぐ隣で頭部から滝のように血を流し、目を見開いて倒れている少年――仲間……だったもの。そういった仲間たちの間を、ザッ、ザッ、ザッと規則的な足音で歩き回りながら、念入りにトドメをさしていく〝敵〟。
そのまま少し視線を動かして自分の体を確認すると、私の純白の衣装は真っ赤に染まっていた。味方の血か、敵の血か、自分の血か、分からないが多分全部だろう。
常人なら発狂するようなショッキングな光景だったが、ある程度覚悟を決めていた私は、その光景を現実として瞬時に受け入れることができた。
であれば私に出来ることはただ一つ。この絶望的な状況の中で悪あがきをする。敵に少しでも損害を与え、住民の避難のための時間を稼ぐ。
それが天使の使命だ。
規則的な足音――時折上がる断末魔の悲鳴――恐らく動けない味方を〝敵〟が殺戮しているのだろう――生存者はあと四名――私はじっとその時を待った。
私にトドメをさそうとした時――その時にそいつを道連れに自爆してやる――頼むよ私の機装――カミカゼ――私は残されたエネルギーを全てカミカゼの自爆機構に回した
――ザッ――ザッ――ザッ――ザッ
足音は私のすぐ近くで止まった――来るか?――敵が剣を振り上げた時がチャンスだ――
――轟音(ドオッ!)――爆風(ブワッ!)
私が顔を上げるより前に、目の前の〝敵〟に向かってなにかが突っ込んでいった。
「あたしの目の黒いうちは、ここから先へは行かせない!」
〝敵〟を殴り飛ばしながら言ったのは、よく見知った後ろ姿――ダークブラウンの衣装に全身を包まれた少女――その右手には大きな篭手が装備されている――熾天使にして私の頼れる相棒――早見 怜
「――!」
私はその名を叫ぼうとして、ゴボッと血の塊を吐き出した。
全身にダメージが回っている。怜を援護したくてもできないのがもどかしい。……私にはもう自爆しか手がない。
起死回生の一撃に思えた怜の拳。しかし敵は数メートル吹き飛んだのみで、首の後ろに手をやりながら何事も無かったかのように立ち上がった。なんて防御力だ。
「――ッてェなァ! ニセモノの分際で俺様に一撃加えるたァ、その勇気だけは褒めてやるゼ」
合成音声のような耳障りな声。
驚いたことに〝敵〟は人間の言語を解するようだ。今までの敵は人間を無作為に襲う無機質な機械『機獣』であったが、この〝敵〟は強さと知能の両面で『機獣』を大きく凌駕していると言わざるを得ない。
私は改めて〝敵〟の姿を観察する。顔面、胴体、手足の存在した人間のような容姿、しかしその表面は顔面まで全身を紫の装甲に覆われており、「人間のような」としか形容のできない見た目だった。手には同じく紫で大きく鋭い両手剣を握っている。
「その装甲……機装じゃない。機獣と一体化してる……?」
「フン、だったらなンだってンだ。これが人間のあるべき姿だ。ギアなンていうニセモノを使っているオマエらが俺様に敵うはずがねェンだよォ」
怜の呟きに〝敵〟はバカにするように吐き捨てると、スッと文字通り〝消えた〟。
「――っ!?」
ドスッ! と鈍い音――怜が息を飲む。
私の目の前に庇うような姿勢で仁王立ちしている怜――私の方をチラッと伺うと、怜はにっこり笑った――あなたは生きて――そう言われた気がした――その足元に赤い水溜まりがひろがる――私は声を上げることもできずに唯一動く左手を必死に伸ばした。
しかし、その手が怜に届くことはなく。
ゆっくりと怜の体は前に傾いていき、ドサッという音を立てて地面に倒れた。熾天使を一撃で葬るなんて……恐ろしい敵だ。こんなやつがあと四体もそこら辺をうろついている。
――勝てない。
私の心の中に湧き上がった感情は、相棒を失った悲しみよりも、正体不明の〝敵〟に対する恐怖だった。
「あーァ、呆気ねェの。もうちっと骨のあるやつはいねェのかねェ……」
〝敵〟は怜の隣に現れ、その顔を覗き込みながら頭を踏みつけた。
「!!」
その行為に頭が真っ白になった私は咄嗟に〝敵〟に向けて左手を伸ばして残った力全てを込めた攻撃を放つ。私の手から無数の白い糸が伸びて〝敵〟の体にぐるぐると巻きついた。そのまま糸にエネルギーを送り込む――敵の体を10万ボルトの電撃が貫いた……はずだ。
「あァ? まだ生きてたヤツがいたンか。大人しく寝ときゃア死なずに済んだのに……よォ!」
〝敵〟が叫んだ瞬間、糸を逆流してきた電撃が私を貫いた。
「――ゴホッ!?」
再び血を吐き出す私。視界が歪む。今までこの攻撃が通用しなかった相手はいないのに……なんてデタラメなやつだ。
――今はとにかく時間を稼がないと
再び視界が戻った時、目の前に見えたのは、剣を振り上げる〝敵〟の姿だった。
私は覚悟を決め――〝敵〟が剣を振り下ろす――視界が――真っ赤に染まった。
――もう一度
――もう一度立ち上がってくれるのなら
――〓〓 〓〓
――お前に相応しい舞台を用意しよう
*
『報告書』
日付︰新世紀13年6月18日
作成者︰大神 貴洋 一等指揮官
作戦名︰五稜郭防衛戦
目標︰殲滅兵器『五稜郭タワー』の防衛 / 敵性機械生命体『機獣』主力の掃討
参加戦力︰天使52名、整備員10名、指揮官3名
概要︰殲滅兵器『五稜郭タワー』の完成、動作開始により、損害を受けた敵性機械生命体『機獣』は主力を動員して同兵器の破壊を実施せんとすることが予想された。このため、『機獣』に対抗しうる唯一の戦力である天使52名で強力な隊列を組み、同兵器の防衛及び、集結した敵主力の殲滅を図ったものである。
6月17日正午
大規模な舞台の設営に伴い、周辺住民の一時的な退去が完了。
6月18日午前4時7分
函館港沖に『機獣』主力の集結を確認。『機獣警報』発令とともに天使、整備員、指揮官を所定の位置に配置。 ※詳細は別添資料①のとおり
同 午前5時42分
『機獣』主力第一波が函館港に上陸。機装名『アンダルシア』 早見 怜率いる第一攻撃隊が交戦開始。敵を港内に封じ込め、『五稜郭タワー』による電磁パルス攻撃で殲滅することに成功。
同 午前7時55分
『機獣』主力第二波が函館港に上陸。機装名『スティンガー』 古堂 知也率いる第二攻撃隊が交戦。敵の中に『ミノタウロス級』が認められたため、負傷者数名を出すも『五稜郭タワー』により殲滅に成功。
同 午前9時11分
『機獣』主力第三波が函館港に上陸。同時に『五稜郭タワー』が何者かにより襲撃を受ける。『機獣』の対処を行った第一攻撃隊は『機獣』の殲滅に成功するも、タワーの防衛を行った第二攻撃隊は壊滅。機装名『カミカゼ』 〓〓 〓〓(文字はゲタ記号で隠されている)率いる第三攻撃隊に支援要請。
同 午前9時44分
『五稜郭タワー』陥落。報告により、タワーに攻撃を仕掛けたのは未確認の〝人間に酷似した敵〟五体であることが判明。未確認1〜5と呼称することとする。北海道全域における住民の避難開始。
同 午前9時59分
タワーから撤退する未確認1~5と第三攻撃隊が交戦開始。函館港から撤退した第一攻撃隊が合流。敵を挟撃せんとする。
同 午前10時10分
第一攻撃隊及び第三攻撃隊壊滅。『機獣』主力第四波函館港に上陸。評議会、北海道の放棄を決定。