彩葉が教えます! モテモテになる法
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殲滅兵器スカイツリーが破壊された通称『東京港の戦い』から一夜明けた翌日。私はいつも通り学校帰りに所属事務所『青海プロダクション』を訪れた。
ドアを開けて事務所に入ると、一階の応接室兼会議室には、静内社長と八雲プロデューサーの二人がいて、なにやら真剣な表情で話していた。
「お疲れ様でーす!」
「梅谷か、体調は大丈夫そうか?」
静内社長は私の顔を見るなりそう声をかけてきた。この人は何故か所属の天使のことを苗字の呼び捨てで呼ぶ。STにいた頃からの付き合いの私や、娘同然に可愛がっている柊里ちゃんに対しても。
「は、はい! まだ痛みはありますけど、なんとか戦えます」
「いえ、友坂さんの整備のおかげでエル・ディアブロも修理を終えましたし、またしばらくは霜月さんに出撃してもらいましょう」
Pさんが社長さんの顔を伺いながら言うと、社長は深く頷いた。
「そうだな。まさかSTも負傷中の天使を動員してまで未確認の調査をしろとは言うまい」
またしばらくはお留守番かぁ……。まあ、柊里ちゃんになら青海の看板天使を任せても大丈夫かなぁ。
「そういえば、お二人は何を話してたんですか?」
「あぁ、昨日スカイツリーが破壊されただろ? これからどうやって未確認を釣りだそうかなと相談してたんだ」
社長は痩せぎすの自分の頬を撫でながら答えた。
「スカイツリーを破壊した途端に全ての敵が撤退していったことを考えても、未確認の狙いが殲滅兵器の破壊のみということが裏付けられましたね」
「ということはやはり次の殲滅兵器が完成するまでは未確認は現れないということか……そこら辺の情報はどうなっている?」
「次の殲滅兵器の配置は未定ですね。つまり、しばらくは未確認が現れない可能性が高いということです」
「ふむ……なにか他の手段で釣る必要があるということか」
再び会議を始めてしまった二人を残して、私は二階のリフレッシュルームへ向かった。柊里ちゃんは恐らくそこにいるはず。昨日のお礼をしないとね。
階段を上り、柊里ちゃんの部屋に入ると、案の定彼女は自室でテレビの前でお行儀よく正座しながらゲームをしていた。ヘッドホンをしているので私が部屋に入ってきたことに気づいていないようだ。柊里ちゃんがカシャカシャとコントローラーを操作する度に頭の上のアホ毛がぴょこぴょこ揺れているのがなんとも可愛らしい。
私は夢中でゲームをしている柊里ちゃんの背後からそっと近づいて……
「ひーまりちゃん♪」
と肩をポンッと叩いた。途端に、柊里ちゃんはその場で座った状態でビクッと5センチほど飛び跳ねながら後ろを振り向くという離れ業を見せてくれた。
「……なんだ彩葉か」
柊里ちゃんはゲームの画面をポーズにすると、ヘッドホンを外した。そしてこちらを睨みながら苦言を呈する。
「ゲーム中に身体を触るな。センパイじゃなかったら処刑していたところだぞ」
「あはは、ごめんごめん! 可愛かったからつい……」
「可愛い……? 馬鹿にしてるのか?」
「してないしてない! ほんとだよ?」
柊里ちゃんは相変わらずの口の悪さだ。でもそんな所も可愛い……大切な後輩だ。
「……センパイはすっかり元気だな。尊敬する」
「もう平気だよ。柊里ちゃんに喝入れられちゃったからね……頑張らないと!」
私の言葉に、柊里ちゃんはじーっと私の目を見つめてくる。……この子たまに鋭いところがある。私が柊里ちゃんを見つめ返していると
「……失礼」
「ひゃっ!?」
突然立ち上がった柊里ちゃんに私は壁ドンされてしまった。いきなり何するのこの子は!?
……しかし、柊里ちゃんは私を壁に追い詰めると、黙って私の左腕の袖をめくって手首を露にした。
油断した。私の手首には昨日の敵に掴まれた時にできた青い痣がくっきりと浮かび上がっていたのだ。
「……やっぱり、大丈夫じゃないな」
「……」
バツの悪くなった私は、柊里ちゃんからすっと目を逸らした。
「だから、またしばらくは出撃はするなって、Pさんに言われちゃった」
「心配するなセンパイ。わたしがいる。次はあんな失敗はしない」
「柊里ちゃん……」
後輩のことは信用してるけど、先輩として何も出来ないというのはやはり心苦しい。しかも柊里ちゃんはまだ中学生。あまり何もかも背負わせるのは荷が重いかもしれない。せめて私がもっと戦えたら……。
何か……何か私にできることは……? そこで私はあることを思い出した。昨日、スカイツリーに向かう直前に柊里ちゃんと私がした約束。
「柊里ちゃん! 昨日約束したデート!」
「デート!?」
「じゃなかった。柊里ちゃんの行きたいところに付き合ってあげるよってやつ」
「あー、約束したなそういえば。……よし、行くか明日」
「わーい! 楽しみだな! どこに連れて行ってくれるのかな?」
まあ柊里ちゃんのことだから、ゲーセンとかゲーセンとかゲーセンとかだろうけど、私はとにかくこの可愛いらしい後輩と一緒にいれるだけで幸せだった。
「……? なにか下が騒がしいな?」
柊里ちゃんは私の質問には答えずに、なにか他のことに意識を向けているようだ。……下? 私は何も聞こえないけど……柊里ちゃんはこういう視覚聴覚も優れていたりする。
「見に行ってみよ!」
「ちょっと……!」
私は柊里ちゃんの手を引いて階段を降りていった。すると、確かに階下から社長さんとPさん以外の……女の子の声がする。
「は〜い! というわけで、今日は弱小天使事務所の『青海プロダクション』にお邪魔してま〜す♪」
……この声はまさか。
隣の柊里ちゃんも険しい顔をしている。
私の悪い予想は的中して、一階では緑色の髪の毛の女の子が自撮り棒の先につけた携帯端末に向けてピースサインをしながらなにやら騒いでいた。
社長さんもPさんも困ったような表情で、事務所の端に退避している。恐らく口を出せる相手ではないのだろう。なにせ相手は……
――伺見 笑鈴
通称、うかがみちゃん。大手天使事務所、株式会社ST所属の第三世代機装天使で、現役天使の中で最強と言われる存在だ。たくさんのスポンサーやファンがついている。そんな相手を邪険に追い払ってしまっては、ネットでどのように叩かれるか分かったものではない。
しかし、隣の柊里ちゃんは、私が止める間もなくうかがみちゃんにつかつかと歩み寄っていくと、自撮り棒をパシッと払い除けた。
「何するのっ! 邪魔しないでよっ!」
「それはこっちのセリフだアホ!」
抗議するうかがみちゃんに、柊里ちゃんは一喝した。
「なーに勝手に人の事務所で騒いでやがる? ケンカ売ってるのか? 高く買ってやるぞこのボケナス!」
「霜月さん」
なおも罵倒する柊里ちゃんをPさんが窘める。しかし、柊里ちゃんはそんなことは構わず、殴りかからんばかりの剣幕でうかがみちゃんを睨みつけていた。
しかし、意外にも先に手を出したのはうかがみちゃんの方だった。
彼女は柊里ちゃんのアホ毛を右手の親指と人差し指で摘むと、ぐいぐいと引っ張る。
「いやだ怖〜い! でもね、うかがみちゃんはこの事務所のことを宣伝しに来てあげたんだよ? 勘違いしないで欲しいルンッ♪ アホ毛ちゃん♪」
「黙れ尻軽ヤリ○ンクソ天使!」
柊里ちゃんがおおよそ女の子が口にしてはいけないような下品な言葉で罵った途端、二人は取っ組み合いのケンカを始めてしまったので、私は慌てて二人を引き離しにかかった。
「やめて! ……いたっ!」
うかがみちゃんの拳が腕に命中したり、柊里ちゃんに引っかかれたりしながら、数分かけてやっと二人は取っ組み合いをやめた。
「……三下のしつけがなってないようだねっ。〝静内P〟」
「今は社長だ〝伺見〟。そして、その霜月はこの事務所の大切な天使だ。三下ではない」
そう。うかがみちゃんは静内社長がまだPとしてSTにいた頃に彼の担当天使だった。そして、デビュー当時は私とユニットを組んでいたりする。だから私とうかがみちゃんは知り合い……もしかしたらそれ以上の関係かもしれない。
私は改めてうかがみちゃんの全身を眺めてみた。身長はユニットを組んでいた、私と彼女が中学生の頃とあまり変わらないような気がする。かつて背の高めだった彼女の背をすでに私は逆転していた。つまりあまり背は高くない。そのかわりといってはアレだけど、体つきはすっかり大人っぽくなって、メリハリのついたボディーラインは、彼女の衣装の特徴と相まって、世間の男の子を悩ませている。
今は制服らしきセーラー服を着ているけれど、衣装のぴっちりボディースーツを身につけていたら、柊里ちゃんの処刑が開始されかねない。
私的にはもう少しスリムになった方がモテると思うけどね。
「まあいいや、うかがみちゃんがわざわざこんな狭くて汚い事務所に来たのはね……」
うかがみちゃんは口元に意味深な笑みを浮かべる。
「取り引きをしに来たんだよっ」