泣き虫彩葉の華麗なる変身
*
――おかしい
――静かすぎる
スカイツリーの真下にたどり着いた私――梅谷彩葉は周囲の状況を確認した。Pさんからの指示では真っ直ぐにスカイツリーへ向かえとのことだったけど、考えてみたら機獣が上陸したのは東京港で、天使は皆そちらに向かっているんだから、住民の避難したスカイツリーに人っ子一人機獣一体いるはずもないんだけど。
『着きましたけど、何もいませんよ?』
私はPさんに念話で報告した。
『……どうやら間に合ったようですね。梅谷さん、川に注意してください』
『川……?』
見ると、確かに近くに川が流れていた。私は河川敷に降りるために設けられているコンクリート造りの階段の、縁の手すりに近づいてじっと川を眺めた。
『いつも通りの川ですけど?』
『東京港の大群は陽動です。私の予想ではそろそろ機獣……いや、『未確認』がやってくるはずです。敵はもしかしたら何かしらのカモフラージュをしているかもしれない。梅谷さん、変身してください』
『は、はい!』
私は左手に持っていたスクールバッグから配信用の小型ドローンと黒い手のひら大の立方体――舞台を取り出した。JK天使の必須アイテム。これを持ち歩いているといつでもどこでも変身して作戦配信をすることができるんです。えへん。
私はドローンのスイッチを入れて、そのまま空中に浮かべた。
『マネージャーさん、ドローンのコントロールを讓渡します』
『よし、任せろ』
念話で整備員さんの声がした。これでドローンは事務所からの遠隔操作に切り替わり、私は戦闘に集中することができるの。
Pさんの予想では、相手は未確認、私が敵う相手かどうかは分からない。いや、今の状態では分が悪い。味方も来るかわからない。……正直怖い。泣きそう。でもやるしかないよね。
実はとてもビビりの私は、その気持ちを振り払うように胸の前で左手を右腕のブレスレットに重ねながら叫んだ。
「機装変身!」
途端に私の全身を黄色い光が包んだ。そして、体から四肢にかけて順々に変身が完了していく。まず、体を白ベースの制服の夏服みたいな半袖のセーラー服が覆い、右脚、左脚の順で黒いニーソックスとローファーが、そして、右手左手の順で、黒い指なしグローブが装着された。最後に目の周りに透明な水色の『光学バイザーグラス』が付いて、胸に黄色いネクタイ状のリボンと、背中に同じ色のマント、首にスカーフが装備されて変身完了。
特別な兵器とかは持っていないけど、身体能力を大幅に底上げしてくれるこの衣装は、武器を扱い慣れていない私にとってはとても扱いやすい。
柊里ちゃんに言わせると「防御力が……」とか「ローファーで戦うとは何事だ」とか「見た目に極振りしすぎて機能性が……」とか散々言ってくるんだよね……。
まあ、この服丈が短くておへそとかよく見えるし、手足もむき出しのところ多いから防御力はともかく機能性は抜群だよ。おまけにこの『光学バイザーグラス』が優れもので……って、後で説明すればいいか。
私は配信用のドローンに向けて作戦開始を告げる。
「『青海プロダクション』所属の第二世代天使、機装名『スクリュー・ドライバー』、梅谷彩葉、交戦開始! ジャッジメント(お仕置き)だよ!」
とはいっても、お仕置きする相手がいないんだよね。
いや、光学バイザーグラスを通してみると、川の下流から水流に紛れてなにかがやってくるのがわかった。イルカを模したような機獣と……その上に跨る一人の人影。
『なにか来ます!』
『敵でしょうね。十分に警戒してください。倒そうと思わなくていいですから時間稼ぎだけでもお願いします。とにかくスカイツリーの防衛が最優先です』
『了解しました!』
敵はまだこちらに気づいていないようだ。それなら先手必勝。不意打ちで仕留めることもできるかもしれない。敵は未確認、不意打ちのアドバンテージを失えば勝算は大きく減る。なら出し惜しみはしない。最初から全力で行く!
私は右手にエネルギーを集めながら走った。助走をつけて手すりを飛び越えると、そのまま空中で叫ぶ。
「AA――閃光罰撃!!」
右手から閃光が迸る。バリバリと扇状に広がった雷撃は、河川敷に蔓延っていた雑草を焼き払った。イルカの上に跨った人影も雷撃を受けて大きくのけ反り、川へ転落したのが見えた。乗っていた機獣の方は完全に動きを止めて川底へ沈んでいく。
大型機獣をも一撃で昏倒させる私の必殺技――ライトニングパニッシュ。食らえばいくら未確認といえどもただでは済まないはずだ。
私は空中で華麗に宙返りをしながら河川敷に降り立つと、周囲を伺った。
「はぁ……はぁ……やったの?」
正直今ので倒せるか、少なくともかなりの深手を負わせていないと厳しい。私は早くもエネルギー不足に陥りつつあった。弱小事務所の辛いところだ。みんな東京港の戦いを視聴しているのだろうか、視聴数も思うように伸びていないようだ。
みんな見て! 私ここで戦ってるよ! ってツイスターで発信しとけばよかったかなぁ。
『仕方ないな。視聴数伸ばしてやるかー』
私の想いが伝わったのかマネージャーさんの声がする。でも嫌な予感が……。
「……ちょっと! ローアングラーはやめてください!」
私は足元をちょろちょろと飛び回り始めた配信用ドローンを蹴っ飛ばそう――として、ドローンが高価だということを思い出してやめた。ドローンを壊して配信ができなくなったら困る。
仕方ないので飛び退いて距離をとることにした。確かに、配信で天使がパンチラをすると喜ばれる(主に男性に)し、私の衣装的にそれは不可抗力だし、さらに言えばそれを見越してスパッツを穿いてるからあまり恥ずかしくはないけど、気分的には良くない。
『梅谷さん、注意してください。まだ敵は倒せていません』
『……わかってます』
私がドローンと戯れているうちに、川から一人の人影が上がってきた。先程の機獣に乗っていたやつだ。全身を紫の装甲で覆い、手には大きな杖のようなものを持っている。昨日柊里ちゃんと戦っていたのとは別のタイプの『未確認』のようだ。
未確認は真っ直ぐこちらへ歩いてくる。あれだけの威力の技を見せたのに、全く私のことを怖がる様子はなかった。……これは予想外に難敵かもしれない。
私が拳を握って戦闘態勢にはいると、敵は右手を前に突き出して〝待った〟のポーズをした。なんのつもりだろう。
「かわいいヒーローさん。ちょっといいかしら?」
合成音声のような女性の声がする。私の全力を受けても目立ったダメージはないようだ。……範囲攻撃じゃなくて、一点集中にした方がよかったかな? でもあの距離からだと当てる自信ないしな。……とか反省している時間はない。文字通り、いろはちゃん大ピンチだ。
「なんですか? 議論する気はありませんよ?」
「議論というか確認よ? ……あなたは〝第三世代〟なの?」
「はぁ……? なんでそんなことを聞くんですか?」
「いや、凄い攻撃だったからお姉さんびっくりしちゃってね。もしかしてあなたがウワサの第三世代なのかなーって思って」
やっぱり効いていたのか? にしてはだいぶ余裕じゃない?
「いや、私はただの第二世代天使ですけど」
「そっかぁー、残念」
敵は露骨に肩を竦めてみせた。私の敵はかなり人間味溢れるやつみたいだ。
「それなら用はないわね。……死んで?」
「誰? 人間味溢れるとか言ったやつは!? ……あっ、私か!!」
私は華麗にノリツッコミを決めると、杖を構えて突進してくる敵からくるっと背を向けて逃げ出した。