《無能》が消えた日
王城 とある部屋
《起動確認、魔力に異常なし、起動フェーズを終了》
《マスターの魔力及び、魂を検索。完全一致1件》
《旧マスター名「 」を変更》
《現マスターを個体名「速水柚希」に登録》
「早くこの方に会わなければ……」
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王城 とある執務室
「《無能》はいらない。処分を実行に移すとするか。私は王城の財宝も手に入れて、無能も処分できる。フフッ……フハハハハ!!」
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事の発端は3時間ほど前だった。この日は休日でクラスメイトたちは、訓練での疲れを癒していた。城外へ出る気力もなく、各々の部屋で駄弁りや昼寝に勤しんでいた。
ドォガァァァァァン!!!!
突如として、爆発音とその衝撃による揺れが王城にいる者を襲う。廊下に並ぶ部屋の扉を開け次々に出てきた生徒たちは顔を見合わせ、何事だと視線を送り合っていた。
「何が起こったんだ!」
《錬金師》石原弘人が声を上げる。柊栄人がいなくなった今のまとめ役は彼がしていた。
次に声を上げたのは、《弓士》仁禮夏帆。
「見て! 廊下の奥から煙が……!」
その声に反応して生徒たちがざわつき始める。
「っ……、とりあえず国王に話を聞こう! 事故かもしれないが、最悪の場合襲撃もあり得る。気を引き締めるぞ!」
柚希も気を引き締めて謁見の間に向かう。力はないが最低でも自分は自分で守らなければならない。
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謁見の間についた生徒たちは大きな扉を開けた。その中には、騎士を始めとした怪我人で溢れかえっていた。重傷者は床に寝かされ、治癒魔法で治療されている。
怪我人の中にはクラスメイトもちらほら見られた。
「おい、何があった!」
石原が治療を受けていたクラスメイトの《拳闘士》字井拓海に声をかけた。
「王城の宝物庫が爆発したんだ! 暇だったから見張りを引き受けて、そこにいる騎士の人と番をしていたんだけど、いきなりで俺にも何が何だか……」
字井の隣には、苦しい表情を浮かべ爛れた皮膚の治療を受けている騎士の姿があった。
それを見た石原は唇を噛む。
「……そうか。とりあえず国王に話を聞いてくる」
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謁見の間、最奥の機密会議室では、今回の騒動について会議が行われていた。その中は重々しい雰囲気で満たされている。
「陛下! 国の財源の一部が無くなっております! そして、なくなった魔道兵器が万が一邪王の手に渡るようなことがあればまずいですぞ!」
大臣が荒い声を出す。
「うむ、さすがにまずいことになった……。勇者召喚を行った国として他国に示しがつかん」
魔道兵器 それは遺跡から見つかった製作者不明の古代兵器である。国の学者たちが調査、研究を重ねてきたが全貌は明らかになっていない。だが、軽々と魔物を殲滅する力があることがわかっただけでも僥倖だと言えるだろう。
そして、今回の爆発でそれが行方不明になったという。勇者と魔道兵器、期待を寄せていた二大戦力の片方がなくなったのだ。少々声を荒げてしまうのも仕方がないだろう。
「陛下、お耳に入れたいことがございます」
「なんだ、申してみよ」
大臣の一人、ダウが話し出す。
「はっ! 宝物庫周辺の警備にあたっていた騎士から、うろついていた人物としてある一人の勇者の名前が挙がっております。その者が宝物庫の壁に触れ、立ち去った後に爆発した……と」
「直ちに証言した騎士を連れてこい、そしてその勇者は誰だ!」
「はい、《無能》ユズキ=ハヤミでございます」
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石原は謁見の間の奥にある魔道具に手を翳して魔力を流し、会議室にいる王たちを呼びだす。
「陛下、勇者石原弘人とその他の勇者です。何があったか教えていただけませんか!」
そう叫んだ数十秒後、会議室へと続く豪勢な扉が開いていく。その中からは大臣や鎧を身に着けた騎士団、魔法師団が出て勇者の前に並んだ。
「勇者ユズキ=ハヤミはおるか」
王は柚希を呼ぶ。
呼ばれた柚希はなぜ呼ばれたかわからず、おずおずと騎士団たちの前に姿を現した。
「な、なぜ呼ばれたのでしょうか」
それを聞いた国王たちが顔を顰める。
「なぜ呼ばれただと!! ふざけるな! これはすべてお前がしたことだろう!」
騎士団長が声を荒げる。
柚木には自分が何を言われているのかが理解できない。戦う覚悟を決めてきたというのに、この爆発を起こした犯人が自分だと言われているのだ。
「勇者、いや罪人ユズキ=ハヤミよ! 宝物庫周辺を警備していた騎士たちがお前が壁に触れた後に爆発が起きたと証言しておる。言い逃れはできぬぞ!」
国王がそう言うと、騎士や魔術師たちが武器を構えた。
「ま、待ってください。自分は何も知らないし、やっていません! 証拠は……そうだ! 宝物庫を警備していた字井拓海が証言してくれるはずです!」
「タクミ=アザナイよ、ユズキ=ハヤミが言っていることは本当か!」
王の気迫に気圧され、クラスメイトたちは一歩後ずさる。
「は、速水は…………嘘をついています…………。確かに宝物庫で見ました…………」
字井は国王の目を直視できず、目を逸らす。その視線の先には絶望の表情を浮かべてこちらを見る柚希の姿があった。
ここで柚希を擁護する声は一つも上がらない。無能と有能、信じるならば有能なのだ。この世界では力が全て。力を持たないものの叫びは届かない。
「そうか、おい! ユズキ=ハヤミを捕らえろ!!」
「ま、待って……」
そこまで言いかけたところで柚希は見てしまった。騎士団の後ろ、国王の前でにやりと笑う大臣の顔を。そして、自分は嵌められたを悟る。
柚木はその場から駆け出した。このままだと殺される。後ろからは怒号が混じった詠唱、騎士や勇者が追いかけてくる音が聞こえる。
曲がり角を利用しながら相手を錯乱させたり、魔法を避けたりしながらなんとか王城の外まで来た。逃げる途中、何発かくらってしまい柚希のステータスではもう満身創痍だった。
「はぁはぁ……、どうして……」
肩で息をしながら、その場で膝をついてしまう。もう体が悲鳴を上げ、これ以上動くことはできなくなっていた。
後ろを振り向くとすぐそこまで騎士団やクラスメイトが追い付いてきていた。
「追い詰めたぞ! 早く捕らえろ!」
その声を聞いてももうどうすることもできない。
柚希はの頭の中は未練で埋め尽くされている。
ここまでかぁ。由奈には申し訳ないな。生きて帰ってきてなんて言っておいて、自分が先に死ぬんだから。拷問を受けた後で、どうせ最後には殺されるんだろう。本当にごめん、由奈……。
詠唱していた魔法師たちの魔法が柚希を襲い、そのまま倒れ気絶する。
「な、あれはなんだ!!」
その瞬間に柚希の後ろに現れたのは空間の裂け目だった。その裂け目は広がったかと思うと柚希を呑み込んで閉じられた。騎士団たちも何が起こったのか理解できていない。
「な、なんだったんだ……?」
「何が起こったかはわからんが奴は死んだだろう。あれだけくらえばひとたまりもないはずだ」
「だが、情報が引き出せなかったのは痛いわね。魔道兵器も結局どこかわからないし……」
魔法師団長のフィリスは苦い顔をする。
「まぁいい、《無能》に魔道兵器をどうこうできるとは思えん。騎士団を派遣して探せるよう、陛下に進言しておこう」
そのままヴァイスとフィリスはその場を後にした。
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執務室には、無能がいなくなったことで笑みを浮かべるダウの姿があった。
「魔道兵器がなくなったのは予想外だったが、まぁいい。不自然ではないほどの金も手に入ったし、《無能》は十分役に立ってくれた。利用価値があっただけマシだったな、ユズキ=ハヤミよ。フハハハハハ!!」
窓の外では、月が嗤っていた。
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