プロローグと2年後
静かであるはずの城内は喧騒に包まれている。
その騒動の中心にいる人物は死に物狂いで走っていた。
「どうしてこうなった……!!」
その問いに答えるかのように聞こえてくるのは、鎧がすれる音や人の叫び声、そしてその人物を追う足音だった。
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約2年前、速水柚希を含む南海高校1―Dは異世界転移に巻き込まれた。
足元に広がった魔法陣の先は、全方位に空が広がった果てのないような空間。そこには老人が地に手と額をつけて待っていた。
「お主たちには邪なる魔の王を討ってもらいたい……! どうか頼む!!」
誰一人として状況を呑み込めていないDクラスの生徒たちは、土下座をしている老人を見て呆然としている。柚希も例外ではない。
「あ、頭を上げてください。ここはどこですか? それとあなたは……?」
我に返って声をかけたのは柊栄人だった。
「儂は、お主たちの世界で神と呼ばれる存在。そしてここは、世界と世界を繋ぐ部屋。地球と他の世界を繋ぐ中継地点じゃ」
再び栄人は言葉を失い、柚希やクラスメイトは今までの出来事が呑み込めていない上に、さらに非現実的なことを言われて固まっているみたいだった。
『異世界転移』、それは物語の中だけだと思っていた。柚希もライトノベルは読むため、知識としては持っていた。自分が体験することになるとは思ってもいなかったが。
「お主たちを呼んだのは、魔物が蔓延る世界に行ってそれを統べる王、『邪王』を倒してもらいたいからじゃ。儂が管理する世界の人族では魔物を狩ることで精いっぱいで邪王までは倒せぬ。そしてその力もない。このままでは人族が滅んでしまう。どうか、頼む……!!」
それに対して今まで固まっていた生徒の一人、中宮春樹が老人、もとい神に問いかけた。
「お、俺たちは地球に戻れるのか……?」
神は顔を歪め、答えを返す。
「すまぬ。今お主たちを元居た世界に返すことはできない……」
その言葉を聞いた生徒たちが見せた反応は様々だった。異世界という未知に対して怯え、家族に会うことができないと知り泣く者たち。異世界転移という実感がわいてきたのか騒ぎだす一部のオタクたち。神に対して罵声や怒号をとばす者たち。
柚希は泣かなかったものの、恐怖からくる体の震えが徐々に大きくなっていくのを感じる。
「大丈夫……? ゆずくん」
声をかけてきたのは早川由奈、人が困ったときには必ず助けてくれるクラス委員長、そして幼馴染。
「怖いよ、ほらひどく震えてる」
そう言って、由奈の手を軽く握る。由奈の頬に朱が差した気がした。
「私がいるから大丈夫だよ! ゆずくんのお姉ちゃんだからね」
「二ヶ月だけでしょ」
二人で軽く笑みを零す。由奈のおかげで心に余裕が出てきた。
「お主たちには……!!本当に申し訳ないことしたと思っている……。だが、頼む。この通りだ。儂の管理する世界を救ってほしい」
様々な声が飛び交う空間を貫いた神の声が静寂を呼ぶ。
音が無くなった空間で栄人が声を出す。
「あなたの話を聞く限り、このまま異世界に行くしかないのでしょう。しかし、クラスのみんなで一度話し合ってもいいですか?」
「うむ、構わない。この空間はお主たちだけにしよう。心の準備ができたら儂を呼んでくれ」
そう言い、神は突如開いた裂け目に姿を消す。
裂け目が閉じられた後、栄人は口を開いた。
「みんな聞いてくれ。僕たちはこのまま転移するしか道はないだろう。だから僕はあの神が言った通り邪王を倒そうと思う。同じ人間が平和を脅かされているんだ。僕と一緒に戦ってほしい」
そう言った栄人に戸惑いつつも覚悟を決めた声が上がってきた。柚希は戦うことに恐怖を覚えつつも流されるままに賛同していた。
「話し合いは終わったかの?」
神が再び姿を現したと同時に、生徒たちの足元には魔法陣が浮かび上がる。
「お主たちは人族が築き上げた王国に、勇者として召喚されることになる。あちらの世界でのことは王城にいる者に聞いてくれ。
そして勇者には祝福を授けることになっている。あちらで確認してほしい。
異世界の人の子よ、頼む。世界を救ってくれ」
その言葉を聞き終えたと同時に魔法陣の光が増し、そこで意識が途切れた。
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ファスム王国に飛ばされた勇者たちは、騎士団長のヴァイスや魔法師団長のフィリムに鍛えられ、2年という長い時間をかけて成長していった。
「もう2年かぁ、早いね、時間が流れるのは」
柚希の隣に座るのは最前線の勇者パーティーで戦う由奈だった。
王国に召喚されるとすぐにステータスの確認をさせられ、バランスの良いパーティ-に分けられた。真の勇者である柊栄人を中心としたパーおうティーは、《聖者》早川由奈、《狩魔》中宮春樹、《対魔師》鳴海七未の4人で構成されている。「魔」に対して攻撃力が上昇する職業が集められたこのパーティーは民の期待を一身に背負っているのは一目瞭然だろう。最近では王都近辺にある「迷宮」を攻略して民を沸かせていた。
「そうだね……、あっという間だ」
明日から、由奈たち勇者パーティーは本格的に邪王の本拠地、邪国ディスピアを目指す。
「僕も一緒に戦えたら……」
柚希には戦う力がなかった。ステータスの祝福の欄には【】と表示されている。職業も《》このように空欄になっている。いろいろ試してみたが、2年の間変化することはなかった。そのため、クラスの中での立場は下の方にある。みんな口には出さないが、自分が「お荷物」として見られていることは柚希も気づいていた。影が差し込んだ柚希の顔を見て由奈が声をかける。
「大丈夫! お姉ちゃんたちがパパッとやっつけちゃって世界救っちゃうんだから!」
由奈はそう言ってニカッと笑う。
「絶対生きて帰ってきてね」
「うん!」
「そろそろ戻ろっか。体に障るといけないし」
「そうだね、おやすみ!」
由奈は自分の部屋に向かって走っていく。柚希はその後ろ姿に「行かないで」と言いたい。それは相応しくないのだろう。
「世界を救う」と言った由奈が震えていたのは気づいていた。命が懸かっているのだ。由奈だって怖いに決まっているだろう。しかし、自分ごときでは止めることはできない。だって世界がかかっているのだから。
「行ってらっしゃい」と呟いた柚希の声は風に攫われて何処かへ消えた。
翌日、勇者たちは王城から旅立っていた。柚希たちにとって変わったことはそれ以外に何もない。早朝から訓練を受け、夜には泥のように眠り、そしてまた朝を迎える。
運命が動き出したのは勇者たちが城を出て1ヶ月が経った頃だった。
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