第1章 役者は揃う
「人間が人間を食べると、来世で鬼になる」
日本には昔から、こんな伝承がある。だから飢饉に苦しんでいる時も、食人が行われた例は、案外少ないそうだ。
でも、積極的に食べようとし、来世を待たずして人では無い存在になる者はいた。
*****************************
「さて、もうひと勝負しましょうか」
京子さんは、そう言いながら鮮やかな手付きで、カードを切り始めた。
私も司さんも疲れて来る。
「ビリヤードにする? でも走行中だしね」
高梨京子さん。お兄ちゃんの友達。探偵仲間じゃない。けど、今回は付き合ってくれている。
25歳。フリーランス医師。172cmの長身スレンダーな、カッコイイお姉さん。
私以外、ここにいる人達は同い歳だ。
杉本司さん。183cmの長身。スラブ系の血が混じった中性的な顔立ち。歌舞伎の女形みたいにも見える。京子さんとは幼馴染らしい。
2人ともクールぶってるけど、キャラを作ってるだけ。この2人には、熟年夫婦みたいな空気。
司さんは、麻薬取締官だった。けれど、囮捜査中にバレて殺されかけ、逆に売人を射殺してしまった過去がある。
「文彦、運転代わるぜ」
司さんはキャンピングカーの運転席に声を掛ける。
「あっ、逃げた。じゃあ、このポーカー、千秋ちゃんと決戦ね」
ひいいぃ。
安藤文彦さん。日焼け肌で丸顔。176cm。気さくな人。色んな点で、司さんとは正反対だ。
元々は戦場ジャーナリストになるのが、夢だった。自衛隊の高校へ進学もした。
そこからメディアの世界へ飛び込んだけど、取材先の紛争地帯で心折られる目にあったらしい。
お兄ちゃんとは、私のお爺ちゃんが運営している柔道の町道場で知り合い、仕事仲間になった。
「おぅ、サンキュッ。けど、気分がノッて来たんだけどな」
「どっちかとなると、千夏と代わるか……」
当の本人は、ミント味のシガレットチョコを咥えて居眠っていた。
芹澤千夏。
童顔で172cm。この名前のせいでよくからかわれる。私のお兄ちゃんだ。
一言でいうと「頑固職人」。妙な処で物事に執着する悪い癖がある。
大学では、喧嘩騒ぎに巻き込まれて自主退学に追い込まれるし。
その後、警察官になったけど、結局辞めてしまった。
上司の汚職に気付いてしまい、無視できなくなったからだ。そこで上司に詰め寄ったお兄ちゃんは、逆に濡れ衣を着せられ、出て行く羽目になった。
そんなお兄ちゃんが文彦さんや司さんと始めたのが『芹澤探偵事務所』。
最後に私、芹澤千秋。
卒業控えた中学3年生。部活はフェンシング部。夢は獣医師、そしてアメリカへ留学して、キャットドクターになることだ。
ここからの話は、実を言うと、あんまりはっきり覚えていない。後でお兄ちゃん達から聞いた話をツギハギした部分もある。
それでも話さずにはいられないことだ。