登校するのは簡単だったが
昨日の発熱が嘘のように治ったコマチは、制服に着替えて鞄を持つ僕を見て不思議そうな顔をした。
「え? もう学校に行くの?」
「……当たり前だろ」
「なんで?」
「なんでって……」
――お前のせいだろうが!
うちには見ず知らずの人間にお金を払い続けるような余裕はないんだ! 僕のスマホだって義父のお古で、家の中の遅いWI‐FIでしか使えないんだ!
「とりあえず一つ目のハードルはクリアね。凄いは、わたし」
「……」
確かに……凄いプレッシャーだぜ。自ら学校に行かなくちゃいけないと思わせるんだからなあ……。金銭をチラつかせての強迫ってやつだ。
だが……行くきっかけを失くしていたのも事実だ。行かなくなったきっかけは些細なことだったから、本当はいつか行かなくてはと焦っていた……。
コマチには絶対に内緒だ……。
「確認のために、ちゃんとついていくからね」
「――? ちょっと待て、その格好で来るつもりか」
「うん」
「待て待て待て、せめて着替えてくれ。それか、その上にでもいいから服を着てくれ」
長袖のTシャツでも僕のジーパンでもいいから。
「えー、大丈夫よ。この全身タイツは「インビジブル全身タイツ」っていう最新の織物技術を駆使しているから見えないのよ」
くるっと一回転して見せるのだが、まったく意味が分からない。銀色の全身タイツは見えにくいどころか透けもしない。
「江戸時代ならそうかもな」
忍者が……壁に隠れる術があったくらいだからな。
「どこかに消えるスイッチとかがあるんじゃないか?」
スイッチを押してインビジブル機能が作動した時だけ見えなくなる装置なら、納得できるかもしれない。映画とかでもありそうだ。
「やだ! いやらしい! そんなところにスイッチなんかないもん!」
「ちょいまて~! そんなところってどんなところだよ!」
――誤解を招くようなことを二度と口走るんじゃねーと言ってやりたい。僕は指一本コマチには触れていないからな!
「じゃあどんな原理で見えないって言うんだよ! こんな銀ギラ銀だったら、さり気なくしていても注目の的にされるぞ!」
「……原理なんてしらないわ!」
「か~、原理も知らないくせに自慢しているのかよ」
素直に「何の変哲もない銀色全身タイツです」って認めればいいのに。
「フンだ! あなた達だってスマホがどうやって動いているかも知らないのに、朝から晩までずっとイジイジイジイジ馬鹿みたいに触っているじゃない。こんな可愛い女子に目もくれずにスマホばっかりよく見ていられるわね」
「なんだと! 今なんて言った」
「こんな可愛い女子!」
「いや、その前だ!」
イジイジイジイジ馬鹿みたいにと言っただろ? ――聞き捨てならない。
「こんな可愛い女子!」
「そこじゃない。もういいって!」
怒るのもバカバカしい。
「こんな可愛い女子?」
なぜ語尾を疑問形にする?
「……分ったから」
「やだ、分れば……いいのよ」
照れるなっつーの! ……頬を赤くしてしおらしい瞳で斜め下を見つめるなよ。まるで「スマホじゃなくて、わたしを見て」と言っているみたいじゃないか――。
「じゃあ五〇メートル以上離れて歩いてくれ」
「うん」
……。
「どうなっても知らないからな」
「大丈夫。絶対に見つからないようにしているから」
……頭が痛くなる。
歩き始めると、五〇メートルどころか数メートル後ろを、ささっと電柱に隠れながらついて来るのだ。
ひょっとして、それで僕から隠れられているつもりなのか? 変質者のようなコマチ。他人のふりをして足早に学校へと向かった。
「あ、ちょっと鷹人、歩くの早い!」
――しゃべりかけてくるなって!
願わくは同級生やクラブの先輩に見つからないことだ。