エピローグ
二三四五年。
目を覚ますと、両親が心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。大きく透明なガラス状の筒がゆっくりと上へスライドされて開くと、声が聞こえてきた。
「どうだった?」
「……ここは?」
「UZUクリニックよ。気分はどう?」
UZU……うずクリニック? わたし、なにか病気にでも罹っていたっけ……。手には白い錠剤が三十個入ったままの筒が握りしめられている。
大事な大事な薬――? ハッとした!
――これさえあれば、また鷹人に会える!
一日目は、まだ三十個もあると嫌になりそうだった薬。でもそれが毎日一つずつ無くなるにつれ、悲しみが増えていく薬へと変わった。鷹人のおかげで……。
――それが、一杯になっている!
ギュッとその薬を握りしめて、さっきまでいた場所と今いる場所を考える。
スーッと昔の記憶が先程までの記憶を上書きしていくように感じ、慌てて目を閉じた。
鷹人が――記憶の片隅に追いやられていく――。優しかった温もりが、今はただ冷たいガラスの筒の記憶にすり替わってしまう――。
わたしは一人で夢を見させられていた……。大きなガラスの筒の中で……。長い時間を掛けて……。でも、本当はとても短い時間。一炊の夢――。
なにも変わっていないんだわ……。
そっか……。
「お母さん、わたし……明日から学校に行くわ」
「コマチ……」
母が口元を押さえて涙ぐむ。
「ああー」と泣き崩れる母と、「よかった」「大成功です!」と握手を交わす父とドクター。
わたし以外のみんなが安堵の言葉を掛け合うのが、少しだけ腹が立った……。
家へ帰る途中、静かな車内で父に問い掛けられた。
「意識だけを過去へタイムスリップさせる最新技術を駆使した疑似体験療法と聞いていたけれど、いったいどんな療法だったんだい?」
「……」
「あなた、駄目よ。それがUZUクリニック独自の特許で、一人一人に合った別々の方法らしいんだから」
「ふーん特許ね。まあ、昔は今と違って悩み事やストレスなんかほとんどない、いい時代だったらしいからな」
「……」
「とにかく、コマチがもう一度「学校へ行く」って言ってくれた時は、父さんは本当に嬉しかったよ、ハッハッハ」
「ほんとね。こんなに簡単なことならもっと早くにUZUクリニックに相談したらよかったわ」
……簡単なこと……っか。
……お父さんやお母さんのために行くんじゃない。とは言わなかった……。
わたしの会っていたあなたは、本当はいなかったのかもしれない。でも、それでもいいの。わたしは一人でも頑張っていける。頑張ると誓ったから――。
大勢の人がわたしのために一生懸命頑張ってくれているのが分かった。だから、わたしも人のために頑張らなくては――。
「人ってね、自分のことには一生懸命になれなくても、他の人のためには一生懸命になれる生き物なのよ」
大好きな人にそう告げたからには――。
未来を変えられないのが、悔しくてたまらないから――。