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銀色全身タイツの居候


「――えっ」

 ――なぜ学校に行ってないことを知っているんだ? 僕の名前も知らなかったくせに。


 ひょっとすると近所に住んでいる子なのか? いや、この近くに同い年くらいの中学生はいない。都心から遠く離れた田舎なのだ。小学校も同級生は十二人しかいなかった。


 中学二年生になってから一週間もの間、僕は学校へ行っていない。行くのをやめた。

 学校に行ったって無駄な時間を過ごさなきゃいけないだけだ。行き帰りするのだって面倒くさいし、行っても意味がない。家でインターネットをやっている方がたくさんの人と知り合えるし、教養だって身に付く。「リアルな友達なんかいらない」とか言っていると、「コミ障」扱いされるかもしれないけれど、実際のところネット上の友達の方が、よほどコミュニケーション能力が高い。

 見ず知らずの人とお互いの考えや悩みなんかもズバズバ話し合えるほどだ。


「しかも、ただ行くだけじゃダメ。行って彼女を作るのをわたしは見届けなければならないのよ。三十日以内に」

「――なんだそりゃあ!」

 思わず大声を出してしまい恥ずかしい。まるで出来の悪い恋愛シミュレーションゲームじゃないか。けっ――。


 言いたくはないが……無理に決まっている。三十日どころか、三年あっても無理だろう。得体の知れないヤバさに、冷や汗が流れた。


「学校は馬鹿な奴が行くところだ……行けば行くほど馬鹿になる」

 彼女についてどうこう話はしたくないから、学校へ行かない理由を話した。

「学校は集団行動を学ぶところだとか偉そうに言ってても、結局は試験の成績だけでこれからの進路が決まるだろ。虐めようが虐められようが、試験の成績だけがものをいう時代なのさ。それに先生だって、所詮は給料を貰うために嫌々授業をしているサラリーマンさ。学校に行かない生徒なんて邪魔者以外の何者でもない。本当は生徒の数が少ない方が楽なのにな」


 だから僕が学校に行かないのは、放っておいてくれればいい。誰にも迷惑を掛けているわけじゃ……ない。


「むむ、これは手強い」

 ああ、そうだろうとも。

「彼女もできないのに?」

 ……。

 彼女を作ることの方が……学校へ行くなんてことよりもずっとハードルが高い。一人っ子だし、女子の友達もいない。そんな僕が、三十日以内に彼女を作って付き合えだと? ――簡単に言いやがって!

 ハシビロコウが日本で婚活するようなものだぞ! それで間違えてコウノトリに求愛するようなものだぞ! グワ~!


 今まで女の子と付き合うどころか、手を握ったことすらない。そもそも、なぜそれを初対面の女子に命令されて冷や汗を流さなくてはいけないのだ。コマチと名乗るこの女、本当は何の目的でここに座っているのだ? まだ僕は中学二年生だ……。

 ひょっとすると、もう中学二年生と言うべきなのだろうか。


「……ふん。いらねーよ、そんなもの」

 鼻で笑う。男湯を覗きに来るような空き巣……いや、痴女なんかに彼女がどうのこうのなんて言われたくない。

「そもそも彼女なんて面倒臭いだけじゃないか」

「むむむ、これも手強い」


 ……手強いって言うんじゃねーよ。腹立つだろ―が!


「……それで、もしその三十日以内に学校へ行かず、彼女もできなかったらどうなるんだよ。未来が少子高齢化になって大変なことにでもなるのか? それとも、お前が生まれず消えてしまうのか?」

 赤の他人が未来で生まれようが消えようが知ったことではない。それが運命なら仕方がない……。とはいえ……目の前でいきなり人が消えたりするのは勘弁してほしい。悪い夢を見てしまいそうだ。

「あ、そんな複雑なことはないの。ゲームオーバーっていうか、残念でした~またどうぞっていうか、お金の無駄遣い……」

 ハッとして口を塞いだのだが、もう時すでに遅しだ。

「……慌ててそこで口を塞ぐなと言いたい」

「今のは冗談。気にしないで」


 ――お金の無駄遣いだと! その部分こそが滅茶苦茶気になるじゃないか、クソ―!


「とにかく、三十日以内に学校へ行って、彼女を作って欲しいの。それがわたしと鷹人の目標なのよ」

「言っている意味がぜんぜん分かんねー」

 頭を掻く。お金の無駄遣いってところが聞き捨てならず、気になる。……気になる。気になる!

「今日は話を聞いてくれてありがとう。それだけを伝えに来たのよ。じゃあね」

 すっと立ち上がると、畳には濡れた跡ができている。

「はあ? ちょっと待てよ、それを言いにわざわざ風呂に来たのかよ?」

「たまたま過去にあるタイムマシーンの場所がお風呂の場所と同じだっただけよ」

 まだタイムマシーンとか言うか? そんな偶然お風呂に出てくる不確かなタイムマシーンなんかがあったら、風呂場の壁とかに挟まれて、銀色全身タイツ女の壁画になってしまうところだぞ!


 時計の針はあっという間に夜の十二時を過ぎていた。もう母も寝ている時間だろう。静かに一階に下りて玄関からその女を外へ逃がしてやった。

「じゃあね」

 小さくヒソヒソ声でコマチがそう告げる。

「じゃあって、お前、どこか泊るところとかあるのかよ」

「なんとかするから大丈夫よ。じゃあね」


 カチャ……。玄関の扉が閉められると、家の中は静けさを取り戻し、冷蔵庫のうなり音だけが響き渡る。


 いったい、なんだったんだ? 本当に出ていってしまったが、よかったのだろうか。三十日の間にとか言っていたから、もう二度と会えない訳じゃないのだろう。部屋の中で女子と二人っきりで話をするのが……ほんの少しだが楽しかった。

「彼女……か」

 決して欲しくないわけじゃない……リア充。中学時代のリア充は、富裕層と肩を並べる男のロマン――。手の届かない夢のまた夢。想像すらせずに諦めていた。


 リビングへ行くと、いつものように夕食にラップがして置いてある。

 冷たくなった御飯とおかずをチンもせずに口に運んだ。最近は母と一緒にご飯を食べない。っていうか一緒に食べたくない。話をすれば「学校に行かないの?」と聞かれたり、「なにか嫌なことでもされたの?」と勘ぐってくるのがマジでウザい。「今日は何していたの」と聞かれるのにもウンザリする。放っておいてくれと言いたい。


 食べ終えた食器を流し台にそのまま置いておく。母の食器なども置かれたままだが、食器を洗うなんてことは僕がやる事じゃない。


 トイレを済ませ二階に上がろうとし、ふと玄関を見た。

 ……コマチはいったいどこへ帰ったのだろうか。過去から来たと言っていた。さすがにそれは嘘だろうけれど、もしかすると帰る所がないのかもしれない。いやそれよりも、あの姿で街中をうろついているのだろうか――? 警察に呼び止められ、事情聴収されるだろう。山から餌を目当てに下りてくる鹿に頭突きされるかもしれない。


 ふと気になって玄関の扉をそっと開けると……玄関前の郵便受けの下に銀色の物体が……しゃがんでいる。


 ――夜を明かそうとしている! 銀色全身タイツ一枚で!


「バカか! 風邪ひくぞ」

 馬鹿だ。風邪でも引いてしまえと内心では思っている。

「え? ああ、でも大丈夫よ。この銀色の全身タイツは体温の低下を防いでくれる筈なのよ」

「あー。なるほどなるほど」

 避難所とかで配られる銀色のシートに似ていなくはないが……。四月とはいえ今年はまだ寒い。桜がまだ咲いているくらいだ。夜も気温は十度以下にまで下がる。

「ヘクション!」

 ……。鼻水が垂れている……。あれからずっとそこでガタガタ震えていたのだろう。


「仕方ないなあー。入れよ」

「え、いいの?」

「静かにな」

 人懐っこい猫のようにおとなしく付いて来る。


 そんなに寒かったのなら、痩せ我慢なんかせずに言えよ――。数十分前のように、また僕の部屋にはコマチが座っていた。


「住むところがないのなら、しばらくは僕の部屋に居ていい。ただし、怪しいことは絶対にするなよ! 本気で警察呼ぶからな」

「うん、鷹人もね」

 うん……。

「もし、言うことを聞かなかったら、ロープか何かでグルグル巻きにするからな」

「うん。いいわよ」

 ……。いいわよって言うなよ、そこは……。

「あと、声を出したりして母さんに見つからないこと。本当に警察に突き出されるぞ」

「分かった、静かにするわ」

 ベッドの横に座布団やブランケットを数枚敷き、モーフを一枚渡した。エアコンをつけて寝れば寒くはないだろう。

 ベッドは一つしかないから当然僕が使う。僕の部屋なんだからそこは譲らない。


「おやすみなさい」

 渡したモーフを被り、僕に背中を向けて横になる。

「あ……ああ。……おやすみ」

 照明を豆電球に変えて僕も横になった。


 コマチは銀色全身タイツのままで……寝るのか……。いったい何者なんだ……。ひょっとして、本当に過去や未来からタイムスリップしてきた女の子なのか?


挿絵(By みてみん)

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