変わる未来と変わらない未来
「だったら――また戻ってきたらいいじゃないか! 同じ方法を使って――いつでも会える!」
僕はコマチに……コマチに会いたいんだ。ずっと一緒にいて欲しいんだ――! 友達のように……恋人のように……、
妹のように――家族のように――。
「……フフ。内緒だけど、未来にも過去にも同じ空間なんて一つもないのよ」
――。
せっかく掴んだ淡い希望が、手の平から砂のようにサラサラ零れ落ちていく……。
砂時計に詰められた残り少ない砂が、二度と戻らない地へと零れ落ちていく……。
「わたしが存在している未来も、鷹人といるこの現在も、たった一つ、一瞬だけなの。もし、同じ時間の過去に同じ方法で何度来たとしても、その時には今のあなたに会えるはずがないの」
――同じ時間に戻っても、そこに広がるのは変わった世界と違うあなた。
あなたがわたしを知らない世界。
わたしがあなたを知らない世界。
今という奇跡の一瞬には……どうやっても戻ることなんてできないの……。
「奇跡の一瞬だなんて……」
「未来が変わるなんて嘘ついたけど、本当は未来なんて変わるはずがないの。わたしはただ、わたしのためだけにこの空間に現れただけなの」
「それでもいい。何度でも、何度でもここにきて、何度でも僕に同じことを言ってくれ!僕は何度でも、何百回でもコマチと同じ一ヶ月を過ごす――!」
そっと空間に手を伸ばすと、フワッと柔らかい暖かさを感じた。
今という奇跡の一瞬に、まだコマチがいる――。まだここに立っている――。僕が差し出した手を、しっかりと両手で握りしめてくれた。
「でも、わたしは無理よ。もう、今の鷹人を知ってしまっているから……。もう、わたしを知らない鷹人を……愛する事なんて……できない。……怖くて……」
気持ちを抑えきれず、なにも見えないその空間を思いっきり抱きしめた。銀色のインビジブル全身タイツは、優れた未来の特殊技術だった。コマチの感触や温かさ、呼吸、鼓動をすべて感じ取ることができ、その技術が今は……、
――ただただ悲しかった。
ヒクッ、ヒクッと肩が震えている。悲しいくせに――もう顔も見せてくれない。
「ここに来てくれて……嬉しかった。最後にわたしを探してくれて……ありがとう……鷹人」
「……なに言っているんだよ」
当り前じゃないか――。
声にならなかった。鼻の奥ががツンと痛くなり、目を閉じると頬を雫が伝い落ちる。
「それに、自分のことには一生懸命になれなくても、人のためには一生懸命になれるって教えてくれたのは、コマチだろ」
コマチはいつも僕のためだけに一生懸命だった。だから僕は学校にも行けるようになった。そんなコマチが好きだった……。本当は無理をして彼女なんて作らなくてもよかった筈なのに。
コマチだって僕のことが好きだったのなら――辛い思いをしていた筈なんだ。
「……だって、あなたはわたしのひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいお祖父ちゃんかもしれない。檜菜穂は、ひいひいひいお婆ちゃんかもしれない……」
「ひいの数が……合ってないって……」
「未来から来たわたしは、ここでは誰も好きになっちゃいけないの……。誰にも好きになられたらいけないの……辛い思いを残すだけだから……」
たしかに……辛い……。僕と同じだけコマチも辛い――。
「未来は辛いのか……」
「……辛い。冷たい。温かさや幸せなんかに……満たされていない。帰りたくなんか――ない」
……。
「――鷹人と出会ったあの日に戻りたい――。なに一つ変わらなくてもいい、また同じ部屋で同じ空気を吸って、一緒に……ずっと一緒にいたい――」
――僕だって同じさ――。壊れるくらいギュッと強く抱きしめた。
「コマチ……」
「……」
「コマチは、……帰った未来は何一つ変わってないと言ったけれど、きっと君は変わったよ。僕に優しくしてくれた。本当に嬉しかった」
涙が……顎から何もない空間の上を伝って流れる……。
「コマチがいなければ、僕の未来はここに繋がらなかった。ずっと学校にも行かず、夢も目標もない人生を送り続けてしまうところだった。コマチが来て僕は変わったんだ。変わらないといけないのは、周りじゃなくて自分だと知ることができたんだ。でもそれは僕だけじゃなかった」
お互いがそう気付けたんだ――。
「だから……大丈夫だよ。コマチが帰る未来だって冷たくなんかない。元気に……生きていけるよ――。未来は自分が変わればいくらでも変えられる――」
「……ありがとう……鷹人。わたしも……頑張る。いつまでも幸せに……ね……わたしの……」
もう一度、
最後にもう一度だけ別れのキスがしたかったのに……。
抱きしめていたコマチの感触が……スッと消えてなくなった……。
……コマチ……?