ハプニング
――定刻になった。
時計の針は五時三〇分。カンコドリ遊園地の閉園三〇分前を告げるアナウンスが場内に鳴り響く。
『まもなく登園は閉園いたします。みなさまお忘れ物の無いようお帰り下さい。またのお越しをお待ちしております』
ベンチへと座った。
入場口から一番遠いこの辺りには、もう他の客はいない。
座った時、遠くの自動販売機の横にコマチを見つけた。銀色の物体が少し動くと、菜穂にバレないかヒヤッとしてしまう。菜穂に見つかってはいけない。コマチには見えないといけない。――だが、キスのトリックは見破られてはられてはいけない。
厳しい条件にヒヤヒヤものだ。
しかし、本当にヒヤッとしたのはそれからだった。ヒヤッどころではない。全てを無に帰すほどの大失敗だ――。デートに夢中になり過ぎて、ガムテープどころかセロハンテープすら準備するのを忘れていた。
「――しまった!」
事実に気付き思わず声に出してしまう。ベンチに座ってこれから立ち上がってテープを探しに行くような不自然な行動はできない。コマチに感づかれてしまう。
「どうしたの」
……小さな声で菜穂が聞いてくる。僕の顔は真っ青で、冷や汗が耳の前を伝い流れる。
「テープを忘れてしまった……」
「……鷹人君って」
物凄く呆れ顔。そしてため息……。菜穂は怒っていると……思ったのだが、
「……わたしが思っていたよりも度胸あるね」
「え?」
度胸ある? ……いったいそれがどういう意味なのかを察するまで、十秒もかからなかった。
「――ち、違うよ。本当に準備するつもりだったんだ!」
――そこは信じてくれ~と言いたい!
「うん。もちろん信じているわ。だから、忘れたんだから仕方ないでしょ」
――どう仕方がないんだろうかと思っていたら、少しずつ、少しずつ菜穂の顔が近付いてくる……。
――え!
このチャンスを逃がしたら、僕は一生で一度のチャンスを逃がしてしまう事になるのか――?
「本当に……いいの」
汗腺が一気に蛇口を全開にしたように汗が流れる。
「……うん」
「慣れてるの」
片方の目だけがチラッと開いて僕を見る。
「そんなわけなでしょ。いったい誰が見ているか知らないけれど、自慢したいだなんて……男子って子供ね」
こんなシチュエーションでも、菜穂はキスできるのか――。
菜穂だけじゃなくコマチもそうだったが、女子はいつも男子より大人だ……。
頭の先までいい香りで包まれ、
キスした――。
菜穂の唇から震えが伝わってきた。肩も少し震えていた。
すっと顔が遠のく。本当に良かったのだろうか。これで……。
「どうしたの?」
「え? い、いや、なんでもないよ」
「だったら、なんで泣いてるの?」
「――え」
触って確認すると、僕の頬に涙が伝っていた。紛れもない自分の目から流れた涙だった。
感動の涙……?
なぜ涙が流れたのか――分からなかった。
必死になってゲームをクリアしたのに、それがバッドエンドだったような後悔と焦り……申し訳なさ……。人生にはやり直しや強くてニューゲームなどが存在しないやるせない気持ちに……ただ涙が流れた……。
「じゃあね、明日もしっかり学校に来てよね。わたし達、付き合っているんだから」
「……あ、ああ」
「バイバーイ」
「バイバイ」