偽りのキスの打ち合わせ
「なんかソワソワして、どうしたの?」
「いや、その……」
ガムテープを忘れてしまった。肌と同じ色っぽい茶色のガムテープ。昨日、何度も念入りにバックに入れて確認したのに――。
ま、まさか……コマチが、僕に内緒で持ち物検査をしたのだろうか……。ありえる。普通は遊園地にガムテープ持って行く必要なんかない……。
――やられた~。だが、どうする。こんなピンチの状況を幾度となく突破してきたではないか。
考えろ、考えるんだ――。
セロテープを……借りよう。チケット売り場やお土産屋さんとかに置いてあるはずだ。一枚を上唇、もう一枚を下唇に貼れば、菜穂の唇が僕の唇で汚れることはない。もしくは絆創膏でもいい。救護室に行けば貰えるだろう。
……しかし、檜はそんなお願いまで受け入れてくれるだろうか……。テープを貼ったくらいじゃ小さ過ぎて、はみ出た唇の部分が直接当たってしまったら……。
あああ、とてもじゃないが承諾してはもらえないだろう――。ここへ来て臆病な自分に嫌気がさす。だが――今からやり直しなんかできない。なんとしても今日、やり遂げなくてはいけないんだ――。
小さなカップに乗って暗い洞窟内のお化け屋敷へ入るアトラクションに乗った。
水路を流れていく「急流下り」を二人乗り用のカップに改造したここにしかないアトラクションだ。
コマチはついてきていない。銀色全身タイツはどこにも見当たらない。
「菜穂、本当のことを話すから、落ち着いて聞いて欲しい」
「キャー、大きな目玉お化け~!」
ちょっと、子供みたいにはしゃいでいないで聞いてよ。
「実は今日、菜穂をデートに誘ったのには理由があるんだ」
「わ、あれ見て見て見て! 大きな熊が襲い掛かって来るわ!」
――夢中すぎ~!
「ちょっと真剣に話しているんだけど」
「キャー! お化け屋敷はこうでなくっちゃ! ……続けて」
――!
菜穂はお化けを怖がるフリをして、僕の話を全部聞いていた。
「どうしても今日までに彼女を作るって約束をしてしまって、それで菜穂に一日千円で付き合って欲しいと頼んだんだ。ところが、彼女になった証拠に……キスするところを見せろって言われたんだ」
「うっひゃー! まさかの大どんでん返し~!」
……芸達者過ぎて、逆に引くかもしれない。
「だから、このアトラクションが終わって閉園の三十分前になったら、ベンチに座る。僕が口元に透明のテープを貼るから、そ、そ、その時に」
ガオーッと大きな恐竜が口を開けて急接近するのと同時に乗っていたカップが急流を下り始めた――。
「キスしたらいいのねー!」
「そこ大声で言わないでくれ――!」
バッシャーン!
乗っていたカップが物凄い飛沫を舞き上げ、細かい水滴と霧が夕日に照らされ虹色に輝く。
「アハハッハッハ!」
今日、初めて菜穂の心からの笑顔を見た……。
乗っていたカップが一度止まり、またゆっくりと進み始めると、今日という日に終わりが来ることに、ただ漠然とした不安と悲しみがよぎりそうになる。
「あー怖かった。凄くドキドキしたね」
「……あ、ああ」
両手に手汗をかいていた。
遊園地のお化け屋敷が、こんなにドキドキするものだなんて……。