最初で最後のキス
「――なにを言いだすんだよ!」
暗くて見えないだろうが、僕の頬っぺたから耳まで真っ赤なんだと思う。しっかり聞こえていた。
「練習よ練習。明日の本番で鷹人が緊張し過ぎてキスの失敗しないための練習」
ああ、考える事が似ているってことか。練習といえば緊張もほぐれるし罪の意識だって感じない……。
――じゃないだろ!
押入れの襖がスーっと音を立てずに開き、四つん這いで近づいて来るコマチは、獲物を狙う白豹……いや、銀豹みたいでちょっと怖い。
「あのなあ、そんなものは練習でするようなもんじゃないだろ!」
それに部屋には口に貼る用のガムテープやサランラップも置いてない。
本気なのか冗談なのかも分からないくらい頬が赤い。心臓が張り裂けそうなほど、ドッキン、ドッキンと音を立てている。
ひょっとして……本気なのか。
それ以上は何も言えず、無言のままお互いの顔が十センチくらいまで近付く。
覚悟を決めてギュッと瞳を閉じると……、
「あ、やだなあ~。まさか、本気に……、……ん」
目を開けたのと唇と唇が重なるのが同時だった――。コマチは目を閉じていた。
震える唇が次第に温かくなっていく。コマチはそのまま抱きかかえられるように体重を預けてくると、僕はその下敷きになった。
「……」
「……」
できることであれば、コマチが顔を離すまでこうしていたいと……ただ時の流れに身をゆだねる。温もりと柔らかい感触が恥ずかしく、直ぐに体を離したいのに、頭の中がボーっとしてしまい、どうしていいのかすら分からない――。
離れなくちゃいけないのに、離れられない、離れたくない――。
コマチはうっとりするように目を閉じたまま……動かなくなってしまった。
何分間キスをしていたのだろうか……。凄く長いようで、ほんの一瞬のようにも思えた。
「コマチ、コマチ、おい。大丈夫か?」
「――!」
……ひょっとしてコマチ……キスしたまま眠っていたのか?
急にコマチの頬がまた赤くなると、口の所を銀色全身タイツの袖でゴシゴシと拭き、乱れてもいない髪を手串で整えながら、逃げるように押入れへと戻っていった。
「お、お、おやすみなしあい! 明日は頑張るのよ!」
ピシャリと襖がしまると、中からくぐもった声がした。
「応援しているから」
「……ああ、おやすみ」
まるで夢のような一時だった。本当に夢なのかと思ってしまうような……。
心臓がドキドキしっぱなしで、眠れなかった。
キスした後のコマチの頬に、涙の痕があったから……。