事情聴取
「盗んだものがあったら全部出して」
「なにも盗んでなんかいません」
首を横に振りながら小さくそう答える。何も取っていないのは見ただけで分かっていた。頭の先からつま先までの銀色全身タイツに妙な盛り上がりはない。女性特有の盛り上がりも……なくはない。
「じゃあ君はいったい何者で、僕の家のお風呂でいったいなにをしていたんだ」
念のために僕の手には、修学旅行で買った木刀が握られている。ストーカー行為か? それとも痴女ってやつなのだろうか?
その女の子は自ら正座をして、俯き加減で反省しながら答えるのだが……。おおよそ僕が期待した答えとはかけ離れた弁解をしだしたのだ。
「わたしは遠い過去から来ました」
「……それを言うなら、過去じゃなくて未来だろ?」
「……」
過去にタイムマシーンなんてあるものか。……想像すらできない。そもそも、そんな安っぽい銀色の全身タイツ、いつの時代にもなかったハズだ。近年では通販で売っているかもしれない。……安っぽい怪しいやつだ。未来っぽくも……ぜんぜん見えない。
「いいえ。過去です」
頭を掻く。じゃあなんで現代語をペラペラ喋っているんだっつーの。そこは百歩も千歩も譲って、「遠い未来から来ました~」と嘘をつけと言いたい……。
「じゃあ、いつの時代だよ」
「ええっと、江戸時代……かな?」
かな? ってなんだ! それに目が泳いでいる。右に左に大きく視線が行ったり来たりして、嘘をついているのが物凄くよく分かる……。
大きな黒い瞳と小柄な体格。言葉のイントネーションにもまったく違和感がない。正真正銘の日本生まれの日本育ち――メードインジャッパーン! 歯も白くて綺麗だし歯並びもいい。
「ふーん江戸時代か。じゃあ、将軍様の名前は?」
徳川家康しか僕は知らないが。
「ええっ! えっと、……ボウ・アバレン将軍よ」
逆にビビッてしまう。アバレン将軍って何者だ――ちょっとカッコイイぞ。思わず吹き出しそうになってしまった。
「ほー、そりゃすごいね」
スマホを手に取ると、キーパッドを表示する。
「せめて嘘をつくならもっとマシな嘘を付けよ。不法侵入だから警察に連絡するぞ、いいな」
110になんて、初めて電話を掛けるなあ……。もしもし警察さんですかと言えばいいのだろうか。
「そ、そんなことしたら、大きな声出すんだから!」
ピタリと親指が止まった。正座したままだが反省しているつもりはサラサラなく、逆に反撃に出るつもりか?
……心なしか……銀色全身タイツの胸元のチャックが少し下ろされている……。
「お前なあ……ツンデレキャラのつもりか?」
アニメやゲームに出てくるそんなキャラは……たしかに嫌いではない。
無言で正座を続ける異様な銀色全身タイツ女子。まるで……「ピアノ弾いてちょうだ~い」のCMに出てきそうなピッタリ衣装。怪しくないといえば嘘になるが、こんな目立つ姿の空き巣は全世界を探してもほぼほぼいないだろう。
若者世代を狙った新しい手口の詐欺だとしても、もっと、もっともらしい台詞を準備しているだろう……。この女の言っていることは嘘ばっかりで、一欠けらも信用できないのだが……顔と表情と態度だけを見ていると、とても人を陥れようとする悪人には見えない。涙目になっている……。
ちょっと度が過ぎた悪戯をしてしまった……幼気な厨二病女子ってところか……。
だが油断は禁物だ。「未来から来ました詐欺」なんてものが、ひょっとすると知らないところでは広まっているのかもしれない。
「……」
「……」
前髪を伝った雫がポタッと畳に落ちる。古家の畳だから水が直ぐに染み跡になる。
「じゃあ、名前は?」
「……コマチ」
また嘘を言っているんだろうなあ。
「じゃあ苗字は」
「赤漆」
赤漆コマチか……偽名だろう……。その自称コマチが首を上げて僕に向かって聞いてくる。
「君の名は?」
ガクッとくる。
本当に何も知らずに不法侵入してきたのだろう。表札すら見ていないのかと逆に怒りたくなる。しかも、「君の名は?」だって――?
「泥棒なんかには教えない」
「泥棒なんかじゃないって言ったでしょ」
「だったらなんなんだよ」
人の家の湯船に勝手に入って……。
――は! ひょっとして、お風呂泥棒か?
「鷹人、ご飯よ――」
階段の下から声がした。
「後で一人で食べる!」
一時もコマチから目を放さない。でも母に名前を呼ばれたのはマズかった。
「わたしも「鷹人」って呼んだらいいのかな」
……呼び捨て? いや、それより「わたしも」ってどういうことだ! お風呂泥棒はうちに……うちのお風呂に居座るつもりか?
「それじゃあ聞くが、――コマチはなぜ、わざわざ風呂に潜んでいたんだ」
未来や過去なんて妄想話はどうでもいい。肝心なのはそこだ。
「鷹人に大事な用事がるのよ」
両手を胸の前でお祈りするように組んだって……遅いと言いたい……。
「次から次へと嘘をつくなよ。僕の苗字や名前すら知らなかったくせに」
よくそんなにポンポン嘘がつけるなあ……。ちなみに僕の苗字は烏頭だが、絶対にコマチは知らないだろう。
「あなたは、わたしのひいひいひいひい孫にあたります」
……。
それを言うならひひひひ孫だろ。
「それに、江戸時代から来たんだろ? 「ひ」の数が何個も足りないんじゃないか?」
「ひい、ひい、ひい、ひい」
両手の指を折って数え始めるが、何個あろうがどうでもいい……。
「ひい、ひい、ひい~」
「……もういいよ」
なんか僕がコマチに「ひいひい」言わせているみたいだ。
銀色の全身タイツを被ったままだから顔の部分しか見えないのだが……、わりと可愛いかもしれない。整った顔立ちとでもいうのだろうか。まさか江戸時代的な顔つきではない……と思う。まつ毛も長いし、二重瞼だし。前髪からはまだ雫が垂れている。僕の部屋の畳に……。
「ねえねえ」
急に近づいて来るとドキッとする。コマチの距離感が――理解できない。
銀色の全身タイツは、中にお湯が入ったから嫌な感じで肌に密着していて、身体のラインが……先程から気になって仕方がない。目のやり場に困る――。
「ちょっと、馴れ馴れしいんだよ! 僕はまだお前のことを信用なんかしてないんだからな!」
「鷹人は映画とかよく見るの?」
「……」
……僕の話を聞いていないか理解しようとしてくれない……。コミュニケーション能力がかなり低めの痛い女子なのかもしれない……。
「映画とかで、「未来から過去にタイムスリップしてきて使命を与える」系って、信じる?」
「はあ?」
……未来から過去にタイムスリップしてきて使命を与える系って……恐ろしく具体的な系だな。
「子供じゃあるまいし、そんなの信じる訳ないだろ。映画や漫画や小説なんかの作り話さ。もしそんなことがあれば……そりゃ大変だろうけど、そんな未来のために過去を変える必要があるのなら、過去の人間は未来の人間に操られ放題じゃないか。そのうち、過去が未来人に占拠されちまうだろう」
ありっこないさ。
「じゃあ、わたしの話も信じられないのね」
「当たり前だろ。警察呼ばれてもおかしくない状況だろ」
考えてみると女子を部屋へ連れ込んだ経験なんて、今まで僕には一度もなかった。コマチがペタっと女の子座りをしているのが斬新だ。
「嘘だと思って聞いてくれたらいいけれど、わたしはあなたに、
――学校に行って欲しいの」
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