子供の前でキスするなんて
長かったゴールデンウィークも終わり、とうとう明日は檜と遊園地デートの日が迫っていた。
連休のあいだ、義父はずっと僕に気を遣ってくれていた。僕の部屋を開ける前には必ずノックをして開けていいかと確認をしてくるし、僕がいない間に勝手に部屋に入ったりもしない。
赤の他人なのに小遣いをくれたことを考えると、少しずつだが義父への考え方が変わってきた。悪い人ではない。
ただ、一つだけ許せないことがある。それは、僕の目の前で母とキスをすることだ――。
嫉妬しているとか、腹立ってるとかじゃなく、目のやり場に困るんだ――。休みの最後の日、僕の目の前で見せつけるように行ってきますのキスをした。
せめて僕の見えないところでやってほしい――!
いや、見えないところでもやめてほしい――!
「行ってきますのキス? えー、それって当たり前じゃない。わたしの両親も普通にするよ」
「へっ?」
話し声が下の階に聞こえるとまずいから、電気を消した後、押入れの隙間を少しだけ開けてヒソヒソ話をしていた。
「ただいまもそうだし、行ってきますもそうだし。どっちかっていうと、ただいまのキスの方が長いかな。玄関でチュ~ウッウッう~! ってベロチュウしてるもの」
ベ、ベ、ベロチューって……。
ゴクリと唾を飲んだ。その音が聞こえてしまい急に恥ずかしくなった。
「大人にしてみれば挨拶みたいなものよ。キスなんて」
「挨拶?」
「そうよ。日本の子供ぐらいよ、やれ接吻だの切腹だのって騒いでいるのは」
切腹は騒いでいないだろ……。
だがキスは確かに大騒ぎだ。誰と誰が付き合っただのキスしただの、そういった話は一瞬で学校中に広まってしまう。授業中にでも、「緊急連絡メモの切れ端」で一斉に知れ渡り、没収されれば先生全員にも知れ渡ってしまう。
「ねえ、挨拶くらいの……キス……してみない?」
一日で学校中に広まって……えっ? コマチは今、なんて言った?
小さい声だったので……聞き取れなかった。