パソコンが使えなくとも
義父は夕食後、僕の隣の自室でパソコンを使う。昨日のうちにパソコンの検索履歴やハードディスクに保存してあるデーターなどは全てUSBメモリーにコピーして削除をしておいたが、僕がパソコンを利用しているのはバレているだろう。
パソコンの使い方を教えてくれたのも義父だ。触っていいとも言ってくれていた。義父がいる間、そのパソコンが使えないと思うと……今までの僕なら息苦しさを感じたのだろう。
ネットゲームもスマホのゲームも……最近飽きていた。
一週間の学校へ行っていなかった期間、ずっとゲームばかりしていたから飽きてしまった。飽きてしまったというより、その虚しさに気付いてしまったのだ。あの日、コマチがやってきた日から――。
ネットゲームをしている知り合いは、ほとんどが僕と同じで一人のほうが居心地がいいと言っていたが、一日中ゲームをしていた日の夜は、必ずといっていいほど虚無感が残った。目の疲れと少しの頭痛。ブルーライトのせいか分からないが、熟睡もできなかった。
繋がっているようで繋がっていないネット上だけの友達や知り合い。パソコンのモニターの前でみんなはどんな顔をしてゲームをしているのだろうか……。
僕がネット上から消えたことをどう感じているのだろう。心配してくれているのだろうか。それとも、急に連絡が取れなくなり怒っているのだろうか。
もしかすると、いなくなったことにすら気付いていないかもしれない。
そこにいるようでいない空間。お化けにみたいに触れもせず……それでも僕が存在している奇妙な空間……。
意味があるようで……意味がないと考えると、急に虚しくなる時間と空間。
学校やクラブは面白くないことだって多い。試験でいい成績が取れなかったり、クラブではレギュラーになれなかったりすれば、頑張っている意味はないかもしれない。でも、だからといってゲームの世界に限りのある時間とお金をつぎ込んで、いったい何が残るのだろうか……。
「男子ってゲーム好きよね? いったいなにが面白いのかぜんぜん分かんない」
以前コマチに言われて反論したのだが、ゲームの世界やテレビのドラマ、自分がいない仮想空間での出来事なんかに、いったいどれほどの意味があるのだろうか……。
だったら現実空間には、いったいどれほどの意味があるのだろうか……。