表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/41

マザコン呼ばわり


「明日お義父さんが帰ってくるからね」

「――え」

 ゴールデンウィーク二日目、クラブから帰ると母にそう告げられた。少しむしばむ暑さがリビングにこもっている。


 母はゴールデンウィーク中もずっと仕事があるのだが、土日だけは普段と一緒で休みだ。カレンダーに赤丸を付けている。休みの日の母は、溜まった洗濯物を洗ったり買い物に出掛けたり家の掃除など家事全般を片付けると、その後はリビングで溜まったテレビのドラマをずっと見ている。


 無言で二階へと上がった。コマチも母がテレビを見ている隙をみて、さっと音を立てずに階段を上がる。

 部屋に入ると同時に大きなため息をついていた。

「はあー」

「……鷹人。お義父さんのこと嫌いなの?」

「別に嫌いなんかじゃないよ。ただ……好きでもない。赤の他人だ」

「……」

 僕が中学一年の時に母が再婚した義父は、単身赴任で普段はほとんど帰ってこない。だから僕は、母と義父は好き同士ではなく扶養家族手当や税金対策のための偽装結婚……もしくは政略結婚だと考えていた。

「政略結婚じゃないと思うわ。胸がキュンキュンしちゃう」

「……」


 本当の父さんは、僕が生まれて直ぐに交通事故で死んだ――。

 家には小さな仏壇があり、いつも線香の匂いが服についた。小さい頃はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。

 中学に入るのと同時にそれまで住んでいた一戸建てを売り払い、今住んでいる借家への引っ越しを余儀なくされた。前に住んでいた家は、母親の収入だけではとても住宅ローンが返済できないことを親戚が集まった時に聞いた。


 本当は再婚なんかしないでほしかった――。でも、毎日ボロ雑巾のように疲れた顔をして帰ってくる母のために、僕も我慢をしなくてはいけないと思っていた。

 ――我慢することが大人になることだと思っていた――。


 中学一年の終わり頃に、僕の苗字が正式に、「黒田」から「烏頭(うず)」に変わった。体操服の刺繍や名札。生徒手帳などの名前を全部書き換えていくとき、言いようのない不安と悲しみ、行き場のない怒りが込み上げてきた。烏頭(うず)……ウズ……UZU。テストに名前を書くたび、いちいち気に障った――。

 クラブで友達や先輩にからかわれた時も笑って誤魔化した。僕の味方や僕の気持ちを理解してくれる人なんて一人もいなかった。


 そして春休みに知った母の妊娠……僕はどうにかなりそうだった。

 ……おめでたい? 頭の中がグチャグチャになった――。


「母さんなんか――大嫌いだ」

「プッ」


 いやいやコマチさん……そこは笑うところじゃないぞ。


「ひょっとして、鷹人ってマザコン?」

「なんだと!」

「いいのよ、それで。女ってね、「彼氏はマザコンなんて絶対にいや」って思っているんだけど、自分の子供はマザコンでもぜんぜん平気なのよ。許せちゃうの。だから日本からマザコンはなくならないわけ」

「僕はマザコンなんかじゃない!」

 怒りを露わにする。母が大嫌いだって言ったのを聞いていたのか疑いたくなる――。

「だって、お母さんが嫌いな人がわざわざ「母さんなんか大嫌いだ~」なんて口にするはずがないじゃない」

「どういうことだ」

 だったらなんと言えば母親が嫌いなことが伝わるんだ?


「愛情の裏返しよ。男子が可愛い女子をわざとからかうのと同じこと。本当に嫌いなら話題にも出したくないし、母のことを考えたりするはずがない。鷹人はお母さんに迷惑を掛けているんじゃないかって、心配で心配で仕方ないんでしょ」

「なんだと!」

 思わず立ち上がり、両手を強く握る。

「でも、鷹人の気持ちも分かるわ。わたしもお母さんが嫌いだから」

「え?」

 コマチのもお母さんが嫌いだって?

「うん、大っ嫌い。いつも指図ばっかりして偉そうだし、直ぐに他の人と比べるし、わたしに対して自分の方が偉いって勘違いしているのよ。きっと」


 初めてコマチと意見が合った。

 大人は子供よりも自分の方が偉いと勘違いしているのだ――。

 どんなに「なんでも相談してね」などと同じ目線で話しかけてきたとしても、自分の悩みなんかは絶対に子供に相談したりしない。母さんは僕を頼りにしてくれない――。なのに僕のことばかり心配して、子ども扱いして……。


 言葉が詰まる。僕は母さんの役に立ちたかった。

 二人きりでの生活もぜんぜん苦にはならなかった。義父との結婚式で初めて見た母のウエディング姿にドキっとした。僕がどんなに頑張っても母さんの子供でしかないと宣告された気になり、胸を大きな「お玉」でえぐられるような気持になった。


「鷹人……頑張っていたのね」

 ――!

 コマチに自分の気持ちを話してしまったことに気付き、急に恥ずかしくなった。

「今のは誰にも内緒だからな! 誰かに言ったら、ぶん殴るからな!」

 ベッドに横になり布団を被った。


 スン……スン……。

 ……? 電気を消した後、しばらくコマチの鼻をすする音が聞こえた。……コマチが泣くようなことを……僕は言っただろうか? 今までに誰も殴ったことなんかないのに、怖がらせてしまった?


 最近のコマチはよく泣いたりする。なんだかそれが……愛おしく思ってしまう……。


 ちょっと気になっていた。コマチがうちに来て十五日を過ぎた……。三十日経つと……どうなってしまうかってことと……、


 その日がちょうど……檜と遊園地に行く日だということに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ