隠したメモと隠した胸
嬉しいやら恥ずかしいやらでソワソワしていた。
……普段なら僕の変化を察して執拗に聞いてくるコマチなのだが、今日はいつもと違って静かになにかが書かれたメモ紙をジッと見ている。
「どうしたんだコマチ」
咄嗟に隠した紙。
……なにが書かれていたのか怪しい。知りたくなるのが当然だ。
「べ、別になんでもないわよ」
「嘘つけ。慌てて何か隠しただろ。給料の明細書か?」
「隠してないもん」
そう言いながら銀色全身タイツのお尻の下にメモを隠したのはバレバレだ。
「じゃあ立ってみて」
「鷹人がお尻ばっかり見るから嫌!」
――ちょっと待て、ばっかり見ているというのは訂正して欲しい! ……たまに視線がお尻のラインに移ってしまうくらいに……。
「違うって! お尻の下にメモみたいなのを隠しただろ? 重要なことが書いてあるのか気になっただけじゃないか」
お尻ばっかり見ると言われると焦ってしまう。たしかにコマチの銀色全身タイツは目のやり場に困ってしまう。自分で自分のスタイルを男子がどう見ているかとか考えたことはあるのだろうか……。
「あー、またいやらしい目で見る!」
今度は胸元を隠すのが腹立たしい。
「コマチの小さな胸なんかに興味なんてねーよ」
「あー失礼しちゃうわ! もうじき胸のチャックが閉まらないくらいに大きくなるんだから!」
――ああ、やめてくれ、想像してしまうじゃないか……。
「――ならないならない。水風船じゃないんだから、一日や二日で膨らんだりしないだろ」
「絶対に鷹人なんかに触らせてあげないんだから!」
誰も触りたいなんて言っとらーん!
「誰が触りたがるものか! そんな……」
「そんな?」
いや、そこを聞き返してくるなよ。えーっと、なんて言ったらいいんだろう。小さいと言えば傷つくだろうし、大きいと言えば嘘になって怒られる。興味ないと言えば拗ねるし、興味あると言えばスケベ呼ばわりされる。
女心って難しい。難し過ぎる……。
「……えーと」
考える僕の顔をワザと覗き込んでくる。ゴメン、まだちょっと考え中。
「えーと、今はまだ成長過程の最中だから、最中だけにサイズも中サイズ。いずれは大人びて魅力的なスタイルになり、今日ここでコマチのスタイルを馬鹿にしたことを僕は一生後悔するのでした。で、どう?」
「一生後悔……」
「……ああ。そうさ」
「やっぱりスケベ――」
舌をベーっと出すコマチはポロポロと涙を流した――。
「ごめんコマチ。そんな酷いこと言ったのなら謝るよ。本当にゴメン。スケベでゴメン」
やっぱり女心は理解できない。どこに泣く要素があったんだ? 回答を間違えてしまったのか?
「え、や、やだ、なにこれ」
まるで突然鼻血が出ているのに気付いたような仕草で涙を拭い、慌てて僕に背を向けた。
「ハハ、やだなあ。わたしったら……おやすみなさい」
モーフを頭の上までがばっと覆い被さるコマチの肩が、まだ震えていた……。
女心って難しい!
模範解答ってものがあるのなら、誰か教えて欲しい――。
チュン……チュンチュン……。
窓の外が薄明るくなってきた頃、スズメの鳴き声で目が覚めてしまった。
僕に背を向けたままベッドの下でコマチは寝ている。目をこすってよく見ると、コマチの眠るモーフの端に、昨日のメモが二つ折りにされて落ちていた。
見ない方がいいなんてことは……容易に想像がついたが、メモを見せてくれなかったわだかまりがコマチとの間にできてしまうのが嫌だった。今ならこっそりと見れる。それに、昨日初めて見たコマチの涙……。僕の手はメモに吸い寄せられるように近づいていき拾った。
ベッドの枕元に置いてある眼鏡をかけてそれをそっと開く。小さく可愛い字で書かれた手書きのメモ。コマチが書いたのに間違いない。
1、まずは知る。
2、変化を観察する。
3、強さを知る。
4、弱さを知る。
5、出会いの喜びを知る。
6、別れの悲しさを知る。
7、目標の達成感を得る。
8、敗北感に耐える。
9、更正プログラム完了!
……MP0団体め……怒りよりガックリ感の方が強い。えらい抽象的な指示書だ。それに、8の「敗北感」ってなんなんだよ……。
僕は絶対に敗北しない!
いや、たとえ敗北したとしても、絶対に……耐えてみせるぞ!
くそ―、結局はこのメモ通りになりそうで、やっぱり腹が立つ~! ゴミ箱にクシャクシャポイしてやろうかと思ったが、見なかったフリをして元の場所へと置いた。
やっぱり見なかったらよかった……。