彼女の定義も高過ぎないか
「なあ……」
「なによ」
「彼女になったって、どういう定義だ?」
「定義?」
「ああ。たとえば、手を握って歩いていれば付き合ってるって証拠になるとか、二人でデートできれば恋人同士とか……」
なにかしら付き合っている証拠を納める必要があるはずだ。コマチはMP0団体に報告書の提出なども要求されているだろう。
「じゃあチュー」
一瞬……チャーシューに聞こえた……。
「じゃあチュー?」
顔が真っ赤になる――。しかも、「じゃあ」ってなんだ! まるで付き合う判定基準をコマチ自身が即興で決めたみたいじゃないか!
またハードルを上げやがって!
ハードルはいつしか棒高跳びのバーよりも高くなっているぞ!
「そのバーを鷹のように飛び越えてこそ鷹人でしょ」
「無茶ばかり言いやがって――鷹は空を飛べるが、鷹人は飛べん! ロウで固めた鳥の羽根なんて「鳥人間コンテスト」でも記録は伸びん!」
コマチは首を45度傾ける。
「ちょっと何言っているか分かんないや」
……くそ……ジェネレーションギャップだ。
だが、僕にはもう時間がない。
残された日はあと十五日。何の期限か分からないが半分を切った。それに、ゴールデンウィークに入ったら、檜とも簡単に連絡が取れない――。
なんとか檜菜穂と二人だけで相談して、彼女になった証拠……キ、キ、キスシーンを見せつけなければいけない。
だが、いったいどうすればいいのだ――。
スマホの連絡先を聞いてみようか……。教えてくれないだろうなあ。一日千円が一気に跳ね上げられたりすればたまらない。「連絡するだけでも千円」だとか、「メッセージ一つにつき五〇〇円」とか言われたら、とてもじゃないが払い続けられない。
だが、こっちは一日二〇八八〇円もの高額出費が続いている。背に腹は代えられないか……トホホだぜ。
話ができるチャンスは学校しかないのに、いつも檜の周りには衛兵騎士のような女子が隊列を作るように張り付いている。近づこうとする男子を他の子が邪魔する。――これが有名な「女の連帯感」なのだろうか?
GW中は男子バレー部も檜の吹奏楽部もほぼ毎日練習がある。なんとかそこで話をして檜をデートに誘い、キ、キ、キスをしなくてはいけない。
あ、これ、逆立ちしても無理だ。
頭のてっぺんから血の気が引いていきそうな感覚になる。自分の努力だけではどうにもならない無理難題にぶち当たったとき、いったいどうやってそれをそれを解決していけばいいのか。
今回はコマチの助けが期待できない……コマチを納得させて帰らせないといけないのだから。コマチが納得するキスシーンって……なんだ? 十字路を走ってきた二人がぶつかる拍子にキスするとか、教室の扉が開いた拍子にぶつかってキスするとか、落ちた消しゴムを二人で同時に拾う拍子にぶつかってキスするとか……。
ありえない――! 現実でそんな絵に描いた漫画のようなシチュエーションは起こるはずがないんだ!
テレビや映画のように簡単にできる方法なんて……。
いや、まてよ……。
コマチから僕達を見る角度とか……距離とかで……、はっ! もしかしたらできるかもしれない――。
キスする瞬間に見えない角度から、サランラップ……いや、透明フィルム、肌色のガムテープなんかを僕の口に貼り、そこへチョットだけ唇を合わせてもらえれば……。――コマチを騙せるかもしれない! テレビや映画でもよくある方法だ!
感触だけはリアルに伝わってきてしまいそうだから、檜が了承してくれるかどうか問題だが……武者震いしてしまう。か~想像するだけで頬が上がって赤くなる。やばい、ストップ、ザ・妄想! 檜のことだから……。
「うんいいわよ。一千万円ね」
とか言い出したりしちゃったりしちゃったりしちゃったりして~!
「フ、じゃあ僕と結婚して三五年ローンで払うよ」
「嬉しいわ」
なーんちゃって~!
「なに一人でニヤニヤしているのよ。気持ち悪い」
「うおっ!」
驚いて思わず奇声を発してしまう。いったいいつからコマチは僕を見ていたのだろうか。
「思い出し笑いはスケベの証拠らしいわよ。あー怖い怖い」
そう言いながらモーフを着直して背を向ける。
怖い怖いって……。だったら男の部屋なんかで堂々と寝息を立てて寝るなと言いたいぞ。
ぼんやりと考えていた。檜菜穂とデートをしてキスか……。想像するのは自由でいいけれど、現実はそう甘くないだろうなあ。偽りのキスシーンをしないといけないと思いながらデートしても楽しくはなさそうだ。
そもそも、千円払って付き合ったフリをしている時点で、逆に切なくなってしまう。いったい僕は、なにをやっているのだろうか……。