憧れの女子、二年三組 檜菜穂
それは、お金!
ザッツ、マネー!
よくよく考えてみると、コマチがそうではないか。好きでもない僕なんかと四六時中生活を共にしてくれている。そして、その原動力は――お金!
いったい幾らコマチに支払われているのか分からないが、その支払いを一日でも短くするために僕は今日、三組の檜に告白する――。勇気を出して告白しなくてはいけない――。
そしてこれは……コマチにバレてはいけない……。
二限目が終わり休み時間になると僕は、気合を入れて立ち上がり二年三組の教室へと向かった。
教室の空気が二組と違うことに威圧を感じる。匂いが違う。これが三組のオーラってやつか。三組は休み時間の人口密度が高い。つまり、他の組から大勢集まっているのだ。ちなみに二年一組は過疎化が進み、休み時間はガラガラだ。
他の女子との会話が弾んでいるところを掻き分けるように進み、目当ての檜菜穂の机へと歩み寄った。
「あの……、いきなりゴメン!」
突然違う組の男子の登場に、少しざわめきが起こる。
「なあに?」
周りの女子の敵対視した目ではなく、檜だけ優しい目線を僕にへと向けてくれる。
まるで、なにもかも見透かされるような余裕のある目配りに、僕はギュッと両拳を握った。
ここで頑張らなくては――未来を、現在を変える為に――!
「ええっと、ちょっと、今いいかな?」
「いいわよ」
檜がゆっくりと立ち上がると、僕が歩く後ろをゆっくりとついてきてくれた。
他の女子がヒソヒソ話をしているのを背に、二年三組の教室から出て廊下の突き当りにある非常階段へと呼びだすことに成功した。
……落ち着け。落ち着くんだ。駄目で元々なんだ。キャプテンだってフラれても平然と毎日クラブを頑張っていたじゃないか。たとえ僕がフラれたって、誰も僕を笑ったりなんかしない。
だから自信を持つんだ――!
「あの……実は」
「なあに?」
二人っきりになっても優しく応えてくれる。可愛いくてスタイルもよく、さらには性格もいいだなんて……神は檜菜穂に二物をお与えになられたと認めざるを得ない――。
視線と立ち姿にブレがない。ここで告白されても丁重に断れる自信があるのだろう。目に見えなかった三組のオーラ―は、檜が一人で出していたのか。
クラス委員もしている檜は、まさに難攻不落の要塞カマドのようだ。しかし――。僕は成し遂げなくてはいけない――。
大きく息を吸って、生まれて初めて告白をした――。
「檜菜穂さん! 僕の彼女……ん~……の「フリ」をしてください!」
口元に手を持って行きクスクス笑われた。
「えー、なによその「フリ」ってぶっ飛び設定。普通に告白されるかと思ったんだけど」
「一日、千円で」
「乗ったわ」
――はや! って、理由も聞かずに――?
……もっと賢い女子だと思っていた。成績も上位だし、スポーツも万能で友達も多い。家も裕福だから、お小遣いにも困っていないと思っていたのだが……。
人って見かけによらないんだ……僕もまだまだ子供だった……。それとも……僕が言いたいことを言う前に悟ってしまうほどの「特殊スキル」でも持っているのだろうか――。ひょっとするとコマチよりも普通じゃないのかもしれない。
「で、どうしたらいいの?」
手のひらを突然出され、僕は焦りながら生徒手帳に四つ折りにして挟んであるヘソクリの千円札を、小さくて綺麗な手の平へと置いた。
その時、急にギュッと千円札を手の平ごと握られ――。フワッと顔が近付いてきて、キスされるかと思った――。
「じゃあ一回でも学校で話をした日は一日にカウントするね。もし支払いが滞っても安心して、出世払いでいいから。高校や大学でバイトしてでも、社会人になってからでも、いつまででも待ってあげるわ。それと、この事は絶っ対に、二人だけの秘密よ」
「……あ、ああ」
すっと手の上から千円札が消え、可愛く笑顔で手を振られる……。
「じゃあね」
「あ、ああ」
三組の教室へと檜が戻っていくと、しばらく僕は立ち尽くしていた。
僕の制服からフレッシュフローラルの爽やかな香りがした。檜の制服の胸のリボンが僕の制服に押し付けられたときに香りが移ったのだろう。
千円札の価値よりも、嬉しかったかもしれない……。何が起こったのか分からず、ただドキドキしたままだった。