浴槽に隠れていた全身銀色タイツ女子
「はあ……はあ……」
声だけが聞こえてきて……気味が悪い。
「そこに誰かいるのか!」
思わず声を上げてしまったことが恥ずかしい。全面タイル張りの浴室内を睨みつけるように見渡すが、僕以外に誰もいない。
湯気が濃くて見えない訳でもない。風呂場の窓はしっかり閉めて施錠されている。
シャー――。
風呂の中で立ち上がり、シャワーで水を勢いよく周りに掛ける。立ち上っていた湯気が徐々に消え去っていくが、なにかに当たったり弾いたりはしない。なのに、
「はあ……はあ……ゴクリ」
唾を飲む音まで聞こえ……。
「はあ……。はあ……。ふー」
次第に小さくなり、ふーっと消えた……?
……こ、これが幻聴って現象なのか……。学校にも行かずに親に内緒でエロ動画とかを見ていると、そのアヘアへ声が脳裏に染み付いてしまい、変な喘ぎ声が四六時中聞こえてきてしまうのだろうか――。
シャワーを止めて風呂の湯に肩まで浸かると、十秒数えて上がった。
蓋を閉めて浴室から洗面台がある脱衣所へ出て電気を消し、安っぽいプラスチックの棚からパンツとTシャツを出したとき、
カタ、カタ、カタ、カタ……。
また浴室内から音が聞こえてきた。湯上りの火照った体にゾクリと鳥肌が立つ――。
……やっぱり、何かが潜んでいる――。
音を立てないようにそーっと浴室の扉を開けると、な、な、なんと、閉めたはずの風呂の蓋が、ひとりでに巻かれて開いていくではないか――!
「だ、そ、そこに誰だ!」
そこにいるのは誰だ! と言いたかったのだが、声にならない――。浴室の電気をまた点けると風呂の蓋が……、
タカ、タカ、タカ、タカ……パタン。
――ひとりでに蓋が閉じられていく! しかも申し訳なさそうに~!
――逃がすものか! つーか、浴槽内に隠れているのがバレバレだ!
慌てて一気にガラガラっと蓋を開けると――そこには銀色のアルミホイルのような全身タイツを身にまとった……僕と同い年くらいの女子が――、
目を閉じて素潜りしていやがる――!
ここは僕の家のお風呂で、さっきまで僕はここに浸かっていたはずだが……? 困惑しながらあっけにとられていると、
「ゴボゴボ――! プハッ!」
息が限界に達し、顔を上げた女の子と目が合った。
そのつぶらな瞳が、驚きで大きく見開いていく――。
前髪からは水滴が垂れ、顔は茹でたタコのように真っ赤だ。全裸の僕の姿を目の当たりにし、その子が両手をグーにして、ゆっくり大きく息を吸い込むと、何故だか身の危険を察した――。
「キャー――っぶ!」
慌ててその子の口を手で押さえていた。
――ここで悲鳴を上げるなんて勘弁してくれ――。この情景を親に見られれば、僕の方が悪者扱いされるじゃないか――! ここは僕の家だぞ。なのになぜ――見ず知らずの銀色全身タイツ女が風呂に勝手に潜んでいたんだ!
――どう考えてもこの女の方が犯罪者なのだぞよ――?
「ちょっと黙ってってって! 親が来るかもしれないだろ!」
口元でシーのポーズをしながら小さく怒り声でそう伝えると、口を塞がれたままうんうんと二度頷く。
この現場を親に見られることの不味さだけは理解してくれたようだ。
慌てて腰にタオルを巻き付ける。男であろうが女であろうが、誰にも見られたくない年頃なんだ――。母親なんかに見られるなんてとんでもない――。
もう一度風呂場の小さな窓を確認するが、しっかり施錠されている。そもそも、とてもじゃないが人が入れるような窓ではない。鉄の枠も取り付けられている。
だとしたら、この銀色女子はいったいどこからどうやって入って来たのか――問いただしてやろうとしたとき!
「鷹人、どうかしたの?」
――やばい、母さんだ! 脱衣所の向こうから声が近付いてくる。
「なんでもないっ! 窓の外から悲鳴が聞こえただけさ。近所の子供が騒いでいるんだろ」
僕の手はまた咄嗟に見ず知らずの女の口を塞いでいた。
頼むから入ってこないでくれ――!
「ムゴムゴ……」
――頼むから黙ってくれっ!
「……そうなの、お風呂で寝ちゃいけないわよ」
脱衣所の扉が開けられなかったことで安堵の息を吐く。
母が扉から離れていくのを足音で確認すると、とにかく脱衣所へと出た。
――ええっと、僕はどうしたらいいんだ――はっ! とりあえずはパンツだ! 服を着て自分の部屋に退避しよう。
パンツを履いて濡れた体に無理やりジャージを着ようとすると――くっついて着にくくイラっとするっ。
仕方なくタオルで身体を拭くのだが、そんな僕に背を向けて見ないようにしてくれているのがありがたい……のか?
僕が使い終わったタオルを差し出すと、手早く銀色全身タイツの上から身体を拭くのだが……。なんだこの画は! 宇宙人が出てくる三流コント番組のようなやり取りではないか! 服の上から拭いてどうする……。
全身タイツは内側にもチャプチャプ溜まっているんだろうなあ……お湯が。歩くたびに床が濡れなければ良いのだが。
母が台所にいるのを確認すると、さっと階段を上がった。その女にも手招きをしてついてこさせる。暴れたり叫んだりしないのなら、一応話しだけは聞いてやる。
――警察に突き出すのはその後だ――。
僕の部屋に入るとその女を座らせた。二階は僕と義父の寝室だけがあるのだが、義父は単身赴任中だから連休くらいにしか帰ってこない。少々の声は、下の階にいる母にも聞こえない。
部屋の扉に鍵を掛けたとき、ひょっとすると、これはこれで犯罪なのではとの疑惑が脳裏をよぎった。いや、しかし、だが! そもそもの原因はこの女子だ。そう自分に言い聞かせる。
僕は悪くない。
むしろ被害者だ……。
身長は小柄で、身に付けているのは銀色の全身タイツのみ。ナイフみたいな凶器や盗んだ物品を入れるようなバックなども持っていない。手ブラだ。一眼レフカメラも持っていないし、シュノーケルもくわえていない。……体にぴったりとくっ付く銀色の全身タイツのラインには、……下着のラインも見当たらない……。
いったい、なんの目的で僕んちのお風呂なんかに潜んでいたのか――。